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□落日
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※「白日」の後日談










「徳川くん、朝と夜は結婚出来ると思いますか?」
「…神話か何かの話か?」
「そうですね、神話かもしれません」
「…分からない」
「そうですか。僕は、万が一出来たとしたら、子供は朝に似て欲しいです」




















「…」

真昼の夢が、未だ強く残る彼の残像を呼び起こした。
目覚めて数秒、現実を確認し、壮絶な喪失感に目眩がした。

近頃は仕事が忙しく、平日は何も考えずにがむしゃらに働いていた。
朝早くに出勤し、夜遅くに帰宅し、泥のように眠る。
その循環に、随分と助けられていたらしい。
やっと得られた休日が、こんなにも残酷だとは思わなかった。
眠ることでしか逃げられない。
いや、その夢さえも、俺を逃がしてくれない。

ゆっくりと布団から出て、水を一杯喉に押し込む。
そして、散々読み返してくしゃくしゃになった遺書を手に取る。



――その日はまるで嘘のように、朝は僕に優しかったのです。全てが僕を肯定し、賞賛し、愛してくれたのです。
そんな優しい朝のような、親愛なる君へ

――夜は全てを覆い隠し、溶かすことは出来ません。それを暴かれることを、夜は恐れています。夜は鍵を手放しません。閉められてもいない錠をぶら下げて、鍵を手放しません。
そんな愚かな夜のような、僕より



最初と最後の文章を読み返した後に、夢での会話を反芻する。

『朝と夜は結婚出来ると思いますか?』

俺が朝で、大和が夜なのだとしたら。
あれは、彼なりのプロポーズだったのかもしれない。
そう合点した瞬間、薄ら寒いような、けれどもどこか生ぬるい感覚が、胸に伝い落ちた。
同時に、自分の無力さを嘲笑った。

「…俺には分からない、大和」

彼を読み解くには力不足で。
きっと、置き去りにした言葉がまだまだ沢山あるに違いない。

「分からない…」

自白のように、俺は繰り返す。
そしてもう一度、仮定する。
俺が朝で、大和が夜なのだとしたら。
ならば、この降り注ぐ昼は、朝と夜の、生まれ得なかった子供だと。
大和はきっと、そんな風に言うのだろう。
生まれ得なかった、俺たちの子供。
それは生を成していないがために、その生を奪うことさえ、俺には出来ない。
無力だ。あまりにも、無力だった。

(目を瞑って、この昼をやり過ごしたとしても、)

また夜はやってくる。



――夜は全てを覆い隠し、溶かすことは出来ません。それを暴かれることを、夜は恐れています。



「…その通りだ、大和」

虚空に投げかけ、わらう。
再びベッドに倒れ込む。
取り戻せない過去も、手に入れたかった未来も、全て、全て俺を解放してくれないのなら。

(…そうだ、いっそのこと、)

飽きるほど夢に出てきて、全てを後悔させてくれ。
枯れるまで泣き叫ばせてくれ。
死にたいと吐かせてくれ。
もうここにはいないお前に狂わされる、そんな未来に甘美を覚えるくらい、とっくに俺は狂っている。

布団に顔を押し付ける。
嗚咽が漏れ、シーツが濡れる。
ああ、お前が死んでから、もう何ヶ月だろうか。
やっとのことで、俺は泣くことが出来た。

だからと言って、現状は何も変わらない。
昼は過ぎて夜が来て、また朝になる。
一番愚かなのは、全てが新しいと錯覚させようとする、朝なのではないだろうか。
そうお前に、反論したかった。





















―――――
白日=昼、太陽の意ということで。前作のタイトルに込めた意味についてのお話でした。

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