長編

□水の国(完結)
1ページ/21ページ



これは昔のお話です。
遠い遠い、水の国の…………。



「ランマ、と申します」
「あたしは、水の国、三の姫アカネ。よろしくね」


目の前で無表情で言葉を発するのは、水の国の末姫。
国中が美姫だと騒いでいるが……。
こんな表情のねえ女、美人だの可愛いだの言う前に、なんか問題あるんじゃねえか?

ったく、なんでこんなことになったんだか……。

話は数日前にさかのぼる。




「何で俺がんなことしなきゃなんねーんだよっ!?」
「国王陛下とは古い友人でな」
「なんでその古い友人に俺が仕えなきゃなんねーんだっ!」

わっけわかんねー!
このクソ親父っ!

「末の姫様の護衛に、信頼できる腕の立つものが必要だそうだ。ぜひともランマを、とご所望で……」
「だからっ!なんでだよっ!?」
「知らん」
「こっの……クソ親父……っ!」

ガキの頃から親父と二人で諸国を巡り、ずっと格闘修行してきた。
何年もかけて修行した結果……。

国王陛下の末娘の護衛になれ、だと!?

「冗談じゃねえ!俺は旅に出るぜ!」
「そうはいかんぞ!」
「親父の都合なんぞ知ったこっちゃねえ!」
「お前の都合でもあるんじゃぞっ!」
「な……っ、はあ!?」

俺の都合だと?

「どっ、どういうことだよ?」
「ランマ……その体質、治したくはないか?」
「な……っ!?」

修行中、呪いの泉を引っ被っちまった俺。
この先、とんでもねー体質を引きずることになっちまった。
だが……。

「んなもん親父だって同じじゃねーかっ。親父が護衛でも何でもやりゃいいだろ」

そう、親父も同じ。
泉の種類こそ違うものの、同じように変な体質、持っちまってる。

「わしじゃダメなんだと」
「なんでだよ?」
「知らん」
「……ったくっ。で?なんでこの体質を治すのに、護衛なんてしなきゃなんねえんだ?」
「ここは水の国。世界中のどんな水もここに集まるという。つまり……」
「ってことは…治す水、あるんだなっ!?」
「そうじゃ。しかし…全ての水が集まるといわれている池は、水の城の中にある。つまり!」
「よーし、わかった!この俺様が入り込んでやろーじゃねーかっ!そして治す水を探し出すっ!」
「その意気ぞ、ランマ!あ、わしの分も頼むよ」
「……っクソ親父がっ!」





そんなわけでとりあえず来てはみたものの……どうすりゃいいんだ?
護衛って何すんだ?
ガキの頃から親父と二人だったから、作法とかもわかんねえしなあ……。

「ランマ?」
「あ?っじゃねえ……は、はい」

えーと、この姫のことはなんて呼べばいいんだ?
姫?末姫?アカネ姫?

「部屋に戻ります」
「あ、はい……」

この姫についていけばいいのか?
俺は少し戸惑いながらも、姫についていった。




「ここがあたしの部屋。お前は扉の外で見張りよ」
「はあ……」

カチャリ、と扉の向こうに姫が消えた。

「……っはあ……」
「あら、盛大なため息ね」
「!?」

思わずついたため息。
聞かれた!?まずい!?
ってか誰だ!?

後ろを見ると、勝気な面した女が立っている。
俺のバックをとるなんて、やるじゃねーか。

「なんだ、おめー?」
「あら?随分と尊大な口のききかたね?」
「え……」
「水の国、二の姫ナビキよ」
「し……っ失礼しましたっ!」

やっやべえ!!
よく見りゃちゃんとこいつにも護衛がついてる。
持ってるのは……武器?木刀、か?
結構……スキのないやつだぜ……。

「いいわよ、別に。あ、こっちはわたしの護衛のクノーよ」
「あ、よ、よろしくお願いします。ランマ、です」
「フム……今までのやつらとは違うようだな」
「は?」

クノーのセリフに引っかかった。
今までのやつらって?

「今まで、何人もアカネの護衛についてるのよ。ただ……アカネが全員叩きのめしちゃってね」
「たっ、叩きのめしたぁ!?」

おいおい、聞いてねーぞっ!?
なんちゅー物騒な女だよっ!?

「もちろん、守られるほうが強いなんてありえないわよね?だからアカネだけは護衛が長続きしないのよ」
「ま、せいぜい気をつけることだな、ランマとやら」

ほほほほほ、と笑い声を上げて立ち去るナビキ姫とクノー。

ってか、なんなんだよ!?
護衛を叩きのめす姫なんて聞いたことねえぞ!?
なんかやってんのかな、格闘とか?
いやいや、結構ほっそい体してたぜ!?

あれ?そういえば……。
俺、いつまでここで見張りしてればいいんだ?

……え、まさか朝まで!?






「あら?」
「あ、おはよーございます……」

翌朝。
アカネ姫が部屋から出てきた。
ね、眠みぃ……っ。

「え、まさか……一晩中、ここに……?」
「だって、ここで見張れって……」
「……ばかね」
「は!?」

ばかだと!?
こいつ……っ、女じゃなかったら殴ってるとこだぜ!?
おめーがここで見張れって言ったんだろうがっ!

