未来のために・続

□40話 決戦
1ページ/4ページ

 京介が急成長した朝の一悶着があってから、所変わってここはバベル本部。
『パンドラは、兵部の消息をかなり掴んでました。隠してはいますが、こっちもプロなんで調べはついてます。エゲレスの古い屋敷。今は空き家で売りに出てます。兵部は最後にここに行き、消えました』
「その所有者が、ブラック・ファントムなのかネ?」
『証拠はないし、所有者の情報も巧妙に操作されてますが、おそらくそうです。で、重要なのは、その続きです。パンドラの潜水艦が、現在エゲレス北海にいます。カタストロフィ号は一緒ではありません』
「目的はなんだネ? 財団の見解は?」
『それは不明です。ただ、ここしばらく目立った活動のなかった、パンドラの突然の行動。なにかが起きたか。あるいは、なにかが起きると予知した…というのが、財団の分析官の意見です』
「それで、我々バベルにどうしろと?」
『情報をいただきたいのです。バベルの予知精度は、世界でも有数です。しかも、あなた方は、兵部京介やパンドラと、すべての鍵を担う佐倉千鳥と深い関わりがある。そちらでもなにか掴んでいるんじゃないかと思いましてね』
「…そういう報告は受けてないヨ。財団の上層部にも、そう伝えてくれたまえ」
『…そうスか。ボスには「そう言ってた」と伝えます。彼女からは「今後も、エスパー人身売買組織撲滅のための国際協力をお願いします」とのことです』
「わかった。今後ともよろしく頼む」
「財団ねぇ。役人の俺たちと違って、便利な立場だな。合法的にも非合法的にも動けてうらやましいぜ」
『財団は、あくまでも世界中のエスパー機関のサポート役さ。エスパーの花形は、あんた達みたいな政府公式の特務エスパーだよ。こういう仕事は、俺のような半端者に任せな』
 回線が切れた直後、局長と柏木さんの頬に一筋の汗が流れ落ちた。
「京介が突然成長。さらに、今朝になって予知課が、これを予知。兵部京介の復活」
「これは戻ってくるな」
「問題は、以前僕が見た予知では、その場に僕とチルドレン。そして、その周辺上空に佐倉がいたこと。予知課の報告した位置情報は、たしかですか?」
「ええ。オフラーンス首都郊外と出てます。レベル7のザ・チルドレンと、現在ホスピスにいる佐倉千鳥は、外交的には空母や大量破壊兵器と同じです。それが、そろって海外に行く許可など、今の情勢から難しいでしょう。なのに、予知で現場にいたってことは…」
「無許可に決まっとる! マズいんだヨ! というわけで、この件は全部抹消する! 完全に隠蔽するんだヨ! 仮に予知が実現したとしても、そんなことは『ありえない』で通す! ありえない以上、誰にも漏らすわけにはいかん!」
「さっきの話では、パンドラも我々とは別に予知したと思われますが、どこまでつかんでるんでしょう」
「潜水艦の位置からみて、場所までは把握していない。と思ってていいでしょうね。兵部が消えたのが、エゲレス。だから、そこに狙いを定めたんだろう」
「あの予知の未来では、僕らは情報を伝えなかったのか?」
「そういや、予知の中に姿はなかったな」
 いろんな意見が飛び交う中、とりあえず先に佐倉を呼ぶことを決断した。数時間後に到着した彼女の瞳は、昔桃太郎をかばった時と同じく、すべてに絶望して生気が全く感じられなかった。
「ひさしぶりだな。佐倉」
「そうね。皆本主任。地下で待ってればいいんでしょ。先に降りとくから」
 儚げな微笑みに、僕は胸に痛みを覚えた。
「…正気か、皆本?」
「いや。どうかな。ただ僕は、自分の心に従うしかないと思う」
「リスクが大きすぎるだろう! 職務として許される範囲を、完全に超えてる。『レベル7の無断海外派遣』なんて。殺人のほうが罪が軽いかもしれんぞ」
「ああ。しかし、僕らが防ごうとして、チルドレンや佐倉を止められると思うか?」
「無理だろうな。そもそも、変動確定値7の予知を覆せるのは、理論上、レベル7のあいつらだけだ。近しいエスパーの危機に反応する薫ちゃんの本能も抑えがたいだろう」
「だから、積極的にチルドレンと佐倉を介入させたほうが、事態を秘密裏に処理しやすいと判断した」
「ま、いいだろ。万一の時は、一緒にクサいメシ食ってやるさ」
「いや。お前をそこまで巻きこむわけには…」
「とっくに巻き込まれてるさ。お前やチルドレン。それと…、千鳥に会った時からな。それに、優等生のお前が危ない橋を渡る気になったってのがおもしれえ。なんか心境の変化でもあったのか?」
「さあ。管理官に毒されたかな」
 コンテナの影からすべてを聞いていた局長から、『研究素材の輸送任務』の命令書を手渡された。京介はエスパーではなく、レアメタルマテリアル。サンプルをオフラーンス研究機関で分析してもらう…というものだった。こんな盲点があったとは、思いもつかなかった。


 数日後、成長した京介と佐倉達を地下研究施設で待機させた。僕と賢木がそこへ行くと、ものの見事に硬直している佐倉がいた。
「佐倉。大丈夫か?」
「へ。あ、はい」
「皆本はん。千鳥、アップルパイ食べへんのや。食欲ないんか? 待機してるうちに食べんと、体力もたへんで?」
「ありがと、葵ちゃん。じゃあ、一切れ」
「佐倉。食べながらでいいから、聞いてくれ。極秘任務を行うことになった。すぐに出動の用意をしてくれ。任務には数日かかるかもしれん。兵部の帰還をサポートする。僕たち全員でだ」
 偽造貨物車の中で、もう一度任務内容を伝える。海外にいけると騒ぐチルドレン達と違って、佐倉はお菓子を黙々と食べていた。パンドラとの待ち合わせ場所に着いても、一人何食わぬ顔で地球の裏側に繋がっているコンテナを開けた。
「ここに入ればいいんでしょ? 真木さん」
「そうです」
 潜航している間に、加納がタブレットに映っている映像をチルドレンたちに見せた。それを見て、薫が涙する。
「行かなきゃ…! 助けが必要なのは、この子だよ」
「消されていたのがこの子の記憶なら、彼女こそがファントム・ドーターである可能性が高い。そして」
「あたし達の同級生。友達だったんだ…!」
「このこと、私たちは知らなかったんでしょうね」
「おそらくな」
「センセイは知ってたのかしら? ばーちゃんと一緒に気づいたけど、私たちや皆本さんには黙ってたとか、ありそうよね」
「そ、それは、記憶がないからわからんが。まー、そういうこともあるかもしれんな」
 記憶を取り戻すために、薫はヒュプノを解くことに専念する。
「あたし達の力の痕跡!? 残留してる力が、彼女を守ってる」
「それがなんで邪魔するの!?」
「わかんないけど、あたし達にとって、この子は守りたい大事な人なんだよ! ファントム・ドーターは、きっと敵なんかじゃない!」
「少佐が戻ってくるのは、そいつのためかな?」
「かもな」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