シリーズ
□この出会いに意味があるのなら
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私を拾った男は変わった人間だった。
「食べないの?」
あの後私が連れてかれた場所はこの男の家だった。しかし家と呼ぶには生活物資が少ない気がするし、床は縄の様な物で埋め尽され、あちらこちらに鉄の塊が陣取っている。そういえば男の服からは油の匂いもしていた。ならばここは男の仕事場なのだろうか?
いや、今はそんな詮索などどうでも良い。とりあえず不本意だが、私はこの男の出した食べ物をいただく事にした。人間に、しかもこの無礼な人間の世話になるのは非常に腹立たしい事だが背に腹は代えられない。生き残れる可能性があるなら私はそれに爪を立ててしがみついてやろうと思った。
そう覚悟していたのだが、
「食べないの、猫まんま?」
この男の出した食べ物はその覚悟を打ち砕く程の有り得ない物だった。
"ネコマンマ"と言って男から出された物は茶色のスープに豆(しかし豆にしてはあまりにも小さく白い粒だった)が入った得体の知れない物だった。匂いで食べれる物か確かめてみたが、何んとも言えない、今までに嗅いだ事のない不思議な匂いだったのでこれが食べられるのかさえ分からなかった。
それでも極限状態だった私は意を決してその"ネコマンマ"なる物を食べてみたが、スープが熱くて舌を火傷するは、塩辛くて逆に喉が渇くはで、とても食べれた物ではなかった。
一体この男は何故私を連れてきたのだろうか?私を殺すつもりで連れてきたのだろうか?
「おかしいな。ジャッポーネの猫はこれを食べるんじゃないのか?」
おかしいのはお前だ。
大体さっきから言ってるジャッポーネとは何だ。
どうやらこの男は私の事を色々と勘違いしているらしい。拾った理由もその勘違いから来ているとしたら全くもって迷惑である。勘違いをするのはそちらの勝手だが、私にまで迷惑をかけないでもらいたい。
しかしだ。今はそんな事を言っている場合ではない。何としても食事にありつかなくてはここに来た事(実際には連れて来られたのだが)さえ無駄になってしまう。
他にまともな物はないかと部屋を見回してみると、棚の上に見た事のある食べ物を見つけた。私はそれに近付こうとヨロヨロとふらつく足を動かした。
「何?何かあっ…あぁ、牛乳?」
すると男は私が求めている物が分かったのか、棚にあった食べ物"ギュウニュウ"を手に取り、皿に注ぎ始めた。
トポトポと注がれる白い液体は記憶の片隅にある母親の乳を彷彿させるが、それとは匂いも味も全く違う。機械的な味で如何にも人間の飲む為の物という気がする。しかし今の私にはそれは待望んだ御馳走であり、命を繋ぐ糧だった。
男が注ぎ終わるのと同時に私はがっつく。
ゴクリ、ゴクリ、と胃に流し込んでいく度にやはり機械的な味がするが、それが今はとても美味しく感じ、満たされていった。
「ジャッポーネの猫なのにアンタは猫まんまじゃなくて牛乳が良かったの?」
そんな私を見て、変な猫とクツクツと満足そうに男は笑った。
だから私はジャッポーネではないし、別にこの"ギュウニュウ"が良かった訳でもない。それに先程も言ったが、お前の方が色々とおかしい。猫の私から見ても何処か他の人間とずれていると思う。
顔を上げて男を見ると、男は笑った顔のまま私を見返した。
「アンタの名前はミケ。三毛猫だからミケね」
そう言うと男はまた満足そうに笑い、私の頭を撫で始めた。その手を振り払う事も出来たが、あんまりも満足そうに笑って撫でるので私は男の好きな様にさせた。
男の言う通り私も少し変わった猫なのかもしれないと撫でられながら私は思った。
【安直な命名】
(ウチはスパナ。よろしくミケ)
けれどそれが一番相応しい名だと思った。