□日常ってやつは意外と簡単に崩れる
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考える余裕はない。立ち止まる気力もない。後ろを見ることもできやしない。

(なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ!)

馬鹿みたいに同じ言葉の羅列が頭の中を回って、そうして結論が出ないままその言葉はしゃぼん玉よりも脆くすぐにぱちんと消える。そのくりかえし。
いつも通りに朝起きて、いつも通りにご飯を食べて、いつも通りに遊びに行って、いつも通りに暗くなる前に帰って、それだけ、の、はずだったのに。
城下町に帰った自分を待っていたのは、最早原型も留めていないような家族だったものの死体と、それから咳き込む程の血の匂いと、沢山の人の形をした、明らかに人間ではないものや動く骸骨といった、今までの生活では見たことどころか聞いたこともなかったような化け物たちだった。わざわざ確認しなくたって分かる。あれは確かに、……そう、確かにあいつらが、自分の家族を殺したのだと。
奇妙なくらいゆっくりその事実を飲み込んだら、今度はすぐに吐き気と恐怖が襲ってくる。情けないことに、自分は家族を殺した相手に怒りを覚える訳でもなく憎しみを抱くわけでもなく、まず最初に恐怖を覚えたのだ。


そうして、自然と震える足とすくむ体で立ち上がって、脇目も振らずに逃げ出した。
戦いもしないで、家族のことを弔いもしないで、ただまっすぐに逃げ出して、それで今に至る。

「は、ぁっ、……っは、」
「なんなんだよ、あれぇ……」

いつの間にか流れていた鼻水と涙を拭いながら、降りしきる雨の中でゆっくりと立ち止まった。あきらめた訳じゃない。ただ、これ以上走ることが出来なくなっただけだ。
そうしてやっと絞り出した言葉は、自分で思ったよりも果てしなく情けないもので、ああ、父さんに怒られるかもしれないなぁ、なんて思ったりして。

(あ、そうだ)
(もう、いないんだった。)

思い出したくなくても自然とフラッシュバックする、もう誰が誰だかも分からない死体の数々。父さんも母さんも姉さんも、もう誰もいないのだ。城下町から離れたところにいるあの幼なじみだって、生きているかどうかも分からない。

繰り返しの日常は、恐ろしい程あっけなく壊れるものだと、思い知らされたような気がした。
退屈な日常だって、変わり映えのない毎日だって、平和に笑っていられるならそれでよかったのに。
どうして俺が、どうしてみんなが、どうしてハイラルが、なんてことを考えても、王族でも貴族でもなんでもないただの平民の俺に何かがわかる訳でもなく。
ただわかったのは、もう二度と自分の名前を呼ぶ優しい声は聞くことができないという、それだけのことだった。

「……………………ちくしょう、」

少しずつ薄れて行く意識の中で小さく呟いて、それはまるで遺言みたいだな、なんて馬鹿な事を考えながらゆっくりと意識を手放した。

こんな結末は望んでなかった
(平和って、なんだっけ)





2011.11.28

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