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□ひとつのあおい照明
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※生前





「毎日死ねるなら幸せなのに、と思います」

突然の大和の意見に、俺は本から顔を上げて彼を見た。

「毎朝生まれて、全力で生きて、毎晩死ぬ。それはどんなに幸せなのでしょう」

いつもなら、俺は大和の意見に何も言わない。
勝てないことは分かっているからだ。
しかし今日は、思わず言葉が出た。

「そんなこと、だったら、」
「はい?」
「思い出というものが、なくなるな」
「・・・実に徳川くんらしい意見です」

大和はにっこりと笑い、満足そうにそう言った。

「昔をただの過去と取るか、思い出と取るかで生き方は変わります」
「・・・」
「君が教えてくれたことです」

柔らかい大和の笑顔に、俺は心底安堵する。
窓から射し込む光が、俺たちを暖かく包み込む。
絵に描いたような、清々しい休日の朝だった。

「天気がいいですね」
「そうだな」
「どこかに出かけましょうか」
「・・・いいのか?」
「はい。いつもどこにも一緒に行かなくて、悪いと思っています」
「そんなことは・・・」
「君は優しいですね」

泣きたくなるのは、何故だろう。
大和が微笑む度に、安心するはずなのに、泣きたくてたまらなくなる。
それを必死に押さえ込んで、言葉を探した。

「行きたいところはあるか?」
「そうですねぇ」
「したいこととか、」
「じゃあ、テニスがしたいです」

思いがけない提案に、俺は目を見開いた。
大和はその反応に、はは、と笑った。

「僕にとっては、テニスはただの過去でしかなかったのですが、今なら、思い出に出来そうです」
「・・・」
「過去に目を向けるのは辛いですが、思い出には、優しい気持ちでいられます」

言葉が、追いつかなかった。
蓋を閉めた過去が溢れるような感覚だった。
大和がテニスを手放してからもう何年が経つのだろう。
それは彼にとって、既に「思い出」となってしまったという。
いや、やっと「思い出」になったということか。
それはきっと、喜ばしいことなのだろう。

「と言っても、ラケットもシューズもないですからねぇ」
「だったら、買いに行こう」
「一からですか」
「そうだ、一から。まだ朝も早いし、十分だ」
「・・・そうですね」

今日は、新しいことをする。
毎朝生まれることなどしなくても、大和と新たな日を迎えることが出来ればそれでいい。
それでお前が、笑ってくれるのなら。
















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タイトル:宮沢賢治の言葉から

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