GIFT

□悲劇の男
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 そうしてまた、彼女に想いを寄せる男がひとり、遠ざかっていく……。


その男は乱馬と向かい合いながら、自分はどうしてこんな事態に陥っているのだろう、と考えていた。

たしか今日の昼休み、自分はこの目の前にいる早乙女乱馬の娘に告白をしたはずだ。
その告白は決して戦いを挑む旨の話ではなく、ただ普通の、本来なら胸をときめかせるような愛の告白、だったはずだった。

彼女は文武両道、高嶺の花。
彼氏という存在はいままでにない。
自分も当然断られるだろう、だったら言わずに後悔するよりも言って後悔した方がいい。
そう思ってしたはずの告白。
けれど彼女の返事は男の予想をある意味で裏切った。

”あなたは空手家としてどこまで上り詰めたいの?”

男は戸惑った。
彼女は、知らぬものなどいないほどの格闘家・早乙女乱馬の娘だ。
ここで情けないことを言っては男が廃るというもの。

“いつか蒼依さんのお父さんに追いつき、そして追い抜いてみせる”

男はそう答えた。
もしここで『お父さんを目指す』と言ったのなら、おそらく蒼依はその場で丁重に申し出をお断りしていただろう。
しかし『追い抜く』という言葉に反応した蒼依は、再び予想外のセリフを放った。

“放課後、うちに来て?一緒に稽古しましょう”

男は歓喜の叫びを上げた。
彼女が【一緒に稽古をする】ということは、一般的な女子高生の【デートする】に値すると思ったのだ。
すなわち、彼女は自分と付き合うことを承諾した、そう捉えたのだった。




もう一度、男は考えた。
自分は確かに彼女の誘いに乗ってこの天道道場へとやってきた。
彼女とデート、もとい、2人きりの稽古をするために。

そして今度は予想通り、彼女と汗を流して組み合った。
小さな頃から空手一筋でやってきた男にとって、彼女との組み手は最上級の幸せだった。
多少、手加減をされているような、そんな違和感はあったものの、それは気のせいだと思い込んでいた。
ところが……。

ちょっと待っててね、と一言残して去った彼女が戻ってきたとき、その後ろには彼女の父親がいたのだ……。




「で?こいつが蒼依のなんだって?」
「彼氏候補」

さくっとした彼女の答えに、男はくらりとした。
彼女は自分と付き合うことを承諾したのではなかったのか?
候補?なんだそれは?
もしや……。

「ったく、何人目だよ?」
「さあ?」
「あのなあ……」

何人目!?
ここに足を踏み入れたのは自分だけではない!?
これはやはり……テスト、か!?

「しょうがねえな……おい、お前」
「え!?あ、は、はいっ!」
「空手やってるんだってな?」
「はいっ!3歳で空手の道に足を踏み入れ、先日の全国大会では……」
「ああ、んなもんどうでもいい」
「え……」

全国大会での成績を披露しようと意気込んだ瞬間の乱馬のセリフに、思わず項垂れそうになった。
しかし、ひらひらと面倒くさそうに手を振る乱馬から、男は必死に目を逸らさぬように耐えていた。
なぜなら蒼依と話しているときとは違い、自分に向けられる乱馬の目はまるで野獣のように鋭い光を放っていたからだ。

「空手だけの成績なんざ聞いたって、無差別格闘流には関係ねえ。問題は格闘センスがあるかないか、だ」
「は、はい……」

鋭い眼光から目を逸らした瞬間が【負け】だ、と思う男は、すでに乱馬と蒼依のペースに巻き込まれていることには気が付いていない。

「蒼依と組み合ったんだって?じゃあもう準備万端だな」
「はっ、はいっ!!!!」

もはや逃げられない状況の中、男は乱馬に挑んでいった……。












「お父さん、どう?」
「見ての通り」
「……そうね」

道場のど真ん中に横たわる男を眺め、蒼依はため息をついた。

「やっぱりダメかあ……」
「お前な、やっぱりって言うなら連れて来るなよ。せめてお前が見定めてなんとかしとけっ」
「だーって、格闘センスの有り無しなんてお父さんじゃなきゃちゃんとわからないじゃない?」
「……」

そりゃそうだ、と無言で納得する乱馬。

「お父さん、相手してよ。この人じゃちょっと物足りなかったのよねー」
「ああ、いいぜ。どっからでも来いよ」

そうして2人は乱取り稽古を始めたのだった……。








「乱馬のばかっ!あんなんじゃ、いつまでたっても蒼依は恋なんて出来ないじゃない!」

道場をこっそりと覗き見るあかね。

「大体、蒼依も蒼依よね……なぜ乱馬と比べるのかしら?本当にお父さん至上主義なんだから……乱馬に勝てる人なんているわけないわよ……」

そんなかねは、自分こそ夫・至上主義であることに気が付いていない。



そもそも、格闘と恋愛は別物である。
早乙女一家よ、いい加減に気が付いてほしいものだ……――






「あーすっきりしたっ。これでお父さんにちょっとは近付いたかしら?」
「ふん、まあ精進するんだな」






…終わり…

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