長編

□仮面夫婦
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【A side】


「わかったね、あかね?」
「……はい……」

目の前に座るお父さんの言葉に、あたしは項垂れた。
ついに来るべき時が来てしまった、ただそう思うことしかできなかった。



我が家は古くからこの町の地主様に仕えていた。
お父さんや祖父、曽祖父もそのずっと前の祖先も、格闘家として警護を担当していた。

でも……今のこの家には、三姉妹しかいない。
お母さんは、あたしを産んですぐに亡くなってしまったから……。

だからお姉ちゃん達もあたしも、小さな頃から覚悟はしていたの。
警護担当の我が家には存続の危機が迫っているということ。
その危機を乗り越えるために……あたしたち三姉妹には政略結婚が課せられる、という事を……。

まず決まったのは、長女のかすみお姉ちゃん。
地主様の息子である町医者の東風先生が相手だった。
でも小さな頃からの知り合いで、なによりお互いに想い合っていたから……なんの問題もなかった。

それから次女のなびきお姉ちゃん。
なびきお姉ちゃんは家計を助けるために自分で相手を見つけてきた。
この町の商人を総括している九能家の長男、帯刀さま。
この結婚で、我が家の財政には何の不安もなくなった。

そして……あたし。
お母さんが亡くなってすぐに、お父さんはあたしにだけ格闘術を叩き込んだ。
女だてらに警護担当として働くことができれば、との配慮からだった。
でも、地主様はそれを許してはくれなくて……。

『おなごに警護なぞさせられん。どうしても警護担当として仕えたければ、それなりに腕の立つものを婿にするが良い。』

お義兄さんである東風先生も地主様を説得してくれたけれど、地主様が首を縦に振ることはなかった。
そのときからすでに覚悟はできていたの。
かすみお姉ちゃんもなびきお姉ちゃんも、すでに結婚している。
だから……あたしはきっと、見ず知らずの男と結婚しなくてはならない……。



『……相手が決まったよ、あかね』

お父さんの言葉に反対することは許されない。
天道家の存続に関わることだから。
そして、天道家を絶えさせたくはないというお父さんの気持ちを蔑ろにすることはできないから。

『わしが修行していた頃の友人の一人息子だ。友人に話をつけてきた』
『……そう』
『幼い頃から諸国を巡って修行している父子でな、友人はもちろん、息子も相当な腕前らしい』
『どんな人なの?』
『さあ?会ったことはないからねえ』
『……』

お父さん……仮にも娘の婿になる人を見たことがないなんて……。
それだけその友人を信頼しているという事かしら?
小さな頃から一所に留まることがなかったその父子は、どうやら明日にでもこの町に到着するらしい。

あたしはもう……逃げられないのね……。






【R side】

「はあ!?婿だあ!?」
「左様。わしの古い友人の娘さんだ」
「な……っ、早乙女流はどうなるんだよ!?」
「友人も無差別格闘流を極めておる。お前の連れ合いとなる娘さんは、天道流の二代目じゃ」
「だからっ!俺は早乙女流を……」
「天道家に婿に入るが、流派の名前は早乙女流で良いとの条件をつけた。安心せい」
「あ、安心ってっ!!」

そういう問題じゃねえだろ!?
大体、なんで俺が見ず知らずの女の婿になんか!?
『早乙女』の名前を捨てろってか!?

「風の港と白波山の間にある町、覚えておるか?」
「ああ……確か何年か前に行ったな。商業で成り立ってる町だったか?」
「うむ。その町の地主に仕える警護の家に婿に入れ」
「てめっ、息子は犬猫かっ!」
「警護担当の家系なのに、娘しかいないらしくてな。地主に仕え続けるには腕に覚えのある男を婿にする必要があるそうだ」

んな事情なんざ知るかっ!
ああもう、冗談じゃねえっ!!
逃げるにかぎ……。


どかっ!!!


「お、おやじ……っ」
「乱馬、お前の考えてることなんぞ父はお見通しぞ!」
「……ち、くしょ……」

後頭部を思い切りやられた俺は、そこで意識が途絶えた……。








「……あれ?」
「あ、起きたんだね。脳震盪を起こしていたんだよ」
「へ?」

なんだ、この眼鏡の兄ちゃんは?

