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□浅海に死す
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とうの昔に迎えた限界が、長い沈黙を突き破って、俺に全てを打ち明けさせた。

「…嘘、ですよね?」
「嘘じゃない」
「冗談を、」
「冗談なんかじゃない」
大和の言葉に否定を重ねると、彼は溜め息をついた。

「徳川くん、君は美しく、才能もあって、申し分ない人間です。そんな君が、誰かの代わりになるような、そんな存在に成り下がってはいけません。だからお願いです。もう、僕のことが好きだなんて馬鹿げたことは言わないで下さい」

大和は吐き出すように一気に言った。
俺はそれを一つ一つ受け止めて、咀嚼する。

「…そうやって大和は、俺を美化することで逃げようとするんだな」

行き着いた言葉は、これだった。
大和は顔を曇らせる。

「違います。徳川くんは、何も分かっていない」
「これ以上、何を分かれと言うんだ?俺のことを好きになれないならそう言えばいい。もう自分に近付くなと突き放せばいい。なのに、お前はそうはしない。俺を美化して、自分が悪者にならないように予防線を張って…!大和、お前は…ずるい…!」

湧き上がった思いのままに、語調を強めて大和にぶつけた。
大和は視線を落とす。

「…では僕は、どうすればいいんですか」
「…悪者になってくれ。そうすれば、」
「そうすれば?」
「……お前を、嫌いになれるかもしれないのに」

それは架空だった。
きっと大和も、分かっている。

「本当にそれで、満足ですか」

急に声のトーンを落とした大和に、顔を上げたと同時。
視界が反転した。
押し倒されたことに気付くのに、驚くほど時間がかかった。
大和が上に覆いかぶさっている。
何度も夢想した光景に、鼓動が跳ね上がった。
逆光のせいで影を落とした彼の表情は、寒気がするほど静謐だった。

「君が、手塚くんなら良かったのに」

それは、まるで死刑宣告のようだった。
鈍い刃が奥底を抉る。
分かっていたのに、言葉にされるということは、想像していた痛みとは比べ物にならなかった。

「…こういう言葉が、欲しかったんじゃないんですか」
「……っ」
「泣くくらいなら、最初から挑発などしないで下さい」
「やま、と…」
「生憎、人を泣かせる趣味はありません」

大和はゆっくりと立ち上がり、俺を解放した。
追うように上半身を起こしたが、息が上がって何も言えない。
そんな俺を見下ろして、大和は続ける。

「…お望み通り悪者になったんですから、徳川くんもちゃんと僕のことを嫌いになって下さいね?」

こんな時でも笑える彼は、何を考えているのだろう。
俺は彼を心から笑顔に出来ないどころか、彼から笑顔を奪うことさえ出来ないのか。
部屋から出て行こうとする大和の背中に、必死に言葉を投げる。

「…足りない、」
「はい?」
「足りない」
「…傷つき足りない、ということですか」
「…」
「お願いです、慣れて下さい」

どうしても届かない。
そんな大和の背中が、ドアの向こうに消えて行った。

(…沈む、)

底へ、底へと。
そんな錯覚に溺れて、また一筋、涙が伝った。











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徳川が可哀想ですみません…
イメージソングは9mmの「カモメ」です

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