Event

□difference in age
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ど、ど、どうしよう……。
こんなの予定になかったのに。
今日もいつものように家まで送ってもらって、
それで俺がいつもみたいに「あのっ、あのっ、あのですねっ、…また明日も会えますか?」って聞いて、
もしかしたら剣城君は「いや、明日はちょっと…」って今日は言うかもしれないけど、
でもいつものように「…迎えに来ます」って
普段は「本当は人一人ぐらい殺した事あるんじゃないの?」ってぐらい鋭い眼光を、
初めて見た時は「え?こんなに優しい瞳も出来るんだ」ってドキドキしすぎて逆に死にそうになったぐらい柔らかくしてくれるだけで良かったのに。
それだけで充分だったのに。

なのになんで俺は今、剣城君んちに居るんでしょう?


「タオル、一枚で足りますか?」

「は!…は、は、は、はいーっ、じゅ、じゅ、充分です!」

うわっ、剣城君が急に声を掛けるから盛大にドモってしまいました。
俺は恥ずかしさに剣城君の顔が見れなくて、借りたタオルを目深に被る。
もう俺の顔は鼻の頭と口元ぐらいしか出てなくて不自然極まりないけど、仕方ないです。
剣城くんのうちに初めてお邪魔してるってだけでも心臓バクバクなのに、濡れ髪の剣城君と視線を合わせようものなら多分俺、死んじゃいます。
あの瞳で微笑まれたりしたら、間違いなく即死です。


「これ、俺のですけど着て下さい。
…雨に濡れて冷えましたよね、何か淹れてきます」

「え!…あのっ、あのっ、俺…っ!」

剣城君は俺に畳んである服を手渡すと、またすぐリビングから出ていってしまう。
急な雨のせいで雨宿りにお邪魔してるだけであって、俺は長居する気なんて無いのに。
傘を借りたら帰るつもりだったのに、暇乞いする隙も無かった。
仕方なしに俺はタオルを被ったまま渡された服を広げてみる。


「…ッ!」

畳んである状態でも色でなんとなく嫌な予感がしてたんだけど、広げてみると一目瞭然で。
手渡された赤い長袖のTシャツを俺は直視出来ない。
これって、これって、アレですよね…?
剣城君がいつも学ランの中に着てる…。
こ、これを俺に着ろ、と…?
剣城君がいつも着用している服を俺に着ろ、と…?

ボッと頬が一気に熱くなる。
もうTシャツも持ってられなくて、リビングの床にはらりと落ちてしまう。
折角貸してくれたのに落としてしまうなんて申し訳ないけど、これは仕方ない。

だってこれは無理ですよぉ〜〜〜。

俺自身もへんにゃりと床に座り込んで、床に小さな山を作っている赤いTシャツを恨めしげに見つめる。
どうしましょう?これ。
だってこれ着ちゃったら、剣城くんと間接キスならぬ間接Tシャツですよね?
剣城君の肌に触れたものが俺の肌にも触れるって事ですよね?
それヤバいですよぉ〜〜〜。
しかも何かする度に剣城君の服に身を包んだ俺の腕とか視界に飛び込んでくるんですよね?
それもヤバいですよぉ〜〜〜〜。
しかもですよ?もしかしたら剣城君の残り香とかあったりなんかしちゃったりして…。
きゃあああ〜〜〜〜、ヤバ過ぎですよぉおおお〜〜〜。
…お、落ち着け、俺!
そうだ、ここは深呼吸ですよ!
すー、はー、…って、べ、別に服から剣城君ちの匂いを吸い込もうとか思ってないですよ!
って!俺、誰に言い訳してるんだ!!
駄目だ…、俺、駄目過ぎる…。


「ハァーッ」

俺は赤い山を前に、溜息を吐く。
さっきから俺は何を一人でやってるんでしょうか。
たった服一枚にこんなに掻き乱されてしまうなんて我ながら情けない。
気がつけば俯いてるせいで俺の髪から滴った水がリビングの床に小さな水溜りをいくつも作っている。
そんな事にも気付かないで、俺は剣城君の服の事ばかり考えていたなんて。
本当、たかが服一枚のことなのに…。

俺がそろーっと剣城君の服に指を伸ばしたその時、背後でリビングに隣接しているキッチンの方のドアが開いた音がした。


「緑茶と紅茶、どっちがいいですか?」

ドキーッ!
驚きすぎて俺の心臓が飛び出るかと思った。
悪い事なんてしてないはずなのに、なんだか現場を押さえられた気分になってしまう。
こんな事で一喜一憂して、それを剣城君に見られて。
本当、俺、格好悪すぎる。
もう、泣きそうですよ、俺。


「……俺、帰ります」

振り返った俺の顔はほとんど泣いてるのと変わらない顔をしてたはず。
それでもこれ以上剣城君にみっともないところを見られるよりはいい。
嫌われちゃうより、絶対いい。

そう思っているのに剣城君は、俺の泣きそうな顔を黙って見つめてくる。
それからチラッと俺の傍に落ちている服に視線を投げると、スタスタとまっすぐに俺の方に向かってくる。
そして俺の前を通り過ぎ、小さな山を作っている服の前でしゃがみこむ。
剣城君の大きな背中と、縛ってある濡れた毛先が俺の眼に入る。


「…帰らないで下さい」

「え…?」

俺に背中を向けたまま告げられた言葉に、俺は思わず聞き返してしまう。


「速水さんが…、恥ずかしがりやの俺の恋人が、やっと俺の家に来てくれたんだ。
簡単に帰すつもりは無いです」

そう言って振り向き、再度俺に手渡された剣城君の赤い服。
顔を上げれば真剣な剣城君の顔。
今、気付いたんですが、剣城君の視線は険しかろうと優しかろうと、まっすぐ向けられたらそれだけで俺を殺すには充分みたいです。

それにしても、ああ、どうしよう…!
好きな人にこんなお願いされたら、俺はもう家には帰れないです。

でもっ、でもぉ〜〜。
俺はこれから何をされるんでしょぉ?
帰りたいですよぉ〜〜〜〜!





 
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