小話
□存在のありか(悲恋)
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「ねえ、ミナト」
「ん?」
いきつけのハンバーガー屋さんで目の前の彼は勢いよくハンバーガーにかぶりつく。
「あのね、」
私の手元にあるものは手つかずのまま、なかのレタスがしなっていった。
彼は手についたケチャップを舐めると、丁寧に口を拭いた。
「どうしたの?そんな深刻そうな顔で」
いつものように優しく尋ねる。
まっすぐに私を見つめる瞳。吸い込まれてしまった。
「ううん、やっぱり気のせいかも」
不安を今だけは押し込めておくことにした。
***
大学で講義が終わってミナトと待ち合わせをしていた。
「まだかなぁ・・」
珍しく今日は私が先に着いてミナトを待っている。
「どうした?ミナトはまだかのぉ?」
「自来也先生!」
横から表れた白髪の体格のいいおじさんはこのミナトが師匠と呼ぶ人だ。私はよくわからないけど結構有名な作家らしい。
ときどき臨時でこの大学の先生になる。
「最近どうかの?順調か?」
「はい、もちろん」
「んん?」
「どうしました?」
「何か悩んでおるな」
「え!」
にやっと笑って、自来也先生は耳打ちをした。
「ちがいます!!」
「お〜お〜、顔をそんなに赤くしよって」
自来也先生は楽しそうに笑う。
「お、そうだ、思い出した」
「え?」
「今日はミナトのやつ誰かに呼び出されたと言っておったの」
そのとき私の脳裏には赤くて長い髪の女の人が浮かんだ。
**
「はあはあ、」
大学中を走り回って探した。でもどこにもいない。
「ミナト・・・」
不安な気持ちにかられる。息も上がってひざに手をつきうつむく。
「あれ?どうしてこんなとこに?」
「・・!」
声の主はミナトだった。はっと顔を上げると隣にはもうひとりいた。
「こんにちは」
私は息をのんだ。
赤くて長い髪の女性ー・・・
「こちらはうずまきクシナさん。自来也先生と話しがしたいらしくてね」
クシナというその女性はにっこりとほほ笑んだ。
それからまっすぐな瞳で私を見た。まるで何かを探るかのように。
「こんにちは・・」
私はただ挨拶を返すことしかできなかった。ただの緊張とは違う、何かが起こる、そんないやな感じを抱いた。
私ははっとして口を開いた。
「じ、自来也先生なら門のところに」
「ん!ごんべ会ったの?」
「うん・・」
それじゃあ、門の近くまで一緒に行こうとミナトが言い、3人並んで歩き出した。
**
自来也先生はクシナさんに会った瞬間、驚いたように目を開いた。
でもすぐにいつもの陽気な先生に戻った。
「わしもまだまだ捨てられたもんじゃないのお!」
先生は嬉しそうにクシナさんと話している。
私とミナトは少し離れたところで話が終わるのを待っている。
「そんなにクシナさん気になる?」
ミナトが私をのぞき込むようにして言った。
「ううん、でも・・・」
あの人は何か普通の人とは違った雰囲気がある。
「それにしても、彼女もこの大学の学生のはずなのに自来也先生に直接会いにいかずオレをかいすなんて、よっぽど恥ずかしがりなのかな?」
「この大学の学生・・?」
「うん、だって年はオレたちと同じぐらいで學生みたいだし」
「・・?」
「何か本持ってたっぽいし」
ちがう。私は大学三年間でこんな目立つ赤い髪の女の人は見たことがない。
それに私はこの人を夢でみた。
「うっ・・」
「ごんべ!?」
頭の中に何か、映像のようなものが流れ込んでくる。
隣で聞こえているはずのミナトの声は遠くなっていく。
だが、突然、聞こえた声があった。
「ごんべ!」
それは女性の声。
「ク、シナ・・」
なぜだか懐かしい響き。
そして目の前にはクシナがいて、私の額に額を合わせていた。
「落ち着いて聞くってばね」
その声はとても小さいのによく聞こえた。
ちがう。
まわりの景色が動いていない。
「・・なんなの、これ」
「景色が止まっているのは、あなたが元の世界に戻るか、ここにとどまるか、決断の時であることを意味するわ」
「え・・?」
「飛ばされたときに記憶を失くしたみたいね。では真実を伝えるわ・・・」
私がいるここは私のいるべきところではなかった。誰かによって作られた別世界ー・・
「混乱しても無理ないけど、私が今送り込んでる記憶を頼りに決断してほしいの」
そう言ってクシナはすっと目を閉じた。
流れ込んでくる記憶ー・・
忍の世界
戦い
死
そして幾人かの英雄
「ミナトが・・英雄?」
クシナはコクリと頷いた。
私はもう一度映像を見た。
そして
涙を流していた。
クシナは悲しそうな顔を向ける。
「ごんべ、あなたが元の世界に戻るということはミナトは私の夫となり、この世界にとどまるということはあなたのもののままでいられる」
「っ・・」
「ごめん・・ってばね」
ただそう言った親友は下を向いて拳を握りしめていた。
私はクシナの顔をそっと掴んで前に向かせる。
「泣かないで、クシナ。私、確かにここの世界でミナトに恋をした。でも、ここは元いた場所じゃない。だから、ミナトに恋したのだって本当はなかったことなの・・」
「じゃあ、なんでそんなに辛そうな顔してるってばねっ・・!?」
クシナは泣きながら声を張り上げた。
「ごめんっ・・、ちょっとだけ、本当にミナトを愛してたんだって思わせて、」
私たちは互いに抱き合って泣いた。
**
「なんだか2人とも、前から親友だったみたいだね!」
ミナトがそう言った。
私たちは顔を見合わせて笑った。
「ありがとう、ミナト」
「え?なに・・」
私は願う。
どうかこの世界に私の存在が残っていませんように。
そして
もとの世界のミナトが幸せでありますように。
Fin.