◇OP(PINK HOLIC)◇

□『クラヤミ』
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『クラヤミ』


 不寝番以外が寝静まった夜。
 造り付けの簡易クローゼットから取り出した服におれは音もなく袖をとおす。

 普段着ている白いコック服とは違う、闇に融けるような漆黒に染め抜いたコック服。
 これはおれたち4番隊が裏の顔を見せるときにだけ纏う。
 4番隊は基本的に料理人で構成されているが、そこはやはり海賊船。おれたちにも戦いの場が用意されている。

 殲滅戦という戦場が。


「場所は頭に入ってるねい?」
「バッチリ」


 周辺の海図を右手に持つマルコに親指を立ててみせる。
 マルコが部屋に入るのにノックしないのは4番隊の出撃が味方にも知らされていないからだ。
 正確な出撃時刻を知ってるのは4番隊を除けば不寝番と親父とマルコだけ。
 確実にターゲットを沈めるために船内で伝えられる情報は最低限に抑え、漏洩を予防する。
 それは隠密行動のセオリーだ。


「今回の船番はティーチかい?」
「ああ、2番隊は暇だってぼやいてたから引っ張ってきた」


 本来なら他の隊の人間は連れていかないのだが、今回は相手が船団を率いていることもあり人手が足りない。
 隊の特性上、よほどのことがない限り援軍は期待できないので、影響がない範囲なら使えるものは使わせてもらう。
 ティーチは見かけの割りに口が固いのでその点では安心だ。
 準備の仕上げに肩まで落ちた髪を後ろで一つに束ねる。


「…っ」
「どしたの、マルちゃん」


 にやりと笑ってマルコとの距離を詰める。
 その頬が赤く染まっているのを見逃すほどおれの目は節穴じゃない。
 トレードマークのリーゼントは散々こけ落とすくせに、戦闘体勢のおれにはまだ照れるらしい。
 照れ屋で可愛い1番隊の隊長さんは20年来の大事な恋人。
 距離をじわじわと詰めていき、壁についた両手の間にマルコを閉じこめて顔を伺うと、空色の瞳がじとりと見上げてきた。


「…離れろよい」
「んー。いってらっしゃいのキスはしてくんないの?」
「!!」


 顔どころか耳まで真っ赤にしたマルコに高さを合わせるように屈んで目を閉じる。


「お前、ねぃ…っ」


 瞼の向こう側では今頃、火が出そうなほど真っ赤になったマルコがよく回る頭で色々考えているはずだ。
 やがて少しの間をおいて柔らかな唇が重なる。…ことはなく、おれの無防備な脇腹に見事な膝蹴りがめりこんだ。
 この際、骨が軋む音がしたのは無視しておこう。


「……相変わらずいい足癖で」
「無駄口たたいてないでさっさと行きやがれい」

 時間だよい、と懐中時計を顔の前に突きつけられたおれは愛しい恋人を渋々解放した。

 まあ今はいいさ。
 いつも裏の仕事が終わった後はどんなことでもさせてくれるし、してくれる。
 一暴れした昂りの収まらないおれにあてられて、普段は理性でガードの固いマルコもこの時ばかりは蕩けきる。
 楽しみは後にとっておくのも悪くない。


「じゃ、行ってくる」
「気をつけてねい」


 言ってひらりと手を振ると返ってくる言葉は真剣な響きで。
 信頼されながら、それでもこうしていつまでも変わらず心配してくれるマルコが好きだ。

 おう。と相棒である双剣を肩に担ぐと部屋を後にした。

 部屋からハッチへ向かう歩みは遅くなく早くなく、ただ静かに。
 点在する明かりの中で集まった部下たちに指信号だけで合図し、用意された黒塗りの専用ボートに分かれて乗り込む。
 最後におれは最後尾で櫂を握る黒いフード付きの外套を羽織ったティーチに出発の合図を送った。



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