キリリク

□予行練習!?
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【R side】

 澄みきった青空、とは正に今、目の前に広がっている景色のことだ。

高校時代に毎日通っていたフェンスのある道。
あの頃はフェンスの上から見下ろしていたあかねを、今は真後ろから見ている。

お互いの気持ちははっきりしたものの、いまだに『許婚』のままの俺達。
あかねはまだ短大生だし、俺も格闘家としてはまだまだ独り立ちをしていない。
親父どもは先を急かすけど、お互いにこんな中途半端な状態で結論を出すのは間違っている気がして……。
とにかく!俺が独り立ちするのが先決だな!

「いい天気ねえ」
「おー、外で弁当でも食ったら美味そうだなっ」
「あんたって……」

俺の前を歩くあかねがあきれたような顔で振り返った。
しょうがねーだろ、卒業してから『弁当を食う』なんてことがほとんどなくなっちまったんだからよ。
うまかったよなー、かすみさんの弁当。

俺とあかねの卒業を待っていたかのように東風先生の元へ嫁いでいったかすみさん。
今じゃうちの食事はおふくろの手にかかっている。
ま、あかねもたまになら上手く作れることがあるけどな。

「コーちゃん、日光浴でもしてるかしら?」

コーちゃん、とはかすみさんと東風先生の一人息子。
優しい風がそよぐ春の日に生まれたから、光風と名付けられた。
もう8ヶ月くらいになるか?
天気のいい日は庭で日光浴をするのが日課なんだ、と親ばかのごとくヘラヘラした東風先生が言ってた。

「あら?閉まってる……」
「へ?出かけてんのか?」
「貼り紙があるわ。臨時休業ですって」
「かすみさんから聞いてないのか?」
「うん……どうしたのかしら?」

散歩をかねて遊びに来たんだけどな。
いないなら仕方ないか。

「あ!待って!コーちゃんの声じゃない?」
「……あ、ほんとだ。じゃあかすみさんはいるんじゃねえの?」
「そうね、裏から行ってみようか」

裏口に回ると、コーの声が大きくなった。
なんだ?泣いてるのか?

「お姉ちゃん?いるの?」

裏口のドアノブを回すと、抵抗なくカチャリと開く。
家の中を覗きこんだあかねはしばらくきょろきょろとしていたけど、その顔がホッとしたように緩んだ。

「お姉ちゃん!よかった、いないのかと思っちゃった」
「ごめんなさいね、ちょっと動きが取れなくなっちゃって……」
「おっお姉ちゃん!?真っ青じゃないっ!」

あかねのセリフにかすみさんを覗き込むと、確かに真っ青な顔で虚ろな目をしている。

「ただの風邪だと思うんだけど……少し悪化しちゃったかしら?」
「少しって……ダメよ、寝てなきゃっ。あたし、布団引くわ!」
「でも、コーちゃんがいるから休んでなんか……」
「しっかり治さなきゃ長引いちゃうわよっ。コーちゃんはあたし達が見てるから、少しでも休んでよ、ね?」
「そうね……じゃあ、お願いしようかしら?」

かすみさんの背を支えるように、あかねが奥の部屋へと行く。
俺はどうしたもんかと思いながらも、まさか付いていくわけにもいかずに立ちつくしていた。
と、そこへ二人の話し声が聞こえてきた。

「ちゃんと食べた?お薬は?」
「食欲がなくて……お薬はあるんだけど、何も食べずに飲んじゃだめでしょう?」
「じゃあ、まかせて!あたし、お粥作るわ!」
「え……っ!?」

やばいっ!
あかねにお粥なんて作らせたら、かすみさんの具合が余計に悪くなるっ!

「あ、あかねっ!お粥は俺が作るから、おめーはかすみさんとコーの相手してろっ!」

思わず叫ぶと、あかねがぷりぷりした顔で出てきた。

「なによっ、あたしが作るとまずいとでも言うわけ!?」
「いっ、いや、その……」
「なによっ!?」

同居してから3年、あかねの性格は知り尽くしてる……つもりだ。
ここで『まずい』なんて言ったら、ムキになって絶対にやるって言い出しかねない。
さあ、どうするか……。

「あたしだっておばさまにお料理習ってるんですからねっ!」
「いやっ、かすみさんの看病を男の俺がするわけにもいかねえだろ?」
「寝てるんだから何もすることないわよ」
「わっ、わかってるよ!でもほら、コーの相手は俺、無理だし!」
「何言ってるのよ、いつも遊んでるじゃない」
「そりゃ東風先生と一緒にいるときじゃねーか。俺ひとりじゃ無理!」
「大丈夫よ。もう大きくなってきてるんだから」

あああああもう!どうしたら納得するんだこいつ!?

