右脳の見る白昼夢

□2じかんめ。
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酢豚論争

多勢の前では少数派の者(意見)など淘汰されるものだと知っている。だが、これは少数派を大事にするべきだ。
アンケート集計。職員室でアンケートの集計を行なっていると、気になるコメントを書いている者がいた。

『わたし個人は酢豚のメニューは存続してもいいと思っているが、食べられない者がいる以上、彼らも食べられるメニューに変更するべきだ。
先生は樺山の気持ちを汲んで廃止にならないように考えてくれているんだろう。
だが、樺山1人のために食べられない者がないがしろにされることはあってはならないことだとわたしは思う。
何より、好き嫌いがあることよりも、たくさんの残飯が出ることの方が食事を作ってくれた方や食材に対して失礼なことだと思う。
…樺山は酢豚が無くなれば悲しむだろうが、食べることが好きな彼女は新しい献立だってきっとおいしく食べてくれるさ』

だから、大丈夫。と書かれていないセリフが聞こえた気がした。
アンケートだから無記名だが、これは確実にあいつだ。この達観した見解といい、筆跡といい、あいつしかいない。俺が困ったとき(あいつにそんなつもりがなくても)さりげなく助言するのは常葉しかいない!
この集計結果は常葉の一言で少数派の優勢が見えてしまった。

結局、会議でも酢豚の廃止は決定した。

「この結果は少ないんでしょうか?」
やはり足子先生は言った。
俺もギリギリまで一応考えたが、やはり。
「廃止を見直してほしいと言った手前あれなんですが、僕もそう思います。…それと、A組の生徒の1人がアンケートに意見を書いてくれているんです。この生徒は『個人的には酢豚のメニューは存続してもいいと思っているが、食べられない者がいる以上、彼らも食べられるメニューに変更するべきだ』と。『酢豚が好きな1人の生徒のために、食べられない者がないがしろにされることはあってはいけないことだ』と。僕も今回のアンケート結果とこの生徒の意見でそう思いました」
「その意見は誰が…?」
「…無記名のアンケートなので」
こんなに堂々と自分の意見を書く人間は限られている。おそらく前の担任である川野先生は気づいたに違いない。
俺は出来れば常葉のすごさを知っているのはクラスの人間に留めておきたい。
…って俺は何を考えてるんだ。これでは俺が常葉を独占したいみたいじゃないか。何を考えている俺。お前は小川だけでは飽き足らず、常葉にも好意を抱いているというのか。生徒だぞ!その前に俺には麻美さんという彼女がいるじゃないか。しっかりしろ俺!!


「先生」
!!
「…どうした常葉。まだ残ってたのか?」
「ああ。今日の宿題をやっていた。…ところで酢豚の件はどうなった?」
「やっぱり廃止になった。…あのアンケートに意見を書いてくれたのはお前だろ?常葉」
「あのがどれを指しているかはわからないが意見は書いた。…筆跡か?」
「それもあるが、ああいう意見を書いてくれるのはお前だろうなって。…今回もありがとな」
「わたしはただ思ったことを述べただけだ。…それに樺山からみれば、わたしは“酢豚を存続させたい”と思っている少数派の意見を淘汰した者に過ぎない。小川にも。人の感情ばかりはどうにもならない」
「小川?」
「ああ。小川も給食の酢豚、好きだったから」
わたしの勘違いでなければ、と言っているが常葉が言うんだからそうなんだろう。
「常葉は?酢豚好きだったか?」
「そうだな。わたしは嫌いなものというのは特にないから酢豚もおいしく頂いていたよ」
なんとも常葉らしい。
「じゃあ好きなものは?」
「…家族が作ってくれたものだ。家族が、わたしのために作る料理。そして家族と食べている時間が、わたしは一等おいしいと感じるんだ」
そう言って彼女は、笑う。穏やかで、優しくて、まるで陽だまりのように温かく感じた。
なんてきれいに笑うんだろうか。
なんだか俺は、無性に泣きたくなった。
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