リミット

□そんなところも好き
1ページ/1ページ




「そういえば、アリスっていつラビのこと好きになったんですか?」

一緒にみんなで昼を取っていると、スパゲッティやらパンやらグラタンやら見るだけでお腹いっぱいになる量を口に詰め込んでるアレンに突然そんなことを言われた。隣のリナリーも気になる、なんて目を輝かせているから私は咳払いをしてフォークを置く。斜め前のラビは途端に嫌な顔をしたけどそこはあえての無視で。
そんな顔をしてるラビもかっこいいよ。

「よくぞ聞いてくれました、アレン!」
「……余計なこと聞きやがって。これだからアレンはモヤシなんさ」
「……どういう意味ですか、眼帯ウサギ」

火花を散らす二人を横目に、目を閉じて思い浮かべる。

「あれはある寒い日の出来事でした…」
「真夏でした」
「私は任務で少しミスをしてしまい、アクマに追われてたのです」
「任務ですらねぇさ」
「前は行き止まり、後ろにはアクマ。…何も持たない私にはもう絶望しかなく、これで終わりか、と諦めました…」
「……こりゃダメだ」
「その時です!颯爽と現れたラビがアクマを倒し、心配そうな顔で座り込む私に手を差し伸べながらこう言ったのです!」

「大丈夫か?可愛い顔が埃で台無しさ」

キャー!と一人赤くなった頬を覆って悶えていると、リナリーとアレンが微妙な顔で笑っていたのが目の端に見えた。

「うぇ…気持ち悪っ…」
「え、大丈夫、ラビ!?」

背中を摩ろうと席を立つが、ラビに睨み返されて大人しく座り直す。
私、変なこと言ったかな?

「…なんていうか、」
「アリス、目を覚ましなさい」
「えぇー…」

ラビがそんな歯の浮く様な台詞、言うわけないじゃない。
リナリーの言葉に頷くアレン。
いや、まぁ、この話は確かに作り話なんだけどさ。

「…たまには私だってドキドキしたいんですー」

ラビの姿を見ただけで、そりゃあ心臓はドキドキ煩いけど、なんか、こう、きゅんとくる様な出来事も欲しいわけで。
その分妄想は自由じゃないですか。
そっぽを向いて唇を尖らせると、リナリーが笑って頭を撫でてきた。

「こうは考えられない?」
「んー?」
「アリスの言葉に間違いを指摘したってことは、ラビもアリスとの出会いを覚えてるってことよ」
「…!!」
「ちょ、リナリー!余計なこと言わんくていいさ!」
「あれー?必死になっちゃってあやしいですねぇ」
「…お前は黙れモヤシ」
「…文句あんですか馬鹿ウサギ」

次は取っ組み合いでバトルを始める二人を横に、ちらっとラビを盗み見た。
…そっか。ラビも覚えててくれたんだ。そっかそっか。
にやける口元をそのままに、あの時のことを思い出す。


あれは、ラビが入団してから間もない頃。
私はリナリーと同じ歳の探索班ということで、教団では上層部に位置するエクソシストや室長であるコムイさん、科学班のみんなに良くしてもらっていた。
探索班はエクソシストより位が下。それなのに、色んな人に可愛がられる私が気に食わなかったんだと思う。
ハッキリ言うと、探索班の一部の人に嫌がらせを受けていた。
報告書を押し付けられたり、任務で一人にされてアクマに殺されそうになったり、地下水路で落とされたり、嫌がらせの数は様々だ。
でも、それをコムイさんやリナリー達に言うのはなんか違う気がして。
そこまで辛くもなかったから黙っていた。
なんでもない風に気丈に振る舞っていたら、先輩方の癪に触れたのかとうとう呼び出されてた。

今は使われていない旧図書室に立ち入った瞬間、水をかけられて服や髪が一瞬にして重くなる。

「お前、馬鹿じゃねぇの?」
「のこのこ来るなんて本当馬鹿だな」

夏でよかった。冬だったら凍え死んでたし。
下品な笑顔で私の腕を掴んで奥に投げ飛ばす先輩。頭を蹴られ、髪を引っ張られ、身体全体に痛みが走っても声を上げないように必死に歯を噛んでいると、片方の先輩が口を開いて。