「それに、いつかは乱馬だって子供できるかもしれないんだから、練習だと思って……」
「それならおめーが先だろっ!俺が出来なくたっておめーが出来ればそれでいいじゃねえかっ」
「え…………」
「なっ、なんだよ?」
「え、うっううんっ。うん、わかったわ。じゃあお粥、お願いね?」
「お?おう……」

なんだ?なんで急に納得したんだ?
……ま、いっか。

さて、お粥作らなきゃな……。
俺は考えながらも台所へと足を運んだ。





【A side】

高校を卒業してからしばらくたつ。
お互いに気持ちがはっきりしたとはいえ、乱馬から結婚や子供の話が出たことはなかった。
そりゃ、あたしはまだ学生だから……できれば卒業してからの方がいいんだろうけど……。
乱馬が格闘家として力をつけてきて、独り立ちする日も近いように思う。
だからとりあえず、まずはあたしがちゃんと卒業しなきゃ!うん!

なんて思っていたんだけど……。

『俺が出来なくたっておめーが出来ればそれでいいじゃねえかっ』

あれって……その、あたしが産む、ってことよね?
あたしが、乱馬の子供を……。
……乱馬ってば、もうっ。
知らず知らず、顔がにやけていくのを必死に堪えた。

「あーー?」
「あ、コーちゃん!ここまで這って来たの?すごいじゃない!」

隣の部屋からずりずりと這って来たコーちゃんを抱き上げた。
前に会った時にはまだやっとうつ伏せの状態できょろきょろと周りを見渡せるだけだったのに。
子供の成長ってすごいのね!

ぐったりと横になるお姉ちゃんの邪魔をしちゃいけない、と部屋を移動した。
台所からカタカタと音がする。

「コーちゃん、お母さん寝てるから、ちょっとだけここで待ってようね?」
「んーー……あうっ!」
「いいお返事ねっ」

無邪気な顔に思わず笑ってしまう。
あたしも……そのうち、いつかは……。

「あうー……んっ」
「ん?コーちゃん?」

突然、真っ赤な顔で空一点を見つめ始めたコーちゃんに話しかけた。

「どうしたの?」
「んっ……」

次の瞬間、低い音が鳴り響いた。

「えっ!?」
「ん……ふー」
「なっ、なにその落ち着いちゃった顔?コーちゃん?」

すっきりとした顔であたしを見上げ、必死に何かを訴えている……ような気がする。
どうしたの?今の音は何?

…………あ。
ちょ……なっなんか臭う……!?

「きゃーっ!」
「あかね!?どうした!?」
「乱馬ぁっ……」

あたしの叫び声を聞いた乱馬が部屋に飛び込んできた。

「どっ、どうしたんだよ!?」
「こっ、コーちゃんが……」
「コー!?…………げっ」

気が付いたらしい乱馬がため息をついて言った。

「とりあえずオムツか?どこに……って!火、点けっぱなしだ!おかね!コーは任せたぞ!」
「あっ!ちょっと!……もうっ。オムツオムツ……」

逃げた乱馬よりもまずはコーちゃんのオムツ換えだわ!

なんとかオムツとお尻拭きを探し出し、オムツの袋に書いてあった付け方を見ながら四苦八苦してオムツを換えて。
ほっと一息ついたのもつかの間、今度は激しく泣き始めたコーちゃん。
今度は何よーーーっ!?

「あ……お腹空いてるのかしら!?」

そうよ!
出すもの出したんだから、お腹空くわよね?
ミルク作らなきゃ!きっと台所にあるはずよ!

