Psalm 03

□夜の秘密
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神経が図太い、と幼いころから言われ続けた。
特に眠りに対してはそうだった。一度眠ったら何があっても目を覚まさないので、昔から眠っている俺をどう起こすかが家族の、特に面倒見のよかった弟の悩みの種だった。
一度など大きい地震があって、人への被害こそないものの本棚や食器が崩れ、家族全員が飛び起きたというのに、俺だけが朝まで眼を覚まさなかった。

夜に眼覚めることがあるようになったのはいつからだろう。
そんなに昔じゃなかったはずだ。ひとつき、ふたつき前。



「あれ、親父は?」

家に帰ったら父親の姿がなかった。
休日。
いつもなら家族全員揃っている家のリビングには弟しかいない。

「……」
「今日も無視かよ」

弟は俺をいない者かのように振る舞う。

「あ、もしもし、親父?」

携帯に電話をかけるとすぐに父親に繋がる。

『治彦か。すまない、仕事の書類の受け渡しで今外に出てるんだ』
「いいよ。それより晩飯どうする?」
『父さんが二人分買ってくるよ。何がいい?』

父親は二人分、という所を強調するように言う。

「何でもいいよ。任せる」
『わかった。あいつも今日は夜まで出かけているようだが、くれぐれも外出はするなよ』

あいつとは父親にとっての妻、俺達兄弟にとっては母親と呼ばれる存在のことだ。

「わかってるって。家から出る用事はないよ」

電話を切ってリビングを見ると弟は変わらず俺を無視して本を読んでいる。
一瞬弟の夕飯を心配したが、冷蔵庫に入っている料理を目にして考えるのを止めた。
用意されているのは一人分。

ここ数年、この家では弟と母親、俺と父親でそれぞれ別々に食事をする。
まるで敵同士のように会話はなく、時には憎む相手にするように辛辣な言葉の応酬をする。
外出はするな、という父親の言葉がよみがえる。
リビングという家の中心に居座り、陣取り合戦のように互いの正当性を主張するのだ。
くだらない、と思う。

「……はぁ」

どうしてこうなったのか、今も分からない。
俺を産んだ母親が死んで親父が今の母親と再婚したとき、俺はまだ3歳だった。
再婚後、明彦が生まれて俺達は順調に成長した。
親父とあの女の仲もそう悪くはなかったはずだ。
なのに、なにがきっかけでお互い憎むようになったんだろう。
俺は理由を知らない。

一等地のこの家は数年後に大きな道路ができて更に値段が跳ね上がる。
父も母も相手に一銭もやりたくないのだ。
お互い慰謝料をふんだくってやろうと虎視眈々と相手を観察している。
子供同士もおなじだった。
監視されている。
気の休まる時間がない。
けれどリビングを出ることは許されない。

冷戦状態の形式だけの家族。
それが今の我が家の状態だ。
 
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