長編

□甘えてみたい
1ページ/10ページ


【A side】


「だーっ!くっつくなっ!」
「美味しい肉まん作ってきたね!あーん、するよろしっ」
「しねえっ!」

またやってる。
この次はきっと……。

「乱ちゃん、イヤがってるやないか!やめんかいっ!」
「照れてるだけねっ!」
「照れてねえっ!離せっ!」

やっぱりね。
さて、そろそろ……。

「乱馬さまっ!そのような下賎なものなどおよしになって、わたくしの作った手料理をっ」
「しびれ薬入りなんて食えるかっ!」

毎日毎日うっとうしいっ!

「いつまでやってんのよっ!!!」
「うるせーっ、このズンドー女!!」
「なによ、変態の優柔不断!」
「優柔不断じゃねえっ!おめーこそその凶暴な性格なんとかしろっ!」
「誰が凶暴だーーーっ!!」

どっかーーん!と、派手に飛んでいく乱馬。
そして追いかけていく3人娘……。

いつもの光景、日常生活。
だけど……。

「ほんっとあんたたちって非常識よね」
「あたしは関係ないわよっ」
「関係ないなんて、そんなこと本気で思ってないでしょ?」
「……お姉ちゃんにはわからないわよ……」

なびきお姉ちゃんが、さも面白そうに笑った。

「わかりきってる気持ちをあーだこーだ、大変ねえ」
「笑顔で言わないでよ」
「だって面白いもの。あたしには本当に関係ないしね」
「……」

我が姉ながら、こういうとこは本当に非情だと思う。
まったく……人事だと思って。

「そういえば3人娘が乱馬くんにしがみついたりするのはめずらしくないけど、あんたが乱馬くんにしがみつくってことはないわね?」
「なっ、当たり前じゃない!」
「どうしてしないの?」
「どうして、って……」

そりゃあたしだってたまには……そうしたい、とか思うけど……。
でもそれはあの3人に張り合うためじゃない、そんなことじゃないの。
ただ、あたしだって……その、普通の女の子みたいに、ね?
その……好きな人には、甘えてみたい……なんて。
乱馬なんかに言ったら絶対絶対バカにされるから言わないけどね!?

「あんたもやってみればいいのに」
「いやよっ!」
「どうして?」
「なんであんな奴に!?冗談じゃないわ!それに……」

くっついていって他の子と同じように拒絶されたら……。

「それに、なによ?」
「……なんでもないわ」

どうせあたしだってみんなと同じだもの。
“くっつくな”とか“離れろ”とか……聞きたくないわよ……。

「……違うんじゃない?」
「え?」
「3人娘と同じように扱われたら、なんて考えてるんでしょ?違うと思うわよ」
「同じよ。どうせあんな奴、女の子の気持ちなんて……」
「じゃあ試してみればいいじゃない」
「なっ」
「試してみて拒絶されるようなら、あかねのほうからさっさと許婚解消すればいいのよ。なんならあたしが後釜に入るわよ」
「……それは乱馬が嫌がると思うわ……」
「そ?」

まったくもうっ、そんなに許婚交代したのが楽しかったのかしら?

はあ、とため息をついたそのときだった。
遠くから屋根伝いにこっちへ走り寄る人影がひとつ……。

「あかねーーーっ!」
「なによっ!やる気!?」
「てめ、よくもあんなとこまで飛ばしやがったな!?」
「あんたが悪いんじゃない!」
「俺は悪くねえっ!」

なによなによっ!
乱馬がはっきりしないのがいけないんじゃない!

「大体なあっ!あいつらが俺の話を聞かないのがそもそも悪いんじゃねえか!」
「あんたがちゃんと言わないからよっ!」
「なにをだよ!?」
「なに、って……!」

そりゃ……別にあたし達は付き合ってるわけじゃないし……。
でも許婚なのに……。

……あ、右京も許婚だったわ……。
そうよね、シャンプーだって乱馬と同じ変身体質だもの。
乱馬にとっては大切な仲間だわ。
小太刀、は……よくわからないけど……。

「あたし、先に帰るわよー」
「あ……」

気を使ったのか何なのか、お姉ちゃんがひらひらと手を振りながら離れていった。
少しくらいフォローしてくれたっていいのにっ。

「おいっ」
「……なによ」
「あいつらに何を言えってんだ!?」
「……」



『試してみればいいじゃない』



お姉ちゃんのセリフが頭をよぎる。
乱馬があたしをどう思っているのかわからない、だから……今までずっと避けてきたの。
拒絶される可能性のある行動を、言葉を……想いもすべて。

チラリ、と乱馬を見上げる。

「な、なんだよ?」

突然黙り込んだあたしに疑問を感じたのか、眉をひそめて腰に手を当てて仁王立ちしている。

……距離、よし。
……人影、なし。


ぎゅうううっ。


「……え゛!?あ、あかねっ!?」
「……っ」

……乱馬の背に手を回した。
どきどきしてるのは、あたしの心臓。
硬い胸板に太くてしっかりした首筋……。

……拒絶、するならしなさいよっ。
離れろとかいう言葉を言った瞬間に、ぶっ飛ばして許婚解消してや……。

「っ!?」

きゅ、と抱きしめられた。
太い二の腕が体に回る感覚、そして……頭にくすぐったい、乱馬の息遣い……。

「……なんだよ。なんかあったのか……?」
「え……」

どっどどどどどうしよう!?
ええっ!?なにこの展開!?
どうしてこんな!?

なんで……拒絶、しないの……?

声をあげたいのに、息もできない。
体の機能がすべて止まってしまったかのような感覚。
なのに、全然いやじゃない……。

「あかね?」
「あ、あの……なんで?」
「は?」
「なんで……離れろとか言わないの……?」
「???言ってほしいのか?」
「ちっ違うけどっ!でも、だって、いつも言ってるじゃない!」
「……言ったっけ?」
「シャンプーとか右京とか小太刀とか……」
「はあ?」

少しだけ身体を離した乱馬が、あたしの顔を見下ろした。

「なんで今それが出てくるんだよ?」
「だって……」
「あの3人とお前じゃ違うだろ」
「え?なにが?」
「なにって……い、許婚だし?」
「右京だって許婚じゃない」
「……」
「乱馬?」
「……ああああまったくおめーはっ!」

なに?と聞く間もなく、息もできないほどにきつくきつく抱きしめられた。

「俺はおめーに離れろなんて言ったことはねえっ。それくらいわかれよ、このバカ!」
「な……っ」
「俺は……っ、その、いやじゃない、から……」
「……え?」
「だっだから!おめーにこうされるのは嫌じゃないからっ!」
「!!」

……そっか。
嫌じゃないんだ。
あたしは……こうしても、いいんだ……。

「……えへへっ」
「なっなんだよ」
「なんでもないっ」

きゅ、と背に回した腕に力をこめると、ぎゅ、と身体をきつく締められる感じがする。

ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ……自信、持ってみようかな!?








「お父さんとおじさまに6千円で売ろうかしら?それとも……」
「わあわあっ!俺に寄こせっ!」
「8千円!」
「なんっで高くなんだよっ!?6千円だろうがっ!」
「大マケして7千円!」
「6,500円!」
「6,800円!ビタ1文マケないわよ!」
「あーもうわかった!わかったから早く寄こせっ!」

……なびきお姉ちゃんがあんなにすんなりと帰るわけがなかった、と気がついたのは夜になってからだった……。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