Darkness
□03
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「なんか今日、夕方から雨になるらしいじゃん?」
「えっ、そうなの?」
放課後、私は部活のため美術室にいた。 目の前にはキャンバス、私の手には絵筆。油絵の具の香りが私を包むように漂う。
私の右隣に座る鈴香が、背後の窓を振り向いて言った。
「発達した梅雨前線が…みたいな、
なんかそんなので。結構降るらしいよ」
「まぁ、時期が時期だからね」
「みうさぁ、傘とか持ってきてる?」
「折り畳みは一応」
答えながら、私は彼女にならって窓の外に目をやる。
空は一面雲に覆われていたが、まだ雲の色は白く明るい。すぐにでも降り出す、という感じではない。
鈴香はそんな空を見て、だるそうに呟いた。
「雨降ると油絵の具の乾きが悪くてねぇ」
「私達、もう時間ないしね」
現在、受験戦争真っ直中の私に許された、唯一の気晴らしだ。
六月末が期限のコンクールがあり、それに出品して、美術部員としての私の活動は一応終わる。
「随分暗い感じの絵だね」
鈴香が私の絵をのぞき込んで言った。
「ダークだね、ダーク」
「そうかな……」
「だってこの青とか…。ほら、ここの赤なんて、ほとんど血じゃん?」
「……そんなつもりはないんだけどね」
鈴香の言葉と例の夢がリンクして、思わず苦笑する。
精神状態が絵に反映されることはよくあることだ。だとしたらこの絵は私の今の精神状態…あの夢と同じ、私の心から派生した副産物、か。
精神科医がこれを見たら、どんな診断結果を出すのだろうと考えて、少し笑った。
「ちょっと、トイレいってくるね」
そう言って、私は立ち上がる。
鈴香は私の方に振り向き、
「好きなだけ行きなさ〜い!一緒にトイレに連れて行かれるのは勘弁だけど…(笑)」
「うん、同感」
「手はちゃんと洗って拭きなさいよー」
「一応言っておくけど、私、高校生ね?」
脳天気にそんな言葉を交わして、私は歩き出す。さっさと用を足して、また絵に集中しよう…。と思っていたのだが、
「あっ!ねえ、みう」
「えっ?」
背後から声をかけられる。
振り向くと、鈴香は呆れるように微笑み、
「高校生がそんなことしてたらいけないよ〜、みう」
「はい?何のこと…?」
「ほら、みう、ワイシャツに絵の−…」
そこまで言ったところで、鈴香は言葉を止めた。同時に、美術室にいた数人の部員が、手を止めて顔を上げる。
広い美術室に、ピピピと規則的な電子音が響いていた。
携帯電話の着信音だ。
「あ、ごっ、ごめん。私だ」
私は慌ててズボンのポケットから携帯電話を取り出す。ディスプレイを確認すると、そこには…
「みう?どうした?」
「……ごめん、ちょっと外出てるね」
「何かあったの?」
「ちょっと、ね…」
短く答えて、私は足早に美術室を出る。トイレに向かって歩きながら、携帯電話を耳に当て、
「もしもし」
«やっと出たな……、出るの遅せぇ。»
「ごめん、美術室にいたから」
電波に乗って届いた景吾の声は、聞いて嫌とわかるほど不機嫌だった。