「大体、お前いつもなんでニコニコ笑ってんの?気持ち悪ぃよハッキリ言って」
「そうそう。確か、同じ班の仲間が死んでもコイツ笑ってたよな」
「頭狂ってんじゃね?」

不意にそう言われて、今まで耐えていた何かがぷつりと切れて涙が浮かんできた。
私の両親はアクマに殺された。
二人は教団の協力者だったから、その二人の娘の私もアクマや伯爵のことを一通り知っていた。
そして二人はアクマに殺され、居場所を失った私は教団に連れて来られて、探索班として育てられた。
お母さんはアリスの笑顔を見るだけで疲れも吹っ飛んじゃう、とよく抱き締めてくれた。
お父さんはアリスの笑顔を見るとやる気が起きるよ、とよく頭を撫でてくれた。
その言葉を鵜呑みにした私は、なるべく笑顔を絶やさない様にしようと決めた。

それなのに。
両親の全てを否定された気がして。
でも何も言い返せない自分にまた涙が浮かんできた。
どんどん貶していく先輩達の言葉に必死に耐えている中、突然棚の奥から声が聞こえた。

「あのー、煩いんすけど」

肩を本で叩きながら出てきたのは赤髪に眼帯の、最近入団したばかりのブックマンJrである、

「ラビ、さん……」

彼は横目で私を一瞬見ただけで、すぐに先輩二人に目を戻して棚に寄り掛かった。

「なに?こんなとこでイジメとか?趣味悪ぃな」
「な、なんでこんなトコにエクソシストが…!」
「言っとくけどあんたらが来る前から居たし。ここ、結構穴場でサボるには丁度いい場所なんさ」

今日でサボる場所一つ減っちゃったけど。
あーあ、なんて溜息を吐く彼に少し戸惑う。ラビとは顔見知りではあるが話したことはなくて、庇ってもらう意味がわからない。
彼は人と透明な壁を作るのが上手な人だから、優しさではないだろうし。

だけど、次の言葉でそんな思考も吹き飛んだ。

「それに、人がいつ笑おうと勝手だろ。仲間が死んで悲しくない人間なんていねぇし、そんな時でも笑顔で耐えるコイツはお前らよりずっと強い奴だと思うさ」
「なっ…!」
「ヘラヘラ笑う裏で大きな苦しみ抱えてんの知らねぇくせに、適当なこと言ってんじゃねぇよ」

それは彼の心の声なのか。
エクソシストに睨まれて、反感を買ってしまった。
その恐怖に急いで逃げる様に出て行った二人に残されて、部屋には気まずい空気が流れた。

「あ、あの…」
「さっきの奴らの名前、なに?」
「……へ、?」
「アイツら元からいい噂ねぇし、このことコムイに言ったらどうにかなるっしょ」

お前もその方がいいだろうし。オレも珍しく熱くなったことがバレんのは絶対嫌だし。
恐らく後者が本音だ。
頬を僅かに赤くして頭をかく彼に、さっきとのギャップで思わず笑ってしまって。

「あと、……ん、」
「…え、団服?」
「夏だからってそのままだと風邪引くさ」

そう言って強引に団服を押し付ける彼に胸が高鳴った。
肩にそれを掛けられて、手をひらひらと振りながら出て行くラビに見惚れて、感謝の言葉すら言えてなかったのに気付いたのは、リナリーが心配して部屋に入ってきた時。後日、先輩二人は探索班を去って行った。

私はこうして恋に落ちたのだ。



「ラービ」

アレンとの抗争でさっきより姿が乱れているラビは仏頂面で頬杖をつきながらも目を合わせてくれる。
それに嬉しく感じながら口を開いた。

「ありがとう」
「…どーいたしまして」




fin

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