キリリク

□イタイ、キズ
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 傷つけた。

気がついた時には、遅かった。



【A side】

雨が降っていた。
お弁当を広げながら乱馬がしかめっ面で窓の外を見る。

「ちっ、やみそうにねえな……」
「傘、持ってきてないのか?」
「持ってきたけどよ。なんだかんだで濡れちまうことが多いんだよな」

呪泉洞での出来事から数ヶ月。
乱馬は少し変わった気がする。
2人でいるときだけは、あたしに対して優しくなった。
周りに人がいると照れちゃうのか……みんなの前ではあんまり変わらないように見えるけど。

「ね、あかねっ!」
「なによ、ゆか?」
「乱馬くんと、何かあった!?」
「べっ、別に何も……ってなんでよ?」
「だって乱馬くん、最近たまにあかねに熱い視線送ってるから」
「えっ、えぇっ!?そっそんなこと……っ」
「あるんだって!あかねも乱馬くん見てる時間長くなったしね。告白でも……」
「ないない、ないってばっ」

あたしをからかうゆかやさゆり。
あたしだって……進展……したい、けどね……。



ガッシャンッ!



聞き慣れたガラス音。

「乱馬ーっ、愛妻弁当ねっ!食べるよろしっ!」
「ぐぇっ!やめろシャンプー!」

雨の中、傘をしたまま窓ガラスを割って教室に入り込むシャンプー。
愛妻弁当とか言いながら……乱馬の首もとにまとわりつく。

「寒い日にはあったかい中華が一番ねっ!」
「俺は弁当が……ぐぅっ!」
「さあさあっ!」

無理やり口に中華を突っ込まれ、苦しむ乱馬の膝にシャンプーが座る。



やだ、やめて……やめてっ!!



ガンッ!

あたしは机を乱馬に投げつけた。

「なにしてんのよ、みっともないっ!」
「おめーはまたっ!状況見ろよっ!俺が悪りぃのかっ!?」
「あんたがはっきりしないからでしょっ!」
「はっきりってなんだよ!?」

「乱馬、こんな凶暴な女やめて私にするよろし。私なら乱馬の補佐もできるね。無差別格闘流も安泰よっ」
「何言うてんのやっ!うちかて乱ちゃんの許嫁やでっ!無差別格闘流はうちが盛り上げたるっ!道場なんてなくても大丈夫やっ!」

「おっおい、おめえら……」


道場なんてなくても……?

プツ、と何かがきれた……。


「そう……そうよね……」
「……あかね?」
「もともと早乙女流は道場なんてないものね……」
「おいあかね、おまえ……」
「わかってるわよ、あたしだって!あたしだって天道流の二代目よっ!」
「!?」

乱馬が唖然とあたしを見る。
けど……止まらない……っ!

「そうね、無差別格闘流に乱馬は不可欠よねっ!けど、だけど……っ!」
「あか……」






「あたしには、必要ないわっ!」






「…………っ!!」

乱馬が凍りついた。
シャンプーも右京も……声が出ないようで……。


「……そっ……そうかよ……」
「……あ……」


しまった、と思った。
でも……。


「あーそうかよっ!おめーの気持ちはわかったっ!出てってやらあっ!」


鞄も持たず。
靴も履き替えず。


女になることも、考えず。


乱馬は窓から飛び出した。

「あ、ら、乱馬……っ」

追いかけようとしたあたしの腕をシャンプーがつかむ。

「あかねに乱馬を追いかける資格、ないね」
「そやな。乱ちゃん怒らせたんやで」
「……っ」

乱馬のあとを追うシャンプーと右京を呆然と見つめた。


「あかね……大丈夫?」
「……違う、違うわ……」
「あかね?」
「あっあたし、帰る!」


乱馬は怒ったわけじゃない。
あたしは乱馬を怒らせたわけじゃない。
乱馬は……。


傷ついた、のよ。


傷つけた。
あたしが。

2人でいるときだけは、すごく優しくなった乱馬を。
きっと乱馬なりに、気持ちを態度に出してくれてたのに。

本当は知ってる。

『やめろよ、小太刀!』
『悪りぃな、うっちゃん』
『いい加減にしろよ、シャンプー!』

いつだって乱馬ははっきりしてた。
ただ……あの3人が諦めなかっただけ……。



鞄をつかんで走った。
乱馬は、出てってやるって言ってた。
なら、荷物まとめに一度帰るはずだわっ!




家の門をくぐろうとして、玄関を出る乱馬に気がついた。
やっぱり……大きな荷物を背負ってる……。


「乱馬っ、あの……っ」
「……」


話しかけたあたしに答えることもなく。
目すら合わせず。
乱馬はあたしの横を通り過ぎようとした。

思わずその乱馬の腕をつかんだ。

「ねえ待って!あたし……っ!」






「……離せよ」





地の底からかと思えるほどの、暗く沈んだ……静かな、声。

身を竦ませたあたしの手を振り払うように……乱馬は、走り去った……。



あたし……何を失ったの……?
無差別格闘流の跡継ぎ?
うちの居候?

一番、大切な……。




乱馬、を……?
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