姫と騎士ブック
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ダンスパーティの夜。
愛想笑いをしすぎて顔の筋肉が痛い。おまけにこんな高いヒールで踊ったから、足が痛む。
「1曲踊っていただけますか?」
ほら、また。私の気も知らずに、1人の男が近づいてきた。
アンタとなんか踊りたくない。それが本音。
だって踊る時には、相手の腰に手を添えて体を密着させなきゃいけないのよ?必然的に顔も近くなって…。
…分かるのよ、目を見れば。嫌でも伝わってくるの。
私を“道具”としてしか見ていない、男達の心の中が。まずは私に取り入って、お父様に気に入られようってこんたんが。
あんな冷たい瞳で見られてばかりいて、疲れないはずがない。
あんな冷たい瞳の中に楽しさなんて見いだせるわけがない。
欲望が渦巻いていて、居心地が悪い。
「ええ、ぜひ。」
それでも国の友好関係を壊してしまうから、断ることはできない。ほんと、うんざりする。
私の目の前に、差し出された手。
その手をとろうと手を伸ばせば、スッと何かが視界を横切った。
「申し訳ありませんが、姫は疲れているようなので、後にしていただけますか?」
レッドだった。彼も正装をしていて黒のタキシードを身にまとっている。見慣れない格好に、思わず吹き出しそうになった。
「なんだ?付き人か?部外者だったらひっこんでく「私の騎士です。」
「え、ああ…!そうでしたか!」
「この者の言うとおり、今日は少し体調が優れないので、またの機会にさせていただきますわ。せっかくのお誘いを断ってしまい、申し訳ありません。」
「あ、いえ…。それじゃあまたの機会に。」
「ええ。楽しみにしていますわ。」
そそくさと立ち去る男の人の後ろ姿を、なんとも思わずただ見送る。
「それで、レッド?でしゃばった真似しないでちょうだい。あの人が身分の高い人だったらどうするつもりだったの?」
「申し訳ありません。しかし、姫がだいぶ疲れているように見えたので。」
「これぐらいどうってことないわ。いつものことよ。…それにしても、レッド。アナタがタキシードを着るなんて…。」
ふふっと私が笑ったら、レッドもつられて笑った。
「少し外にでて、風にあたられたらいかがですか?」
「ええ。そうするわ。」
私達はバルコニーに移動する。ガラス戸を開けた瞬間、ビュウっと風がふきこんだ。
「くしゅんっ!」
思ったよりも寒くて、くしゃみが1つ。
するとレッドは上着を脱いで、ほら、と私にかけてくれた。
「ありがとう。」
「どういたしまして。風邪ひくなよ?」
「ええ。」
空を見上げれば綺麗な星空が広がっていた。この数万個とある星を見て、何度この生活から逃げ出したいと思ったことだろう。
―…私は何で、王女なんかに生まれてしまったんだろう。
ずっとずっと思ってた。
星は好き。だって誰でも等しく照らしてくれるから。
身分なんて関係ない。
この広大な空の下では皆、平等。
「綺麗ね…」
「イミテのほうが綺麗だ…」
レッドらしくないセリフに、バッと彼の方を見れば、バツが悪そうに笑っていた。
「きっとどっかの王子様なら、こんなクサいセリフも簡単に言えるんだろうな?」
「ふふ…そうね。」
また空を見て、幻想的な空をたしなむ。
「なあ、王がそろそろイミテにも結婚を考えさせなきゃって言ってたぞ。」
せっかく夢のような気分にひたってたのに、レッドのせいで現実にひきもどされた。結婚、ね…。
「そう…。自由に結婚相手も決められないのね、私は。」
思わず苦笑がもれた。
分かってるつもりだった。政略結婚なんて王女なんだから当たり前。自分が本当に好きな人と一緒になれる訳がない。
分かってたつもりだったのに、改めてその時がくると、何となくやりきれない思いになってしまう。
「…イミテは、結婚したい相手がいるのか?」
私が難しい表情をしていることに気づいたのか、レッドが顔を星空を見ながらつぶやいた。
「……ええ。いるわよ。すごくすごく大切に思ってる人が。」
そう、目の前にね。
………ねえ、気がつけば惹かれていたの。好きになっていたの。騎士であるアナタを。
おかしな話でしょ?
今まで他人との関わりなんて望んでなかったのに、アナタにだけはもっと近づきたいって思うの。
レッドの温かさに触れて、すごく嬉しかったのよ、私。
この先あなたと一緒にいられたら、どんなに幸せかしらって、何度も思ったわ。
何度も、何度も。
「とってもあったかい人なのよ?」
とても…、ね?
笑っちゃうぐらい優しいの。
どんな話しも真剣に聞いてくれて、どんな些細な仕草も見逃さないで、こんな私にも優しくしてくれるの、アナタは。
その真っ直ぐな強い信念さえも感じられる瞳は、優しさで満ちあふれているの。
レッドは他の人とは違う。この混沌とした世界の中に埋もれないような、温かい何かをもっている。
(だから私は、彼に惹かれた)
「そろそろ戻るか?冷えてきたし…」
もう少し話してたかったけど、強制終了。
……逆にこの方が良かったのかもしれない。叶わない恋のことを語るのは、楽しいのに、辛い。
レッドもこれ以上、この話をしたくなかったのかしら?
私が姫で、好きな人がいても思いを伝えることすらできないから、可哀想にでもなった?
…やっぱりあなたは優しい人ね。
―…ねえ、風がさっきより冷たいのは気のせいかしら?
「……頑張れよ。」
私に背中を向けてレッドはそう小さくつぶやいた。
彼は扉を開けて相変わらず人で混雑としているパーティー会場に戻って行く。
「頑張れないわよ…」
人ごみに消えてすでに見えなくなってしまったレッドの背中に、そうなげかけた。
だって私達は、“姫”と“騎士”よ。
この想いはきっと、一生伝えられない。
たとえ伝えられたって、私達が結ばれることは許されないわ。
叶わない恋なのよ、これは。
叶わないのに、どうして私はアナタに惹かれてしまったのかしら。
身分の差はとてつもなく大きくて、深い溝になって私達の前に現れた。
この恋は叶わない。
思いを伝えることすらできない。
大好きなのに。
愛しいと思うのに。
生まれて初めて、
心の底から、共に生きたいと思ったのに―……
恋する姫の悩み事
(それは決して叶わない)