短編

□あと一秒 生きるために
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後ろには森、目の前には静けさに包まれた住宅街。電灯がパチパチと危うさを保ちながら点滅している。
シーンと静まり返っているこの場所で、私一人は道路に隣接されているベンチに座って夜空を見上げていた。
この世界に来たときに唯一持ってこれた音楽プレーヤーに繋がっているイヤホンを耳につけ、リズムに乗りながら背凭れにだらしなく凭れ掛かり、息を吐き出す。


ラビ達がはしゃいでいるであろうお祭りの光で明るくなっている向こうの空と比べて真上の空は暗く、ところどころ星が見える。星の数を一つ二つと数えながら数分前のことを思い出した。



「今日式典でお祭りやってるみたいさ」

任務が終わり、みんなで一息吐いているときにラビが言い出したのが始まり。
気分転換に、とリナリーもアレンも乗る気だったから断る理由もなく神田とその場を見守っていたら早速会場に行くことになって。行って五分もしないうちに早速迷子になりまして。
きっとみんなバラバラに違いない。
いや、リナリーは神田といるだろうから安心で。アレンも恐らくラビに引きずられてるだろう。
ってことは私だけか、迷子は。

はぁ、とため息を吐き、人酔いってのもあって、静かな方へ…と出てきた先にこのベンチがあったから、今に至る。

あの人集りはすごかった。多分近隣住民みんな参加してるんじゃないかな?その証拠に明かりが付いてる家が一軒も見当たらないのだから。


好きな音楽を流して目を閉じる。
この曲は以前、命を懸ける、なんて概念自体が存在していなかった向こうの世界でよく聴いていた曲だ。ただの女子高校生として過ごしていたあの日々。
こっちに来たばかりの頃はみんなに怒られてたなぁ…。
リナリーにも怒られ、コムイにも怒られ、アレンにも神田にも、挙句ラビには怒鳴られた。

そんなんじゃ死ぬぞ!って。

はいはい、とただ頷くような性格ではなかったから言われる度に、鍛錬で負ける度に反発して。みんなは私を心配して言ってくれてたのに。我ながら幼稚だなぁと今思い出せば恥ずかしすぎる過去。


…いつか、元の世界に戻るのかな。じゃあね、と嬉々として去るにはこの世界で過ごしすぎたような気がする。今日負った傷を覆うように巻かれた腕の包帯。治療してくれたリナリーの悲しそうな苦しそうな、あの顔はもう二度と見たくないな、と思う。

戻れるのか、ここに留まることが出来るのか、はたまたこの戦争で死ぬのか。それこそ神のみぞ知る、って話で。
死ぬのは嫌だなぁ。と苦笑を洩らした瞬間、座っていたベンチから飛び退く。


一秒前にいた場所は煙に包まれてベンチは跡形もなく壊れていた。飛んだ際に手から滑り落ちた音楽プレーヤーは画面が割れてイヤホンのコードも切れて、粉々になってベンチの側に落ちていた。
反応が少しでも遅かったら今頃私の身体中に五芒星が覆っていただろう。

音楽プレーヤーへの未練を振り切って前を見据えながらイノセンスを発動させると、

「……はっ?」


何十体と夥しい数のアクマが私を囲んでいた。この街のアクマは一匹残さず救済したはず。…死ぬ直前に仲間を呼んだってことか。最近のアクマは知能数を格段に上げてきているから否定は出来ない。

これがレベル1のアクマなら私もなんとか出来るのだけど、ところどころレベル2、レベル3がいる。
アクマの攻撃を避けながら住宅街の反対にある森へ導くように逃げる。人の気配はしないけど、万が一を考えて。


「…攻撃されるまでアクマに気付かなかったなんてなぁ」

これを知られたら怒られる。主にラビから。
何故だか、彼は私にだけスパルタなのだ。いつも女の子にデレデレしてるくせに意味がわからないよね。…女としてカウントされてないとか?されても困るけどそれはそれでムカつくな。リナリーのが年下なのに発育がよろしいのは認めるけど。

後ろから聞こえる爆発音に舌打ちをして、振り返る。
ここまでくれば平気でしょ。異常に気付いたみんなが助けに来てくれるように願って、イノセンスである二丁拳銃を構える。

アクマに向けて連射しながら攻撃を避ける。木を影に逃げ込んでも何十体とアクマがいるから死角がない。任務終わりで辛く、疲れていて動きずらいのに、さっき以上の数の敵をその状態で相手に出来るわけが無い。
まぁそれでもやるしかないんだけど。
いくら攻撃しても減らないアクマ。
一発で仕留めれるレベル1を狙って撃って、機敏な動きをする他のアクマの行動を読んで避ける。すると周りの木が次々と私に向かって倒れてくる。なんとか避けてそこから飛び出すと禍々しい光を帯びたアクマの腕が私に向けられていた。

……ヤバッ!

