Event

□Girl
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「なんだ、そのスカート丈はッ!?」

バアンッという乾いた打撃音と濁声の怒号に、普段なら喧騒で五月蝿い位の昼休みの廊下がシンと静まり返る。


なんだ…?

霧野は瞬く間に一変した空気に思わず脚を止めた。
周囲の人々は皆、一様に顔を顰め同情の表情を浮かべている。
ざわざわと低い声で、「またやってる」「可哀想」「アイツ最低」等と囁き合っている。
どうやら何が起こっているのか知らないのは、普段はサッカー棟で昼食を摂っていて今日は偶々用事があって早く昼食を切り上げて居合わせた霧野唯一人らしい。

皆が我関せずと遠巻きにその騒ぎを眺めている中を、霧野は眉を顰めながらも用事を済ます為に止まっていた脚を再開させた。

だが、その脚はまたすぐに止まってしまう。
聞き慣れた声が聞こえてきたからだ。


「何が悪いんだよ!?どっこもチャラチャラしてないだろッ!!」

教師だろう濁声に、勢い良く言い返したその声は霧野もよく知っているサッカー部のマネージャー瀬戸水鳥のものだった。
しかもその声の調子は随分と反抗的だ。
普段の彼女の態度を思い出し、霧野はつい心配になり彼女を諌めようと通り過ぎようとしていた脚を騒ぎの中心へとその進行方向を変えた。
霧野が向かう間にも二人の言い争う声はどんどん激しさを増していく。
知らず知らずの内に霧野の脚も駆け足になっていた。

廊下の角を曲がると、すぐそこに渦中の彼女達は居た。
顔を真っ赤に染めて、教師に食ってかかるサッカー部マネージャー瀬戸水鳥が。


「んだよッ!触んじゃねーよッ!!
アタシにパンツ見えそうなチャラチャラしたスカート穿けってのかよッ!!
ふざけんじゃねーッ!!」

「何度言ったら分かるんだッ!!
お前にパンツ見せろとは言ってないだろうがッ!!
スカートが長すぎるって言ってるだけだ、この馬鹿ちんがッ!!」

だが、言い争う二人の姿は随分と霧野の予想とは異なっていた。
体育教師は竹ものさしを片手に水鳥のスカートが長すぎると、その裾を捲り上げているのだ。
水鳥が真っ赤になっているのは普段見せない脚のラインが露になってしまっているせいだろう。
どう見てもその顔は怒りではなく羞恥で赤く染まっていた。

赤い顔で必死に成人男性の力に抵抗してスカートを抑える水鳥の姿は、霧野の正義感を充分刺激した。
強い口調で言い返す姿でさえ、虚勢にしか見えなかった。

――こんなセクハラ紛いの行為、いくらなんでも見過ごせない!

霧野は皆が見て見ぬふりをする中、スッと言い争う二人の間に割って入った。


「先生!瀬戸のスカートを離して下さい!!
いくらなんでもこれはやり過ぎです!セクハラじゃないですか!!」

毅然とした正論に言い争っていた二人も、ざわめいていた周囲も一瞬言葉を無くした。
正論は時として聞く者に行動を起こす勇気を与える。

「そうだよな、これセクハラだよ」

「女の子のスカート捲るとか痴漢じゃん」

霧野の言葉に一瞬無音になったものの、その言葉の正しさに周囲からも少しずつ同意の声が挙がっていく。
常日頃、この教師の行動が目に余っていたのか溜まった鬱憤が爆発したようにその教師を責める声はさざ波のように広がり大きくなっていく。

「大体アイツいっつもスカート丈のチェックばっかしてるんだよな!
絶対女子の脚、触りたいだけじゃん!!」

「長さ測る為とか言ってものさし持ってるけど、いっつもアレで叩くじゃん!
セクハラ暴力教師!!」

遠巻きにしていた野次馬から糾弾の声が続々とあがってくる。
しかもそれが全て事実なのか、教師は言い返す事無く怒りの表情で戦慄いている。

正論は聞く者には勇気を与えるが、言われた者には言い分が正しい分だけ反論出来ずに恨みだけが降り積もってしまう。


「霧野!!」

「はい」

糾弾の声を振り切るような教師の大声にも、霧野は毅然とした態度のまま返答した。

「お前には風紀指導がセクハラに見えるのか?」

懸命に声を抑えた教師の声。
でもその場に居る者全てが、その教師が怒りを感じている事に気付いていた。

「先生の行動は風紀指導ではなくセクハラに見えました」

それでも霧野の答えは揺るがない。
その立場の強い者にも正義を貫く姿に、周囲から感嘆の声が上がる。……特に女子を中心に。
そんな事さえもモテなくてこんなセクハラ紛いの行為を繰り返しているこの教師には癪に障って仕方ない。


「そうか!
ならお前にも分かるように、もっと分かりやすく風紀指導しなきゃならないな!!
霧野ッ!瀬戸ッ!風紀指導室に一緒に来いッ!!」

教師の言葉に霧野は申し訳無い気分で水鳥に視線で謝罪を送る。
水鳥を庇ったつもりだった霧野の行動は、火に油を注いだようなものだった。


――あー…、瀬戸に悪い事をしてしまったな。

鍵の掛かる狭い風紀指導室を思い、霧野はまっすぐに正論をぶつけた自分を少しだけ後悔していた。




 
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