りくえすと

□満月の夜には
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 Xマスの日に皆本主任からもらった薫ちゃん達とおそろいのクローバー型のアンクレットをはめ、窓を開けてご機嫌な曲を歌っていた。
「♪〜」
「今夜も歌ってるんだね。ディーヴァ(歌姫)」
「あ、兵部少佐」
「やだな。京介って呼んでくれよ」
「え〜」
 月が出る夜には、というか毎晩決まって彼があたしの歌を聞きに来る。彼の組織・パンドラのメンバーからは、『月光の歌姫』と呼ばれているらしい。
「じゃあ、あなたも広美って呼んでくださいよ」
「キミが僕と『京介』って呼ぶのと、敬語をやめてくれたらそうしよう」
「いじわる!」
「それはお互いさまだろ?」
「むー…」
「もうお風呂は入ったかい?」
「もちろん。少佐は?」
「入ってきたさ。失礼な」
 ぐりぐりと頭を乱暴になでられ、せっかく乾きかけの髪がぐしゃぐしゃになった。
「今夜は満月だ。どこにいきたい?」
「東京スカイツリーかな。休日にいこうとしても混んでるし」
「オーケー。じゃあ、でかけようか。ディーヴァ」
「あ、ちょっと待って」
 満月の日には、どこかに(国内限定)連れて行ってくれるが、今日はそのことがすっぽり抜け落ちていた。
「なんでだい? 普通の普段着じゃないか」
 普段着にも見えなくもない緩めのパジャマ姿で、しかもハダシだ。
「少佐にはよくても、あたしはヤなの!」
「いいから」
「…はいはい。わかりましたよ」
 このままじゃ押し問答になるし、隣の部屋でくつろいでる翠姉さんとか、入浴中の瑠璃姉さんに気づかれてはマズい。だから、彼の手を借りて一緒に夜空へと駆けた。
「ふわー。やっぱ涼しい」
 思わず片腕で上半身を包むと、スカイツリーまであと数百メートルという所で、あたしの手を放して宙に浮かせた。
「…?」
「ちょっと待ってな」
 学ランの上を脱ぎ、そっと肩にかけてくれた。彼の温もりがそこから伝わってきて、無意識に心臓が高鳴った。
「風邪をひかれたら困るからね」
「それはこっちのセリフです」
「年寄り扱いすんなよ」
「あははっ」
 展望台よりももっと上。文字通りスカイツリーのてっぺんから、夜景を、東京の街並みを見ることができた。
「うわ…! きれい!」
「そうだね」
 隣の東京タワーも、赤々としてキレイだ。
「………」
 しばらく幻想的な景色を見て頭が火照っていても身体は正直で、ひんやりとつま先から冷えてきた。
「そろそろ帰ろうか」
「…うん」
 ふわり、と部屋の中に着地して、別れの時間が来た。
「おやすみ。京介くん」
「っ! …おやすみ、広美」
 学ランを返し、手の甲に優しいキスをして満月をバックに姿を消した。皆本主任以外に心がときめくのは、これが初めてだった。


(また兵部に会ったって!?)
(キミは国宝なんだヨ!? 傷つけられでもしたら――)
(でも、月1のデートか。エエな〜)
(それも満月の日ってのがステキv)
(京介も粋なことするじゃん)
(でしょ?)

 翌日に男性陣と女性陣の意見が分かれることは、日常茶飯事。
 

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