「あかね?どうした?」
「コーちゃんがお腹空いてるみたいなの。ミルクを作ろうと思って」
「……あかねが?」
「……ちょっと、どういう意味よ?」

ぎくり、とした乱馬。
3年以上の同居でだいぶ乱馬の顔色をうかがえるようになった。
どちらかというと乱馬があたしの顔色をうかがってる気もするけど。

「いやっ、その……お粥、出来たからさ。かすみさんは自分じゃ食べられないだろうし、あかねに頼もうと思ってたんだけど……」
「ああ、そういうこと。でも乱馬、ミルクなんて作れるの?」
「そこにあったのをチラッと見たけど、ちゃんと作り方書いてあったぜ。なんとかなるさ。棚に哺乳瓶もあったしな」
「ふーん?じゃあお願いするわ。あたし、お姉ちゃんにお粥持って行くから」
「おー、そうしてくれ」

ほんとに大丈夫かしら?
でも乱馬がお姉ちゃんにお粥を食べさせるのも……。
ああもう、なんだか心配だわっ。





お姉ちゃんにお粥を食べさせて薬を飲ませた。
薬が効いて寝始めたお姉ちゃんを見届けてから、あたしは乱馬とコーちゃんがいるであろう部屋へと向かう。
さっきから声が全然聞こえないんだけど……なにしてるのかしら?

「乱……」
「しーっ!」

立ってユラユラと揺れてる乱馬の腕の中には……ぐっすりと眠っているコーちゃん。

「寝ちゃったの?」
「おー。ミルク飲んでひとしきり遊んでやったら寝たよ。ただ、なあ……」
「どうしたの?」

困ったような、それでいて嬉しそうな顔でこちらを振り向く乱馬。

どきり、とした。

子供を抱いてあやしている姿に。
まるで……そう、父親のようで……。

「こいつ、おろすと起きて泣くんだよ。抱っこしてても俺が座ったら泣くし。こうやって抱いたままで立ってるのがいいみたいだな」
「へえ?」
「ったく、しょうがねー奴だよなー」

口で悪態つきながらも、小さなコーちゃんを優しく包むように抱っこしている。
……あたしが乱馬の子供を産んだら……毎日、こんな風景を見られるのかしら……?

「どうした?」
「……えっ!?な、なにが?」
「なにって、ボーっとしてるからさ」
「そっそう!?そんなことないわよ!?あっ、コーちゃん、ぐっすり眠ってるなら布団に寝かせても大丈夫じゃない?」
「そういうもんか?」
「やってみなさいよ、ほら」

コーちゃん用のお昼寝布団。
ぎこちないながらも、ゆっくりとコーちゃんを寝かせた。

「ん……っんぅ……」
「お……?」
「……すーー……」

少しむずむずしたあとで寝入ったコーちゃんを見て、乱馬が息をついた。

「あー肩こった!」
「だらしないわね、鍛えてるんじゃないの?」
「使う筋肉が違うんだろうな。子供が出来たら毎日こうなのか?東風先生もかすみさんも、すげーなあ」
「乱馬だって、子供が出来たらこうなるのよ?」
「そっか、じゃあもっと鍛えられるかもしんねえな」
「もうっ、そればっかりねっ」
「ま、ひとりで育てるわけじゃないしな。あかねも頑張れよー。俺が苦労しちまう」
「え!?う、うん……」

なっ何いまの!?え!?!?
あの……どういう意味!?

「かすみさん、どうだ?」
「……あ、うん。ちゃんと食べたよ。薬飲んで寝てる。乱馬ってお粥作れるのね」
「そりゃ俺や親父が風邪引いたときに作るからな。おふくろ、いなかったし」
「ふーん」

少しだけ、悪戯心。

「じゃあ……将来、子供が風邪引いたら……乱馬がお粥、作ってね?」
「おうっ、任せとけっ」
「っ!!」

ほ、ほんとに!?
ええっ!?
乱馬ってば……無意識?無意識でこんな返事してるの!?

だったら。
だったら……きっと、本心よね?

「そういや東風先生ってどこ行ったんだ?」
「……え!?あ、東風先生ね。さっきお姉ちゃんが言ってたんだけど、仲間内での会合に行ったみたいなのよ。夕方には帰ってくるって」
「じゃあ、もうすぐ帰ってくるな」

ホッとした顔で乱馬が笑う。
あたしも笑った。

ただオムツを換えてミルクを飲ませて寝かせただけなのに、なんだかすごく達成感があった。
子供の相手って大変だけど……いつの日か、あたしもこんな生活が出来たらいいな……。

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