短編

□通りすがりのA
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「あ、アレンおかえり」
「ただいま、ジョニー」

ラビと二人の遠征任務から帰還したその足で室長室へ行き、長旅の疲れで欠伸を噛み殺して廊下をゆったりと歩いているといつもより少し騒がしいことに気付いた。

それもそのはず、いつもは科学班フロアに籠りっきりの彼らが白い白衣をゆらゆらと羽ばたかせながら廊下を足早に進んでいるからだ。偶然すれ違ったジョニーに詳細を尋ねてみれば、それは最近恒例となっている出来事で。

自分が介入することもない、と判断し部屋に戻ることをしないまま図書室に向けていた歩を再開させる。ずっと前から借りたい本があると思い出したから忘れないうちにね。
ところどころすれ違う彼らと挨拶を交わす度に、アイツを見つけたら見つからないとこに匿っとけよ!との要望ももれなく付いてくるから聞き流して微笑んどいた。この広い教団で遭遇する確率なんて低い。

彼女のサボり癖は重度なもので、所属している科学班に過大な迷惑をかけているらしい。まぁそれに便乗し彼女を探すという建前で自分達もサボろうという魂胆があり、室長であるコムイさんの静止を振り切り駆け出して行くみんなの様子が目に浮かぶ。

込み上げてくる笑いを隠すこともせずに笑顔で図書室へ足を踏み入れる、と。


「……名前発見」


見覚えのある後ろ姿が中央の二人掛けソファで頭を一定のリズムで上下させていた。
まさか、
回り込んで俯く顔を覗き見るとあどけない寝顔がそこに映し出される。

…生きてて良かった!!

名前の顔立ちは筋が通り程よい大きさの目、すっとした輪郭で整っていて可愛いより綺麗に傾く。だけど寝顔は天使のように可愛いと噂されてリナリーに引けを取らない人気を誇っている。

そんな彼女の寝顔を見れた幸せで長期任務の疲れも吹き飛んだ。

…こんなこと思っていたなんてラビに知られたら殺される。というか、寝顔を見たという事実だけで半殺しは確実。

本当にありえる地獄絵図を想像して冷や汗が一粒頬を流れて口元が引き攣った。
見つからない為にも早くここを去るのが一番いいのだけど、彼女の格好を見て躊躇してしまう。まだ昼時で図書室は暖房が付いているといっても流石にこのままだと風邪を引きそうだ。それに座っている態勢も首が凝りそう、しかし横にすると起きてしまいそうで。
インテリな彼女達、科学班は昼夜問わず頑張っているから疲労が他より溜まるのは当然のことで、彼女は女性ということもあり余計に疲れが溜まるのだろう。
寝れる時には寝させておきたい、というのが本音だ。

…少しの下心なんて僕に限ってない、と思いたい。

とりあえず、毛布替わりに着ていた団服を脱ぎ彼女の膝に掛ける。
任務後故に薄汚れたコートで悪いと思いつつ、風邪を引かれたら一溜まりもないので(主にラビが)そこは我慢してもらおう。

彼女の寝顔をもう一度見て微笑みながら毛布を取りに図書室を出た。




時間にして数分、十分にも満たない時間。途中で出会った科学班メンバーと図書室へ向かえば、先程まではなかった赤髪が見えた。
ラビの膝枕でぐっすり眠っている名前を起こさないように気配を殺して少し近づくと、ソファの下に団服が落ちているのがわかる。

…任務が終わった後でよかった。
流石に洗濯した服を床に置かれるのは嫌だ。
どうせラビが他の男の服が嫌で自分のジャケットに替えたに違いない。証拠にラビは団服を羽織っておらず、それは彼女の肩に掛けられている。不機嫌さを隠さずに団服を床に落とすラビの姿が想像できる。
性格の悪さというか独占欲丸出しのラビに目を細めて視線を送ると、あることに気が付いた。