さっと横に転がったのと同時に発射されるそれ。
団服が布切れとして宙に舞う。
…危なかった。
木々の枝で擦り傷が多い顔に流れた汗を拭う。ほっと息をつくのも束の間、背中に激しい衝撃が走って結構な距離を吹き飛ばされた。飛ばされた先に木が見えて受け身を取るも意味がなくそのまま衝突し、ズルズルと木の幹に座り込む。
口の中で血の味がして咳き込んでみると手に広がった赤。それを見て急に怖くなって、動く気力がなくなった。だって元はただの高校生。生きる覚悟も死ぬ覚悟も何もない。なんで私がこんな痛い目をして、こんなことをしないといけないんだ。疲れで身体も動かない。頭を強く打ってフラフラする。痛い。少し休みたい。痛い。泣きたい。痛い。泣きたい。……助けて。
負の感情が頭をぐるぐる回って余計に混乱する。
…これは夢?。そう、きっと夢。夢だと思わなきゃやってられない。だって、死んだらどうなるの。死ぬときって痛くない?辛くない?それを知っていたら楽々と死んでやるのに。

軋む身体に叱咤し血で濡れて開けにくい目蓋を持ち上げる。
このまま何もせずに誘惑に負けて恐怖に勝って、楽になる?でもその先に待っているのは死のみ。そんなの嫌だ。やっぱり怖い。

震える腕で身体を持ち上げて投げ出された銃を拾うと、頭に過ったあのフレーズ。
さっきの、直前まで聴いていたせいか、頭の中でその曲のサビ部分が流れ出した。


あと一秒 生きるために


今の私にピッタリだな、と思った。
あと一秒だけでも、一秒でも多く生きていられるなら、生きたい。
一秒後にはみんなが助けに来てくれるかもしれない。一秒後にアクマが撤退して行くかもしれない。
沢山の可能性にかけて、私はそのときまで生きないといけない。死ぬのは、怖いよ。


「…負けるわけには、いかないんだ」


イノセンスを構えた瞬間に、誰かの声が聞こえた気がした。








「…お前はっ…、ほんと馬鹿さっ!」

「いっ…!」

怒鳴り声で頭の傷に響き、叩かれた衝撃で頭の傷に響き、もう何処が痛いのかわからない。とりあえず、暴力反対。

「アレンが気付かなかったらお前死んでたんだぜ!?」


アレンの呪われた左眼で異常に気付いた二人のお陰で助かった。それは認めよう。でもここまで怒られる意味がわからない。

この場にいないリナリーと神田はまだお祭りを満喫しているに違いない。
リナリーにバレると泣かれちゃうから、今ここにいないのは幸いだ。


「…私、結構がんばったんだけど」

「…まぁ、忍耐力がない名前の割りには凄かったと思いますよ」


包帯を巻いてくれている年下のアレンに頭を撫でられ、なんとも微妙な気持ちになるけどそれは置いといて。


「なんでオレらを呼ばなかったか聞いてんの!」

「だってお祭りにアクマ連れて行くことになるよ?それでいいなら喜んで助けを呼びに行ったし」


目を真っ直ぐ見つめて言うと、うっ…と罰が悪そうに目を逸らすラビ。民間人のことも考慮した私は褒められるべきでしょ。それを片付けて早々怒鳴られるなんてやってられない。

リナリー達を探しに行ってきます、と空気を読んだのかどうなのか去っていくアレンの後ろ姿を見届けていると、ラビが隣に腰を下ろして、大きく溜息を吐いたのがわかった。

…そこまであからさまに呆れなくても。む、っと口を突き出して反対側に顔を向けるとラビが口を開いた。


「……もっとはやく…助けてやれんくて、ごめん」

小さく、耳をすませないと聞こえないくらいほんとに小さい音で紡がれたその言葉に目を見開く。

「…顔も傷だらけだし、見つけた時全身血だらけで、すげぇ焦ったさ」

目を合わせたラビの顔が、私の顔に広がる傷を見て歪められた。

「………悪ぃ」

いつかリナリーに聞いたことがあった。ラビはどうして私にだけあんなに厳しいのか、と。
名前が大切だからよ、なんて返ってきた言葉に納得出来なくて、ラビは私のことが嫌いなのかと思ってた。私も好きじゃなかったし。
でも今思い返せば、鍛錬した後必ず医務室へ連れて行かれて、付き添ってくれていたし、優しかったな、と思う。その時はオレがつけた傷だから、とそっけなく言われたけど。

「…嫌われてるのかと、思ってたよ」

「……はぁ!?」

「私も好きじゃなかったし」

「…………。」

顔を上げて変な声を出したり、肩を落としたりと忙しいラビ。
そんな彼をチラッと見て、また前を見る。

「でも、…ありがとう」

恥ずかしくなってそっぽを見ると不器用に頭を撫でられた。

その行為に顔が熱くなって、心臓が忙しなく動き回っていたのはここだけの話。

さりげなく握られた手はリナリー達が来るまで離されることはなかった。





マクロスF:シェリル・ノーム
「オベリスク」より

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