小話

□色のない世界
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大好きだったものが奪われると、毎日に色がなくなった気がした。


「精神的なものですか。」


突然、世界の色がなくなった。


病院で診察してもらった結果、心因性のものだそうで、原因がよく分からないため、治療はしないことになった。


どうせ、あの日から私の目に映る世界に色はない。目が見えないわけじゃないし、もういいんだ。



**



「私がマネージャーですか?」


「そ!今探しててね!噂で、ていうかあなたを押してる子がいるからぜひうちのバスケ部に入って!」


親指をびしっと立てて、威勢のよい立ち姿のこの女性、相田リコ。なんだって話したこともない私に。あ、誰かの推薦だってー


「とにかく今日から来て!」


あ、と返事をする間もなく、声を発しようとしたときにはすでに彼女はいなかった。





**


放課後。誰もいない教室で帰る用意ができて、でも私は座ったままでいた。


バスケにはもう関わりたくなかった。


大好きだったからこそ、恐い。やりたくなったって、もうできやしない。どんなに想ったって叶わない願いもある。


蓋をしてきたこの気持ちが溢れだしたら、誰が蓋を閉めてくれるのか。


行かないでおこうか。そう考えたときだった。



「みんな待っています」



わ!と思わず自分でも久しく聞いてなかったような声が出てしまい、はっとする。教室の扉には、水色の髪をした男の子が立っていた。


「え、」


彼の色が分かる。でも、周りの景色はやっぱりいつも通りの白と黒。


「すみません。そこまで驚かれるとさすがに傷つきます」


「あ、そういうわけじゃ、あの、ごめん」


彼から視線を外した。きっと偶然に違いない。
と、彼に再度視線を合わせようとすると、予想外に目の前にいた。


「わあ!」


「あの、そんなにびっくりしますかね。…なんだか、面白いですね」


そう言って彼は笑った。


あ、なんだかすごく優しい笑顔。


「ね、あの、」

「僕は黒子テツヤといいます。バスケ部の1年です。隣の組なので知らないですよね。僕ただでさえ影薄いですし」

「・・迎えに来てくれたの?」


ここまでされたら帰れなくなるよ。


私が行きたくないと思っているのを見抜いたかのように、黒子くんは前の席に座った。


「走ってきて疲れたのでちょっと休憩していきます」


黒子くんは無表情だけど、優しい、彼の人柄がにじみ出ているように見えた。


「あの、黒子くんの髪って・・、」


「あぁ、僕の髪、おかしな色ですよね」


「そんなことない!綺麗・・な水色」


「え・・そうですか。初めて言われました」



やっぱり黒子くんの色だけ分かる。
どうしてー。



「名無しのさんは帝光中でしたよね?」


「え、どうして知ってー、」


「僕もそうだったからです。そして、女バスのキャプテンでもあった」


「黒子くんてまさか、」


思い出した。幻のシックスマンー。


「僕はあなたの方針、プレー、笑顔、バスケをしているときの姿が大好きでした。もちろんその他のあなたも。でも、君は変わってしまいました」


あまり喋らないタイプだと思っていた彼はその後も言葉をつづけた。


「バスケから目をそらすようになりました。あなたの目にはもう、バスケットボールが映ることはないんですか?」



何が分かるっていうんだ。



「できないなら、見ない方がまし」


黒子くんの顔を見れなかった。


「思い出したくないことだってあるよ!」


思わず声を張り上げた。けど、その声は思ったよりも震えていた。



そして思い出す。バスケを最後にしたあの日をー。







「残り14秒、パス繋いで!」


声を張り上げた。あと2点取れば同点。延長に持ち込めば体力には自信のあるうちのチームが勝つ。


技術でいえば相手のほうが上だ。それはこの会場にいる誰もが知っていた。


応援席の心無い声も聞こえた。

帝光は男子は最強なのに女子はカスだと。


見返してやりたかった。技術だけがすべてじゃないことを。



「ごんべさん!」



ボールが私の手に渡ったときだった。


ボールを取ろうとした相手の肘が目に突き刺さった。


思ったより意識ははっきりしていた。周りの悲鳴だってよく聞こえる。ただー


「なに、見えない」


目の前はぼやけていて何も見えなかった。


監督に担がれすぐさま病院送り。そこで私のバスケは終わってしまった。


キャプテンとしてチームをコートに置き去りにしたまま。











「もう、誰かと何かをやるのはいや」


「・・そうでしょうか。僕はみんなでやるバスケが楽しいです。いやになることがあっても、一生関わりたくないと思ったことはありません。ごんべさんもそうじゃないですか
?」


「・・・っ」


「今度の試合が最後になる先輩もいます。彼はひざを故障していて、もうこれ以上はできません。でも、自分からやめたことはないと思います。」


「・・ボールに色がなくて、もうおえないの。・・・でも、」



私は彼を見た。



「黒子くんが持っていれば見える」



彼はなぜ私の世界に色がないのかを聞かなかった。でも、ほほ笑んで、「では僕がボールをもつ時間ができるよう、新技を開発します」と言った。









「出た!黒子のバニシングドライブだ!」



ベンチのみんなが嬉しそうに声をあげた。



「ありがとう、黒子くん。ちゃんと見えるよ」



彼の横顔を見つめ、想いが届くように願った。





繋いでー。









FIN
 

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