団服が落ちているということは、僕が掛けたことは気付かれている。ってことは必然的に僕が彼女の寝顔を見たこともラビには知られているわけで…。

あ、死んだ。
不可抗力だとしても見たものは見た。
事実、癒された。故に殺される。


短い人生だった、と走馬灯のように涙を流しながら現実逃避していると、隣で一緒に眺めていたリーバーさんが肘で突ついてきた。


「なぁ、アイツらって二人きりになるとあんななの?」


あんなと表現された二人を見ると、ぐっすり安心しきった顔ですやすやと可愛らしく眠る名前。そんな名前の顔を見たこともない優しい顔で見つめるラビ。名前の髪を耳に流し頬を撫でる彼の指はひどく繊細で、壊れ物を扱うかのように優しい。
ラビが寝ている彼女に吐息を合わせるのも時間の問題だ。

そんな優しく甘い雰囲気を出すカップルにジョニー達は頬を赤くしてオロオロしていた。


「いつもは喧嘩ばっかりしてんのにな」

そう、彼等は言うなれば喧嘩っプルというやつだ。お互い口を開けば罵詈雑言が飛び交い、それを初めて目にする者は驚きで目が点になる。名前は容姿に似合わず口も足も悪く気が長いほうではない。よくラビの言葉にキレて蹴りを炸裂させているのを見る。
まぁそんな彼女に惚れているラビから言わせれば、怒っている姿も可愛い、ということらしい。
馬鹿で阿呆らし、とリナリーと一緒に足蹴にしたのはつい最近のことだ。


以前リナリーが言っていた。
ラビは中々心を開いてくれなかった、と。当時、まだ入団していなかった僕には他の人から聞くことしか出来ないけど、それでもみんな口を揃えてそう言う。
そしてたぶんそれは現在進行形で、ラビとの心の距離は近づいたり離れたりの曖昧で曖昧で脆い場所に位置するんだと思う。ふとした瞬間にラビが恐ろしいくらい冷めた瞳をしていることに気付いている人は少なくないはずだ。ブックマン故の距離。仕方が無いと言えばそれまでだけど、哀しかった。

だけどそんな僕らを除くただ一人の例外、それが科学班に属する名前だ。

出会いは恐らく僕らと同じ。でも彼女には僕らになかったものがあったから、ラビは名前に惹かれた。ブックマンという枷を壊すくらいに。もう止まることが出来ないくらいに。



「ラビはほんとに名前が好きだよね」
「羨ましいぜ」
「え、名前がですか」

それはちょっと、というかかなり引く。
違ぇよ!!と叫んでいるリーバーさんに冗談ですよ、と返しながらジョニーの言葉に内心頷く。
今回の任務は結構大変だった。次から次へとキリなく出現するアクマを何時間も二人で相手にしたのだ。帰りの列車ではもちろん爆睡、それでも疲労が全て取れるわけがなく、教団に着いた時はその場で寝ようかと意識が半分遠のいたくらいに疲れていた。室長室に向かう僕はそこで別れたのだけど。
恐らくラビはそのまま部屋に戻らず名前に会いに行ったんじゃないかと思う。まぁそれも多分当たりで。任務中にも何度彼女の名前が出たか計り知れないし、ラビの団服がこの場にあることがそれを物語っている。

つまるところ、ラビが大好きな睡眠よりも優先させる存在なんだ、名前は。


ブックマンが何も言わないのは、名前を一緒に連れて行くと決めているからかも…。
なんて思って、考えるのを放棄した。時がくればわかることだし。今は幸せそうな二人を見守っていきたい。


まるで二人の親になった心持ちで微笑ましくみんなで眺めていると、ラビがゆっくり顔を上げてこっちを見てきた。
それに肩を大きく跳ね上げさせながら冷や汗を流す僕ら。
疚しいことは断じてしてない!…と、思う。

するとラビはゆっくりとした動作で、優しく幸せそうな、でも嫌味を込めた何とも言えない顔で、立てた人差し指を口元に持ってきて笑った。
一斉にお口にチャックした僕らの中で顔が赤いのがちらほらと。
今のラビの顔は確かにやばかった。男の僕でもドキッとしたくらいに色気がやばかった。


一気に体感温度が熱くなってみんなして手で扇いでいると、ニンマリと完璧な笑顔で右手の親指を下向きにして下げるラビ。
熱くなった顔が一気に冷たくなる。

あぁ、殺される…。

再び頭の中で走馬灯が駆け出した。
ほんとに彼女は愛されてます。



被害者Aと+α


fin

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