企画

□眠れない夜
1ページ/2ページ


【R side】



 仮祝言の時には、まだわからなかったんだ……――




呪泉洞でのあの瞬間、一瞬で元の大きさに戻ったあかねを抱きとめた。
目を瞑っているのには気が付いている、それでも一縷の望みに賭けたかった。

――……あかねは無事に還ってくる……――

必死に名前を呼んだ。
何度も何度も、あかねが目を覚ますまではと……。

「……あかね……」

でも、あかねは目を開かない。
気が付くとおれは、腕の中で冷たく横たわるあかねを見つめていた。
愛しい名を何度叫んだか分からない、でももう……叫ぶことは、できなかった……。



……結局、あかねは目を覚ましたんだ。
ちゃんと言葉を発することも出来たし、ぬくもりもあった。

なのに。

おれはあれから寝られなくなった。
あのときの夢を見るから。
鮮明に、そして……。

結末は、あかねが目を覚まさない未来へと続く……。




「……っちくしょう……っ」

ああ、またあの夢だ……。
汗だくになる感触にはいつまでたっても慣れることはない。
おかしいよな?鍛錬中はいつだって汗だくなのによ。

毎日のように寝られない夜を過ごしたのは、あの呪泉洞の件から半年ほど。
いつものような日常が戻ってきて、あかねと過ごす時間も少しずつ増えてきて……あまり見ることもなくなった。

……なのに、最近になってあの夢が再びおれを襲うようになった。

理由はわかってる。
あかねと過ごす時間が減ってきたからだ。

あれから少しずつあかねと過ごす時間が増えたとはいえ、おれたちはちゃんと恋人同士になったわけじゃなかった。
想い合ってる、とは信じたいけど……一度もそんな話をしたことはなかったから。
それでも着実にあかねとの距離は縮まってきている、と思っていた……。

そんなあかねがおれと距離を置くようになったのは、これまた最近のことだ。
別におれは何もしちゃいない、ただ……。


『……はっきり、してよ……』


はっきりしてる、ようには見えないのか?
泣きながら呟くあかねにそう聞きたかった。
だけど、聞けなかった……。

ここ数日、追いかけてくる3人娘から逃げ回っている自分自身に気が付いていたから。
どれだけ言ってもあいつらは聞きゃしない、だからただ逃げていただけだから。



おれは、はっきりしなきゃいけない。
じゃなきゃいつまでも悪夢にうなされる夜からは開放されない。
それに……。



あかねの泣き顔なんか、もう見たくないんだ……。



悪夢にうなされた心を沈めるため、おれは道場へと向かった。
神棚の前に座り、ゆっくりと目を閉じる。


明日になればきっとまた3人娘がここへ来るだろう。
3人揃って同じ紙をおれに書かせようとするだろう。

そのときこそ、ちゃんと伝えよう。
あの3人にも、あかねにも。
すべては、明日…………。


……おれの、18歳の誕生日に……。





【A side】


 自分に自信なんて、一度も持ったことがなかった……――


明日は乱馬の18歳の誕生日。
ここ最近、3人娘の追撃が激しいのも頷ける。
毎日のように朝も晩も乱馬を追いかけてばかり……。

『あかね!先に帰ってろ!』

そう言って逃げようとした乱馬の腕を思わず掴んだ。

また逃げるの?
なぜちゃんと言わないの?
あの3人と結婚するつもりなんて……ないんじゃ、ないの……?

聞きたいことも言いたいことも沢山あった。
だけど……。

『……はっきり、してよ……』

それしか言えなかった……。
だってもう乱馬の心がわからないから。

あの3人が来るのは毎日のこと。
あたしひとり、置いていかれるのも……毎日のこと……。

呪泉洞での一件以来、乱馬との距離が少しずつ縮まっていってる気がしていた。
だからいつかは乱馬と……って、あたしは勝手に思っていたの。

なのにあたしはいつも置いてきぼり。
それでも登下校はあたしと一緒にいようとしてくれてる気がして、家ではあたしの部屋に来る回数も増えた気がして……。
ずっと待っていた、乱馬が決定的な一言をくれるのを。
自分から言える自信はなかった……。

『……悪い、あとでな』

結局そう言って逃げてしまった乱馬。
乱馬は一体なにから逃げているの?
3人娘から?それとも……。

あたし、から……?






「……って、待って!………………あ……」

いつもの夢……。
ベッドでため息をつくのも、ここ最近の習慣になりつつある。

呪泉洞の一件のあと、より一層激しくなった3人娘。
だからなのか、あたしは度々悪夢に悩まされることがあった。

うちを出て行く乱馬、その隣には……あの3人の、誰か……。
あたしが泣いてもすがっても、乱馬は振り返ることなく遠ざかっていく。
そして、二度と戻っては来ない……。



乱馬の18歳の誕生日が明日に迫る。

ここ数日はあの3人が競うように同じ紙を乱馬に押し付けに来ていた。
もちろん乱馬は逃げている、けど……。

明日はきっと、朝一番から女の戦いが始まるんだろう。
あたしはその戦いに参加するつもりなんてない。
だって決めるのは乱馬だから。
たとえ戦ってあの3人に勝ったとしても、乱馬があたしを想ってくれないんじゃ意味がない。

あたしは……乱馬の体を欲してるわけじゃない。
シャンプーみたいに“気持ちは後から付いてくる”なんて考えられない。
気持ちごと、心ごと……乱馬の全てが、欲しい……。


ゆっくりと床に足を付いた。
絨毯だからそんなに冷たくはないけど、きっと道場ならヒヤリとした空気が張り詰めているだろう。

少し、頭を冷やさなきゃ……。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