長編

□想いはどこに(完結)
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【R side】


 「え……」
 「……あたし、本気だから……」

あかねのセリフをただ呆然と聞くしかなかった。
嘘だと叫びたい気持ちも声にはならず。
好きだという言葉も喉元に引っかかっているようで。
俺は……。



呪泉郷から帰ってきて1年。
相変わらず3人娘に追われる日々を過ごしていた俺。
身辺整理なんて簡単に出来るもんじゃねえ。
ましてやあの3人が相手だ。
付き合うつもりなんてねーつってんのに追いかけてくるんだぜ?
少しは人の話を聞けっての!

俺と同様、あかねも変わらず多くの告白をされていたのを知ってる。
断り続けていたみたいだから、俺もそんなに気にすることなく過ごしていた。
そりゃ……少しは相手がどんな奴か気になっていたけど。
あかねが受けるはずなんかねえ。
そう、思い込んでいた…………。





「彼が、出来たの……」
「……え……?」
「何度か告白されてて……ずっと乱馬が来る前からあたしのこと好きでいてくれて、だから……」
「……だから?」
「告白、受けることにしたわ」
「……なに、を……」

あかねの言っていることを理解できずに……いや、理解なんてしたくなくて。
俺は笑っちまった。

「……ばかなこと、言うなよ。おめーみたいなズンドー、誰が相手に……」
「……それでも……」
「え……」
「……あたし、本気だから……」

瞬間。
心臓が握りつぶされたかのような……。
痛みにならない苦しみが俺を襲った。

「……うそ、だろ……?」
「……あたしね、楽しかったよ」
「なに……?」
「乱馬と、許婚で……」
「……あかね……」

静かに涙をこぼすあかねを、ただ見つめていた。
身体が動かなかった。
心が凍り付いて、指の先まで自分の意思が行き渡らない。
何を考えたらいいのかも分からない。
どう動いたらいいのかも……。

「……今まで、ありがとう」
「…………」
「乱馬も、幸せになってね……さようなら…………」

俺に背を向けて歩き出すあかね。
家に帰ればまた一緒だ。
そんなこと、わかってる。
でも……。


心は、一緒じゃない。


あかね、と呼びかけた俺の声は聞こえただろうか?
あかねの背に……心に、届いてはいないだろうか?


呪泉洞での出来事がぐるぐると頭を駆け巡る。
あかねを失う恐怖を嫌というほど味わった。
あかねを失ったときの俺は……どうなった……?
どう、思った……?


好きで好きで、どうしようもなかった。
どうしたら素直に言えるのかも分からずに、ただ毎日を過ごしていた。

乱馬、と俺を呼ぶ柔らかい声。
ふんわりとしたあたたかい身体。
そばにいるとわかる甘い香り。

本当は分かってる。
俺はあかねの全てが欲しかった。
でも、全てを失いたくなかった。
だから……臆病になっていた。

素直になれない、なんて言い訳だ。
ただ単に怖かっただけ。
あかねに拒絶されるのが怖くて……逃げていただけ……。


呪泉洞のときのような、あんな思いはごめんだと、そう思っていたのに。
あかねが他の奴の告白なんて受けるはずがねえ、と。
根拠のない予想を確信と思い込んで、結局はあかねの優しさに甘えていたのか……。


そばにいればそれでいいと思っていた。
近くにいればいいと思っていた。
今までだって少しずつ分かり合ってきたから、これからもそれでいいと思っていた。
けど……あかねは違ったのか?

抱きしめればよかったのか?
好きだと言えばよかったのか?

そんな簡単なことで……良かったんだろうか?

『そんな簡単なこと』すら出来なかった俺にはわからない。
それでも分かるのは……。



一生かけて守りたいと思っていた大切な人を、一生かけても取り戻せない、ということ……。







【A side】


「あかね」

背中から聞こえる大好きな声には、振り向かなかった。
振り向いたら、あたしのしたことが無駄になってしまうから。


呪泉洞で乱馬の声を聞いた気がした。
『好きだ』って言われた気がした。

祝言のときは本当に嬉しくて……。
男溺泉につられたんだとしても、これでやっと乱馬のそばにいられるんだ、って。

素直になれなくて言えなかった、けど。


乱馬が好き。
ふとした時に支えてくれる力強い腕も。
あかね、って呼ばれるときの優しい声も。
向日葵みたいに明るい笑顔も。


あの腕で、抱きしめて欲しかった。
あの声で、好きだと言われたかった。
あの笑顔を……ずっと、そばで見ていたかった。


身辺整理なんてすぐに出来るはずがない。
なんたってあの三人娘が相手だもの。
だからゆっくりでいいと思っていた。
けど……。

1年。
1年の間、追いかけられる乱馬を見てきた。
前と変わらず、追いかけられるだけの乱馬を。


そばにいたいと願うのは、あたしだけかもしれない。
一方的な片思いだったのかもしれない。

もしかして乱馬は、許婚であるあたしに遠慮しているの?
あたしがいるから、本当に好きな人の元へ行けないの?
あたしのせいで、乱馬は……。


だったらあたしは乱馬を解放してあげなきゃいけない。
乱馬には幸せになって欲しいから。
呪泉洞で、あたしを助けてくれた。
それ以前だって何度も命がけで救ってくれた。
だから……あたしはこれ以上、乱馬を縛り付けちゃいけない……。



彼が出来たとウソをついた。
そうしたら乱馬は気兼ねなくあたしから解放されるだろうから。
あたしの心配なんて乱馬はしないだろうけど、それでも……少しのわだかまりも残して欲しくはない。

もう、いいよ。
あたしはきっと乱馬を忘れられないけど。
きっとずっと……乱馬を想い続けてしまうけど。
でも乱馬には、あたしのことなんて忘れてでも幸せになって欲しい。
本当に好きな人と一緒になって欲しい。

あの大好きな笑顔を見られなくなるのは、すごく辛い……。
それでも、乱馬には何より笑顔が似合うから。
本当に幸せな笑顔で一生を過ごしてほしいから。



さよなら、しよう……。






その夜。
乱馬は帰ってこなかった。
あたしは泣いて泣いて泣いて泣いて、涙が枯れるかと思うほど泣いて。
そして……。

翌朝。
乱馬の荷物はきれいになくなっていた。


この時あたしは……一生の片思いが、決まったんだ……。
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