右脳の見る白昼夢

□なんかとなんか。
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男は女だった。

少し語弊がある言い方だが、公園で出会った男だと思っていた人物は20にもなっていない少女だった。
しかし、この少女はそこら辺にいる少女ではない。
美しさは言うまでもないが、そこに「中性的美貌」という単語が付随する。
そう。少女は普通じゃなかった。
表情に「少女」はどこにもなく。
それどころか「女」がいない。
立ち振る舞いは流麗。
なにより纏う空気が精悍だった。
それは、俺が求めていた役者像そのものだった。

「俺はこういう者なんだが、じつは役者が事故に遭って急遽代役を探している」

懐から名刺入れを取り出す。
普段こんなことはしないため、なかなか自分の名刺が出てこない。
やっと取り出せた名刺を渡すと少女は受け取った。

「・・・」
「引き受けてくれないか」
「・・・なぜ、わたしを」
「あんたとならやれると思った」

俺の頭の中にあること以上のものを。

「頼む、このとおりだ」

俺は頭を下げた。

「・・・お役にたてるかはわからないが」

少女は小さくため息をつき了承してくれた。

「ありがとう。・・・それと、あんたの名前を聞いてもいいか?」
「・・・伊瑳。常葉伊瑳」


それが俺と少女――常葉伊瑳との出会いだった。


・・・・


俺は伊瑳を連れて大急ぎで現場に戻り、ヘアメイクや衣装の着付けをさせた。
戻った直後は他のキャストもスタッフも、皆伊瑳の存在に固まっていた。
だが、只でさえ押してる時間。すぐに喝を入れ、現場を指揮する。

「か、かかか片埜(かたの)さん!!!」
「ん?どうした」

伊瑳をスタッフに預けて数分、スタッフの1人がどもりながら戻ってきた。

「あ、あのひと、おおおおんな、」
「そうだ」
「いいんすか!?オレ女の子に男の着付けなんてしたことないっすよ!!」
「ンなもん、さらしでもなんでもいいだろ」
「いやぁ、でも、触れてもいいんですかね。なんか滅茶苦茶畏れ多いんですけど・・・」

ぐだぐだ言うヘタレスタッフにイラつきど突いていると、周囲のざわつきに気づく。

「片埜さん!用意できました!」

そこにはスタッフの後をついてくる伊瑳の姿があった。
衣装に着替えメイクも施した伊瑳は、また一段と美丈夫へと形を変えた。
途中、女性スタッフから黄色い悲鳴が飛び交っていたのは幻聴ではなかったようだ。

「・・・自分で着付けたのか」
「?・・・どこか乱れてますか」
「いいや、完璧だ。・・・だが、カツラどうした。用意してあっただろう?」

スタッフに訊くと、

「監督!!このままでいってください!!その方が絶対いいですから!!」

伊瑳のヘアメイクを担当していた女性スタッフたちがゴリ推ししてくる。
伊瑳はメイクこそすれ、髪はいじってない。
伊瑳の髪は今では珍しい烏の濡れ羽色と例えられるようなきれいな黒髪だ。

・・・たしかに下手なカツラなんかよりこのままの方が良いに決まっているが。

「・・・せめて括れ」
「すぐやります!!」

伊瑳に台本を見せる。
手渡すと台本をぱらぱらとめくり始める。
セリフ自体はほとんどないが大立ち回りを予定していて、動きを事細かに指示してある。
はっきり言って、ぶっつけで出来るものではない。

普通なら。

「・・・分からないところはあるか?」
「・・・相手はこのとおりに動くんだな?」
「ああ」
「わかった」

台本を閉じると、伊瑳は位置につく。
伊瑳が位置についたのを確認し、相手をする役者たちに手加減しなくていいと言った。

「彼は剣術の達人である」と。

完全なハッタリだった。
そんなことは聞いてもいない。
他のスタッフは皆リハーサルだと思っている。
カメラマンですらそうだ。

しかしその緩みはすぐに張り詰めることになる。
3・・2・・・1、

空気が変質する。

まただ。
公園での一幕のように、世界はそのペースを下げる。


背中を向けた状態で始まる演技。
ただの背中。
その背に何かを背負ってレンズの向こう側にいる『男』。
『男』は動かない。動かない。
いつまでも微動だにしない背。
静寂。
一瞬にして事態は一変。
『男』の周りには幾人もの刺客たち。
『男』は動じない。
一閃。また一閃。
神速の抜刀から連続して繰り出される技。
相手の動き出しを見てから動いているというのに、そのすべてを見切り一瞬で間合いに詰める。
襲い来る敵は次々に切り捨てられていく。
『男』が動く度に朱色の紐で結われた黒髪が揺れる。

『男』以外に立つ者がいなくなった。
『男』に外傷はない。

だが、ぼろぼろだった。

憔悴していた。
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