短編

□もう一つのラプンツェル
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ラプンツェルパロ



「……よっと、」


いつもの様に彼等と共に朝食を食べて、いつもの様に塔の上に用意された私の部屋を歌いながら掃除して、いつもの様に床に座りながら本を開く。その本は絵本だったり物語小説だったり内容は気分によって違う。
ちなみに今日の本は海の下の世界のお姫様が地上の王子に恋をして地上に上がる為に自分の美しい声を犠牲にして人間の身体を手に入れ、色んな困難を乗り越えて人間の王子と結ばれる話。
これにはもう一つの終わりがあって、そっちは結ばれず泡になって消えてしまうバッドエンドだ。

まぁこの本も何十回と読んでいるから内容も台詞も頭に入っている。栞を挟む必要もないのでパタン、と本を閉じてから声が聞こえた窓のほうへと顔を向けた。



「相変わらず今日も美しいっすねぇ、お姫サマは」
「相変わらずしつこいですね、旅人サマは」


高さ十五メートルはある窓を登って悠々と入ってきたであろう彼は最近、ニヶ月前くらいからここに侵入するようになった旅人、ラビ。
さして興味もなくてほっといたらいつの間にか常連さんで毎日のように来て、外に出ようと勧誘しにくる。何回も断ってるのにめげずに二ヶ月も、だ。でも、なぜかここ二、三日は来なかったのでそれを問うと、

「毎日ここに来てたからな。押してダメなら引いてみろ作戦を決行してみました!」
「馬鹿じゃないの」
「そう言いつつ会いたかったんじゃねぇの?」
「…誰が、」
「名前が」
「馬鹿じゃないの」


まぁオレが我慢出来なかったんだけど。そんな声が聞こえたけど今時ときめくわけがない。女の子なめんな。


「あなたも結構、暇なのね」
「んー、そうでもないさ」



立ち上がって本棚に本を戻す。
本棚も結構溜まってきたなぁ。この塔から出ることを許されていない私が出来ることといえば、まぁ結構あるんだけど。それでも私自身が楽しめるものは読書しかなくて。そろそろ全部読み飽きたから新しいのを買ってきて貰おうかな。伯爵に頼むのがいいんだと思うけど、あの人のセンスはあまり良くないことを前回知ってしまった。よし、ここはダルそうな彼に頼もう。


一つ頷いて解決すると彼に名前を呼ばれて、無意識に顔を上げればラビが私に向かって何かを投げたのがわかった。落とさない様に慌ててそれを両手に抱えると、パラパラと捲れる紙。


「本…?」
「物語小説で砂漠の国が舞台。貧しい庶民の男が王女に恋して、魔人と一緒に王女を助けて悪を倒しその愛しい王女と結婚する話」


へぇ…。ラビのあらすじに相槌を打ちながら紙を捲る。挿絵も可愛くて面白そうだ。
面白そうだけど、彼の魂胆がわかっているから素直に受け取るようなことはしない。



「どうさ?外の世界に憧れるだろ?」


やっぱりね。
ニヤニヤと笑う顔に本の表紙を叩き込む。これで何冊目だと思ってるのか。前回は少女が時計を持った白兎を追って不思議な世界に迷い込む話。前々回は毒林檎を食べたお姫様が王子様のキスで目を覚ます話。
全部面白そう、読みたいと思うけど。


「外の世界には憧れないわ」


話を楽しむのと外に憧れるのは違う。
痛ぇ、と声を出しながら赤くなった鼻をさすっていたラビの動きが止まった。



「…外に出たいって、思わねぇの?」
「思わないね」
「……なんで」



感情を押し殺した様な声を出すラビに気付きながら無視する。
彼がそんな声を出す理由なんてわからないし、理解してはいけないと思った。だけど、私が口を開かない限りこの状況は続く。それはあまりにも居心地が悪い。
一度深呼吸してから窓に寄り掛かっているラビの隣に移動して座り込む。部屋全体を見渡せば、あまりにも家具が少なくシンプルな部屋で苦笑が落ちた。18年間の全部が詰まっているはずなのに、そこに愛着というものが全くないから。
隣がズルっと私に合わせて座ったのを横目に、自然と落ちる視線を無理矢理上げて天井を見上げた。


「私ね、誘拐されてここにいるの」
「……は、?」
「まだ赤ちゃんのときよ。どこかの国のお姫様だったんだけど、ここの人達に誘拐されて今の歳まで育った」
「……っ、なら!尚更戻りたいって、ここから出たいって思うはずだろ!帰りたくねぇのかよ!」
「どうして?」


