右脳の見る白昼夢

□なんかとなんか。
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まいった。
キャスティングしていた俳優がここへ向かう途中事故を起こした。
幸い命に別状はないものの、全治3カ月だと!?
今回の撮影にはだいぶ前から手間をかけて役者をしこんだっていうのに。
たった1分弱といえど設定が時代劇のつくりだ。
殺陣も真剣も使う予定だった。
あれだけ念を押したのにあの野郎!!もう絶対使わん!!!
しかしあとは役者を待つだけとなっていた現場。
これだけの人員やほかのキャストたち、その他器材等々、用意するのも当然タダじゃなかった。
まったく、どうしてくれる。
仕方なくキャストに休憩を言い渡し、そのあいだにどうするかを決める。
とりあえずスタッフに使えそうな奴を探して来いとはいった。
しかし期待はしてない。
渋い顔をしながら落ちつける場所に行く。
人気のない方をさがし歩ってると公園があった。
ベンチに腰をおろし休憩する。
公園では園児くらいのこどもたちが思い思いに遊んでいる。
自分の現状とは裏腹に世界はとても平和だ。
しばらくぼんやりと過ごしていると、視界の隅に黒い物が映った。
一瞬、影だと思ったそれは全身黒で統一した男だった。
顔の造形は上にロングコートのフードに隠れ窺いしれない。
男はあまりにこの場にそぐわなかった。
そぐわないにもかかわらず男は何からも阻害されない。
周りのものは男がいることに何の反応もない。
ボールが転がる。
子どもたちが使っていたのだろうボールは、ころころと転がるとピタリと止まる。
自分の足にあたったボールを男は拾い上げる。
そこではじめてまわりは男を認識した、ように見えた。
ボールを追いかけてきたらしい子どもたちは男を見上げて固まった。
子どもたちからつかず離れずの距離にいた女性たちも男の存在に動けないでいた。
誰もが微動だに出来なかった。

「男が世界を支配している」。

人、空間、時間さえ男の裁量次第。
男がよしと言うまで世界はなにもしてはいけない。

もう動くことすらないと思われた世界は、男の挙動ひとつであっさりと時計の針を進めた。
――否、男だけが止められた時のなかで動き出した。
男はボールを追いかけてきた子どもの前まで来ると腰を落とす。
子どもの方はすぐ目の前まで男が来ているというのに微動だにできない。
子どもの目線に合わせると、それまで外界を遮断しているかのように被られたフードをはずした。

さらりと滑り落ちる黒髪。彫刻のような輪郭。瞼を縁取る長い睫毛。薄く引かれた唇。

その唇が言の葉を紡ぎ、弧を描く。

子どもはボールを手渡されると、男の支配から解かれたように間近の笑みに全身を赤く染め、お礼を述べて走り去った。


なぜ、容易に微笑うんだ。
それは安売りしていいものではないだろう。
その瞬間を撮りたいがために、一体どれだけの人間が莫大な金を積むと思ってるんだ。

しかし、冷静な思考とは裏腹に俺はその場から指先ひとつ動かすことは出来なかった。
ただその美しさに圧倒され、受け入れるしかなかった。
俺はただ目の当たりする傍観者でしかなかった。
それが悔しかった。
それ以上に狂喜で心が震えた。

見つけた。

今回の代役に見合う、否、これからこの世界を牽引できる逸材を。
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