キリリク
□2人の関係
1ページ/2ページ
【A side】
「ん……っと、よしっ」
黒板を消して自席に戻る。
ひな子先生の英語の授業からずっと寝ている乱馬を横目に、あたしはため息をつきながら席に着いた。
「いくら英語と数学が続くからって、休み時間まで寝てるなんて珍しいわね」
ぽつりと呟いたセリフに乱馬の悪友たちが反応した。
「乱馬、寝不足だって言ってたぜ」
「え?どうして?」
「……なんだ、違うのか……」
「え?え??」
「あかね、ダイスケは乱馬くんが寝不足ならあかねも寝不足だと思ってたのよ」
「なんであたしと乱馬が一緒に寝不足にならなきゃいけないのよ?」
「……あかね、本気?」
「なにが?」
わけがわからずハテナマークを飛ばすあたし。
だって、どうして乱馬の寝不足とあたしが関係あるのよ?
乱馬と一緒に寝てるわけじゃあるまいし……。
……ん?????
って!!
「なっ、そんなわけないじゃないっ!!」
「……今頃気がついたのね、あかね……」
「だって!だってそんな、あたしたち別に何もっ!」
「わかったってば。さっきのダイスケの言葉の意味がすぐにわからない時点で何もないってのは丸わかりだから」
「……っ」
…………っもう!
あたしだって好きでこんな状態になってるわけじゃないわよっ。
乱馬がその気なら……乱馬がちゃんとしてくれれば、あたしだって……。
「……あたしのせいじゃないもん」
「なにが?」
「だから乱馬が……って、え!?」
「俺がなんだよ?」
あ、あれっ!?
いつの間にかチャイムが鳴っていたみたい……さっきまで乱馬の机の周辺にいたみんながいなくて、乱馬が寝ぼけた顔であたしを見ていた。
「おい、あかね」
「ななっなんでもないわよっ!起きてちゃんと数学の授業、受けなさいよ!」
「あー……無理。寝る」
「あんたねえ……」
卒業できなくても知らないわよ!?
「あ、あかね」
「なによ?」
「コレ、どした?」
「っ!?」
乱馬の大きな手が、あたしの手にふわりと重なった。
「な、なななななななっ!?」
「傷」
「なにっ、え、傷?」
男のくせにすらりとした指があたしの手の甲をそっと撫でる……。
その動きに破裂しそうなほどの心臓を、必死に押さえた。
落ち着いて落ち着いて、と自分に言い聞かせ、乱馬の言う“傷”を探した。
「……あ、コレのこと?」
「ああ。昨日の夜はなかったよな?」
「うん、乱馬があたしの部屋を出た後でやっちゃったのよ。裁縫してるうちに、ね」
「裁縫だあ?不器用なくせに何やってんだよ?」
「……あんた、殴られたいの?」
「……違う」
乱馬のどてら、一箇所だけ解れてたんだもん……。
まっ、まあ……結局どうにもならなくておばさまに任せちゃったんだけど……。
「これ塗っとけ」
「え?これなあに?」
「傷薬だよ。よく効くからな」
「え、こんなちっちゃい傷に?いいわよ、もったいない」
「傷が残ったらどうすんだよ?いいから塗っとけ」
「……そうね、ただでさえ不器用で凶暴だから、傷なんて残ったらお嫁に行けなくなっちゃうもんね」
不器用って言われたこと、許したわけじゃないんだからね!
なんてことを思いながら……でも、ちょっとイヤミになっちゃったかしら?
「……ないってこたぁないだろ……」
「え?」
「なんでもねえよ」
ふい、と向こうを向いて寝に入った乱馬。
心なしか耳が赤いような……ま、気のせいよね。
もらった傷薬を塗って授業に集中する。
けど、数学の授業中、乱馬はずっと寝ていた。
わかってはいたけど……本当に留年でもしたらどうするつもりかしら?
そのくせお昼ご飯の時間にはシャキッと起きるんだから、乱馬の身体って本当に不思議だわ。
ほら、もうお昼食べ終えてグランドへ向かっちゃった。
「男子って元気ねえ」
「その筆頭があかねの許婚なんだけどね」
「脳みそ筋肉だから。少しは授業聞けばいいのに……」
ため息をついたあたしの前で、ゆかとさゆりがクスクスと笑う。
「あ、さっき乱馬くんが言ってたの、それ?」
「え?ああ、傷ね。針を刺しちゃっただけなんだけど、大げさよねえ」
「大げさより何より、そんなちっちゃい傷によく気がついたわね?しかも昨日の夜まではなかった、って!」
そうだ、さゆりはあたしの後ろの席。
会話まで全部聞こえていたのね……。
「別に……宿題を写しに来てただけよ。自分でやればいいのに」
「きっとわざとやらないのよっ、そうすればあかねと一緒にいられるものっ」
「そうそう、あかねってば愛されちゃってるんだから」
「……」
「だってあたし達、あかねの傷なんか気が付かなかったわよ。別に痛がってもいないし、動かないわけでもないし」
「そりゃ、別に大して痛くないから」
「でも乱馬くんは心配しちゃったわけよね?乱馬くん、あかねに甘いんだから」
「……そうかしら……」
そんなわけないと思うんだけどな……。
甘えることが出来るような雰囲気じゃないもの。
どっちかっていうと、ケンカ売られることのほうが多い気がするわ。
ゆかやさゆりは事あるごとに、乱馬があたしを想ってるとか大事にしてるとか言うけど……。
あたしは乱馬がそう考えてるとは思えない。
好かれてるとか愛されてるとか、感じたことがないから。
……ああ、唯一あの時だけ。
あの呪泉洞のとき、だけ……。
“好きだって言わせてくれよ!”