感情的に声を上げるラビの口元に人差し指を当てながら、首を傾げる。
わからない。私は普通の人と感覚が違うのかもしれない。だって本当に、わからないのだから。



「仮にここから出て、お姫様に戻るとしよう。でも、彼等は覚えてる?もう十何年も昔に消えた子供のことを。育った私を見て本当の子供だって信じてくれる?」

信じてくれるわけがない。王女さまの振りをした無礼者として追い出されるに決まってる。


「私はね、今ちゃんと存在している居場所にいたいんだ。わざわざ危険で不安定なところに飛び出すなんて、そんな愚かな真似はしたくないの」


ここはちゃんと居場所を与えてくれる。たとえ誘拐された事実があったとしても、ここまで育ててくれたのは彼等だし、実の両親には悪いけどそんな彼等に不満なんてこれっぽっちもないのだ。


「………じゃあ、」
「……?」
「…オレが、外の世界での居場所を作るって言ったら、来てくれるか?」


暫しの沈黙後、膝の間に顔を埋めていたラビは私の左手を右手に絡ませて、そっと伺うように視線を合わせた。
彼は優しすぎる。故に私の冷え切った心までも掬い取って、自分のことのように、私の代わりに悲しんでくれるんだ。救ってくれようとする。
だけど、その優しさに甘えてはいけない。彼に惹かれていない、と言えば嘘になる。でもこれは、一時期の感情で動くには代償が大きすぎた。
そっと、やんわりと彼の手を掴んで離すと、彼の瞳が小さく揺れた気がした。


「ありがとう。でも遠慮するわ」
「……」
「あなたにメリットがないもの」



胸が痛んだ気がしたけど、それに気付かないフリをしてゆっくり立ち上がって、部屋の奥に戻る。そろそろショートカットのお転婆娘が遊びに来る頃だ。ラビにも早めに帰ってもらわないと。


「ラビ、……」
「……メリットならあるさ」


私の声を遮ったラビを振り返れば、さっきまでとは打って変わって力強い目を向ける彼がいた。


「何があっても、お前を守る。居場所なんてもちろんだし、名前が良ければオレの隣もやるさ」
「……でも、」
「名前にいろんな世界を見せてやりたいし、オレも一緒に見たい。それだけじゃダメなんか?」


いつの間にか目の前にいる彼に両手を掬われる。このまま彼の話に乗っていいのだろうか。
外の世界。それは私にとって、憧れの世界ではなかったはず。なのにどうして私は今、こんなにも揺れているのだろう。外が見たいと、ラビと行きたいと思う自分の気持ちに動揺が隠せない。
迷う心を読み取ったように、ラビの手の力が強くなって、ぎゅっと握り締められた。


「……ここから出れば、彼等に一生追いかけ回されるよ」
「スリルがあったほうが燃えるさ」


あのメタボで悪趣味丸眼鏡の伯爵も厄介だけど、短髪お菓子大好き娘なロードも厄介だ。彼女には特に親しくしてもらっていたから。


「……夜道の背後には注意してね」
「…恐いこと言わないでください」
「…ラビが責任取ってくれると言うので、私も腹を括ろうかな」
「…そうと決まれば、早速行きますか!」


ニッと笑ったラビがそう言ったと同時に私の身体が宙に浮く。そして気付いた時には上にあったはずのラビの顔が、私の視線の僅か下にあり、その距離はかなり近い。
腿に回された手、ラビの腕に私の尻が乗る態勢で、なんとも恥ずかしい。てかこの歳になって抱っことか恥ずかしすぎるっ!!


「…ほんとはさ、一緒に旅してるジジイに無理言ってたんさ」
「え?」
「ほんとだったら一ヶ月前にはもうこの地を出てるはずだった。でも名前に出会ったから」


今日がジジイに言われてた期間最終日。

ぐりぐり、と空いている手で私の頭を撫でるラビ。地味に痛い。


「もっと早く名前が来てくれればオレ等も早く出れたんだけどねぇ」
「…そっちの事情を巻き込まないでくれる?」
「はいはい。でもオレの一途さは証明されただろ?」


ドヤ顔で視線を向ける彼の頭を力の限り叩く。馬鹿か。この人は馬鹿なのか。あぁ、馬鹿だった。二ヶ月間もつまらない女を口説く程度に馬鹿でした。

呆れてため息をつくと、彼が部屋の中に戻りはじめた。


「中から外に行くの?下の階、うるさい双子いるけど」
「いや?助走つけんの」

そう言った瞬間窓に向けてダッシュするラビ。
待って、ラビは腰に命綱つけてるからいいけど、私なにもない!ラビに手を離されたら私死ぬ!


「んじゃ、ちゃんと掴まってろさ!」
「………っ!!!!」


今なら人魚姫の気持ちが分かる気がした。それでも導いてくれる人がいなかったら、私は外に出たいなんて思わないけど。


世界が始まる第一歩



fin

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