右脳の見る白昼夢

□2じかんめ。
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レッスン2。給食事件。


「小川、お前が向かいのとき、給食すごく美味かった」
「いい方法とは全然思ってないけど」
「自分のこと子どもだからって居直るのも嫌だけど、ああでもしなきゃ耐えられなかったんだ……」
「だがなぁ…」
「言えばよかったなんていうなよっ!」
「!」
「だって注意とかしたら…心狭いとか言って逆ギレされるだけじゃん!
それにもし、本当にこっちが心せまくて悪いんだったら、もし本当にどっちでもいいことなのに勝手にこっちがイラついているのが悪いんだったら――当然の顔して嚙みついてみたって、余裕ぶってさとしてみたって、オレ救いようのないバカになっちまう!」
どっちにしたって言えやしねェじゃねぇか!

「…常葉が向かいで食べてたときはすごく安心した」
「…安心?」
「あいつちゃんとマナー守ってるし、すごく綺麗に食うから。他の奴はあいつの向かいとかで食べると緊張するみたいだけど、俺は逆に安心するんだ。『ああ、ここは食卓で、家畜の餌場なんかじゃないんだ』って」
それにさ、
「あいつって、人のことよく見てるんだ。1年のときもクラスが一緒で…常葉は俺が給食中いつもイライラしながら食べてたの気づいてたんだ。どうしてイライラしているのかって聞いてくれて…。俺はそのとき言わなかった。あいつは言わなくたって気づいてくれると思ったから。だってあいつは誰よりマナーを守っていたから」
でも結局、あいつは気づいてないみたいだけど。
先週の席替えで現在、出水と常葉はほぼ教室の端と端の位置にいる。
俺は給食の様子を思い出してみた。そういえば常葉が食べてるところはいつみても静かで、なんだか厳かな雰囲気が漂っているように見えていたが、あの静けさは常葉が作りだす雰囲気によるものか。たしかにきれいに食べているところしか見てない。
姿勢よく腰かけ、左利きだが違和感なく綺麗な箸つかいだった。他の人間がすれば疲れそうな食事も、常葉はとてもリラックスして食べているようだった。
「…わたしも常葉さんの食事作法はとてもきれいだと思った」
「他にもマナーなんて守ってないやついるけど我慢してた。けど中村は自分に自信のあることに関しては平気で注意するくせに、食事に関しては自分がマナー守んないくせに人のことばっか言って…俺、もう耐えらんなくてさ。でも反省してるよ。…常葉にも叱られたし」
「常葉が?」

『食事は人間にとってとても大事な行為だ。それはわたしたちが生きていくためには必要不可欠なことで、それが出来なくなることはとても辛いことだ。なによりわたしたちの糧になるために食材になったものや調理してくれた人に対して失礼だ』

「でもあいつの言葉に怒りはないんだ。俺がそんなことしたのにはわけがあるんだろ?って。それでいつもどおり」
「…常葉はわかってたよ。あいつは皆のことよく見てるから」
「え」
「前からうすうす勘づいてたみたいだぞ。以前からお前が『給食中、何かを耐えてる』って。でも、『出水はとても思慮深いやつだ。だからあれはいろいろ考えた結果の行動だと思う。だから先生が気づいてやってくれ』って」



『常葉、お前は出水がどうしてあんなことしたのか知ってるか?』

『……歩んできた道が人それぞれなら、育ってきた環境だって当然違う。
だから、その人の悩みを「わかる」なんて軽々しく口にしてはいけない。
それは「わかる」のではなく、あくまで「想像できる」だけ。
出水がどれだけ苦痛に思っているかも、どのように悩んでいるのかもわたしにはわからない。
同じ境遇を味わったことはないから。
出水のようにわたしは厳しく躾けられたわけではない。
わたしが食事の作法を身につけたのは、わたしがご飯をおいしく頂きたいから。
わたしがいつも背筋を伸ばしているのは、わたしがそうありたいから。
誰のためでもない、わたしがわたしのためにしていること。
だから、わたしには出水を本当の意味で理解してあげることは出来ないし、理由を知っていてもわたしがその問題を解決してしまうのはお門違い。
出水もそれを望まない。
…考えすぎると人は臆病になるというけれど、本当にその通りだと思う。
でも、仕方ないんだ。
わたしたちはコミュニティに属している。
何気なくとる行動が、他の誰かにはどうでもいいことだったり、思いもよらないことだったり、……堪らなく不快にさせることだってある。
でも、先生は多少なりとも、わかっているのだろ。彼の気持ちが。だから、やはり先生が気づいてやらないと』

先生自身も目を背けていることに。
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