聞こえた、と思ったのに……否定されちゃったのよね。
言ってねえ!って。
……乱馬のばか。
そんなことを考えながら午後の授業を受ける。
ぼんやりして全然頭の中に入ってこない……乱馬のばか。
「うわっ、なにこれ?」
「え?……あ」
あたしのノートを見て驚きの声を上げたさゆり。
あたしはノートを見返してはじめて気が付いた。
“乱馬のばか乱馬のばか乱馬のばか乱馬のばか乱馬のばか乱馬のばか……”
ちょっと、ねえ……あたしって、陰険じゃ……?
「あかね……とっ、とにかく帰ろうか!乱馬くん、陸上部の助っ人なんでしょ?ケーキでも食べてこ!」
「そっ、そうね……うん、わかった行くわ!」
こうなったら甘いものでも食べてこのモヤモヤ、吹き飛ばしてやるんだから!
意気揚々とさゆりやゆかとグランド横を通り過ぎる。
……と、そのときだった。
「危ねえっ!」
切羽詰った乱馬の声……と同時にあたしの身体が後ろへグイ!と引っ張られた。
瞬間、目の前を丸いものが通り過ぎ、右手首に痛みが走る。
「あかね!すまん、遅れた!」
「は?え!?……痛……っ」
「どこやった!?手首か!?」
あたしを後ろへ引っ張った張本人、乱馬があたしの手首を持ち上げる。
鈍い痛みが手首から全身に走った。
「なに!?え……これ、円盤!?」
目の前に落ちているのは陸上部が円盤投げに使っていたもの……。
乱馬が後ろに引っ張ってくれたおかげで身体に当たるのは免れたものの、手首に掠ってしまったみたい。
「……痛いか?」
「そうね……こうするとちょっと痛みがひどいわ。こっちだと少し楽かな」
「折れてはいないみたいだな……とにかく、東風先生んとこ行くぞっ」
「え、乱馬、助っ人は?」
「そんなもん俺がいなくたってどうにかなるだろ。ほら、行くぞ」
「え、きゃあっ!」
ひょい、と軽々と抱えられるあたし。
そのままいつものように屋根伝いに東風先生のもとへと走った。
でもあたし、忘れていた。
あの場にさゆりとゆかを残してきてしまったことを。
“……乱馬くん、あたしたち見えてた?”
“見えてない見えてない。あかね、やっぱり愛されてるわあ。”
1週間のギプス生活。
朝晩に湿布を張り直す。
痛みが引けば治療終了。
それが東風先生の診察結果だった。
少し多めに湿布を出してもらって再び乱馬に抱えられて帰宅した。
お父さんは心配で取り乱したけど、乱馬に何かを耳打ちされて大人しくなった……。
……乱馬、なにを言ったのかしら?
そして、その日の夜。
トントン、というノック音と同時に部屋のドアが開き、乱馬が顔を覗かせる。
「あかね、宿題!……って、なにやってんだ、おめーは?」
「見ればわかるでしょ、包帯を巻いてるのよ」
「包帯って……どっちかってーと漫画に出てくる骨付き肉……」
「なにか言った!?」
なにが骨付き肉よっ。
あたしだって頑張ってるんだから!
「あーあ、貸せよ」
「自分でやるわよっ」
「早く終わらせねえと、宿題写せないだろうが」
「……それは自分でやりなさいよ……」
もうっ、とため息をつく。
けど……正直、ここまで巻いちゃうと腕が重くてしょうがないのも事実で。
かといって乱馬に頼むのは気が引ける……というか、悔しいのよっ!
「無理すんなって」
「……」
「ほら、手」
ベッドに座り、乱馬に言われるがままに手を出した。
痛みがあるのをわかっているからか、乱馬の触り方が……優しい……。
少しくすぐったい気持ちになりながら、乱馬に身を寄せてみた。
……あったかい……。
「ん……?」
「あ、悪りぃ、起こしたか?」
「……?」
ぼんやりする頭を持ち上げ、部屋を見渡した。
……え?頭を……持ち上げた?
「え!?」
頭の下にあるのは……乱馬の、太もも……!?
え、あれ!?あたし、もしかして!?
「あ、あたし、寝てた?」
「おーっ、重かったぜ」
「ご、ごめん……」
慌てて体を持ち上げた。
……あ、手首、キレイになってる。
「ありがと……」
「しょーがねえからな。明日から俺がやってやるよ」
「う……」
なっ、なんか悔しいわっ!
悔しいけど……やっぱり手当てに関しては上手い、と思う……。
時計を見ると既に日が変わっている。
ってことはあたし、2時間以上も寝ていたってこと!?
「じゃ、おれ寝るわ」
「え!?」
「おやすみー」
「お、おやすみ……」
パタンとドアを閉めて出て行く乱馬の背中を見る……。
……宿題写しに来たんじゃなかったの……?
まあ、あたしもこの手じゃノートなんて書けないから、全然手をつけてないんだけど。
もしかして……手当てしに来てくれたのかしら……?
……まさか、ね……!?