「途中で見回りが来たでしょ。そしたらもういいの」
「そ、そうですか……」
「今夜からばかな真似しないようにね」
「は、はい……っ」

ばかばかって、こいつ……あー本当にこれからずっと、こいつの護衛しなきゃなんねーのかよっ!?

「あ、あの」
「なによ?」
「見張り交代したあとは……どこで休めばいいんですか?」
「……外」
「は!?」
「だから。外」
「……」

……ここの国は、姫の護衛に野宿させんのか!?
別に慣れてるし、構わねーけど。
ひでー扱いだな……。

「あ、それから」
「なによ、まだ何かあるの?」
「えと……姫のことは、なんて呼べば……じゃねえ、えっと、なんと、お呼びすれば……?」

言葉遣い、おかしくねえか?大丈夫か、俺!?

「何だっていいわよ。どうせすぐにやめるんだから」
「へ?」
「あたし、自分より弱い男に守られたくなんかないから。せいぜい短いお城生活を楽しみなさい」
「な……っ!?」

なんだ、この女はっ!?!?
俺がおめーより弱いってのか!?
随分馬鹿にしてくれんじゃねえか……。

っと、ここで問題起こすのはまずいか……。
目的は体質を治す水だ。
よし、我慢我慢……。


「それより、朝食が終わったら付き合いなさい」
「は?えと、どこへ?」
「訓練場よ」
「なんの?」
「一緒に来れば分かるわ」
「はい……」

訓練?
一国の姫としての嗜みか何かか?

俺はこのとき、この姫を甘く見ていた…………。








「タァーーーッ!!ヤアッ!!」
「トォッ!アチャチャーーーッ!!」

訓練場に気合の入った男の掛け声が響き渡る。
ここは……兵士のための訓練場か!?

姫が訓練場の扉を開けると、一気に場が静まった。

「「「「「おはようございますっ!!!」」」」

……ほんとに軍隊なんだな……声がきれいに揃ってやがる。
全員が跪く中、姫が真ん中に進み出た。

「……ランマ」
「はい?」
「相手をしなさい」
「…………は!?」

おいおい、聞き間違いか!?
あ、そういや前の護衛を叩きのめしたって……。

「ここであたしに負けるようなら、すぐに護衛はやめてもらいます」
「……はあ……」
「大丈夫よ、手加減してあげるから」
「…………」

完っ全にナメられてるな……。
しかし……ほんとにそんなに強いのか、この姫様は?
姫は訓練場に来るときに動きやすい服を着てきたが……。
肩や腕、足もそんなに格闘してるような肉の付き方じゃねえんだよな。

俺は姫に促されるまま、訓練場の真ん中へと進み出た。

とりあえず国王の娘なんだし、負けてやった方がいいのか?
いや、でも護衛やめたら水も手に入らねーし。
どーすっかなー……。

ボーっと立ち尽くした俺に業を煮やしたのか、姫が思い切り拳を突いてきた。

「さっさとかかってきなさいっ!」

おっ!?女にしては結構やるじゃねーか。

次々と突いてくる拳を、俺は軽くよけていく。
確実に急所を狙ってくるその動きは……俺の動きに、似ている……?

確かにこれは並の男じゃ相手にならねえな……。
相当鍛えてやがる。
しかも……まだ、本気出してない……。

手に気をとられていると、足が飛んできた。
これも俺は問題にならない。
一跳ねして姫の後ろに回る。

振り向いた姫の顔が……ゆがむ。

「……っ、いくわよっ!!」

先ほどまでとは違う、本気の拳が向かってくる。

……が。

「っ!?」

あっさりとよけた俺は、姫の背中に手を置いた。

「…………っ」
「……姫。これ以上は……」

訓練場にいた兵士たちのどよめきが聞こえた。
そりゃそうか。
今までどんな護衛でも叩きのめしてきたって言うんだから。

「っまだまだっ!!」

再び姫が俺に攻撃を仕掛けようとした、そのとき。



「勝負あった!!」



大きな声とともに長髪の男が姿を現した。
兵士たちが一斉にそちらに跪き、姫がそちらを確認する。

「まだっ!勝負はついていませんっ!」
「いやー観念しなさい、アカネ。自分の負けを認めることも、格闘には必要だよ」
「っ……でもっ!」
「ランマくんの勝ちだ。わかったね?」
「……は、はい……」

うなだれる姫の頭をなでる男。
誰だ?


「いやいや、さすがに強いね!ゲンマくんの息子だけある!」
「……え?」
「お父様?ゲンマって?」

姫が怪訝そうに聞いた。
って……お父様っ!?
国王陛下っ!?

慌てて跪く……。
ずっとこの国にいなかったから、国王陛下の顔なんて知らねーんだよ、俺はっ!

「僕とランマ君の父上、ゲンマくんは昔、同じ師について格闘修行していたんだよ」
「え!?同じ……師?」
「そう。気がつかなかったかい?」
「……」

なるほどな。
さっき感じた俺と同じ動き、間違っちゃいねーってことか。
親父のやつ……同じ師だったんならそれを俺に教えとけよっ!

「ランマくんは気がついたみたいだね?」
「はい」
「これからもアカネを頼むよ」
「……はい」




姫の顔が苦痛にゆがんでいくのを目の端で見ていた。
俺は知らなかった。

『アカネを頼む』

この陛下のセリフに、別の意味があることを…………。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