「倒れたんだよ。覚えているかい?」
「倒れ……って、あのクソおやじっ!どこ行きやがった!?」
「ちょ、急に立ち上がったりしたら……」
「っ……と……」

ふらり、と景色が歪む。
寝床に腰を落ち着け、くらくらする頭をおさえた。

視界がはっきりしてきたところで周りを見渡す。
……病院、か?

「ここはぼくの家だよ。この町の地主だ。まあぼくは医者として働いているけどね」
「へー……って、ここドコだ?」
「ん?ああ、風の港の隣の町だよ。あっちには白波山もある」
「ふーん?って、ちょっと待ていっ!」

『地主に仕える警護の家に婿に入れ』

おいおいっ!
この家の警護担当の家ってことか!?
あれ?でも……。

「……俺、ひとりだったか?」
「いや、きみのお父さんは用事を済ませてくると言って出かけていったよ。きみも行くかい?」
「行くってどこへ?」
「隣のお宅だよ、おいで」

人の良さそうな眼鏡の兄ちゃんの物腰に、どこか闘気を抜かれたような気分でついていった。
こういう奴、なんか調子狂うんだよな……。



「天道さん、お邪魔しますよー」
「はいはい、おや東風先生。彼は目覚めましたかな?」
「ええ、鍛えているだけあってピンピンしてますよ」

眼鏡の兄ちゃんと話しているのは、家主と思われる長髪の男。
どっか胡散臭そうな……って、んなこと言ったらおやじも同類だな。

「早乙女……乱馬くん、だね?」
「え、はあ」
「そうかそうか!さっ、上がりたまえ!」
「……」
「お父さんも来ているからね」
「っ!!」

やっぱり!
じゃあここが俺が婿入りする家ってことか!?
あんのクソおやじ、本気で言ってやがったのかよ!?

とにかく、断るにしてもきっちり言っとかなきゃなんねえな。
ったく、めんどくせーこと持ち込みやがって、覚えてろよおやじっ!

「起きたか、乱馬。あれしきで伸びるとは情けないっ」
「なに言ってやがる!俺じゃなきゃ死んでるぞっ!」
「わかっておるわ。わしだとて手加減くらい……」
「その手加減を息子にしやがれっ!」

あーまったく、話にならねえっ!

「とにかく!俺は婿入りなん……っ」

ぐいっ!とおやじに袖を引っ張られた。
ひそひそと小声で耳元で親父の声が響く。

「ばかもんっ!ここにいれば1日三食、食いっぱぐれることはない!なにせ地主に仕える家じゃからな」
「……ほんとか?」

おやじと修行しながら諸国を巡っていると、どうしても食料が足りなくなる。
そのたびにおやじと食料争奪戦を……。
当然、満足に食べられることなんてほとんどねえんだ。

「よいか乱馬、無差別格闘早乙女流も安泰、食糧事情も安心、こんな良い話があるか!?」
「……ねえな」

どうせ女にゃ興味がねえ。
結婚なんてするつもりもなかったから……逆にそれでいいのかもしんねえ。
だってここの娘だっておれ自身に興味があるわけじゃねえだろ?
政略結婚みたいなもんだよな?
だったら形だけの夫婦ってコトでいいんじゃねえ?
お互い、単に利害が一致したってことで。

「……わかった」
「よしっ、では……」

ひそひそと話すのを止め、おやじが長髪の男に向き直った。

「天道くん、乱馬は乗り気じゃよ」
「おお!ほんとかね!?」

いや、別に結婚には乗り気じゃねえけど。
むしろ食いモンに困らないって方に乗り気だな、うん。

「では乱馬くん、こちらへ来たまえ」
「へ?」
「この土地の慣わしでな、結婚する男女は結婚の儀前夜までは顔を合わせてはいけないことになっている」
「へえ?それで?」

ついて歩いていくと、ひとつの扉の前で止まった。

「ここがきみの部屋だ。向こうが娘の……あかねの部屋。結婚の儀は明日の予定だよ」
「明日!?随分早いな」
「君のご両親とは話がついていたからね」
「ふーん」

ったく、顔も知らねえ女といきなり結婚かよ。

「ああ、いきなり結婚の儀で顔を合わせるわけじゃないからね」
「へ?」

じゃあ、いつ顔を合わせるってんだ?

「明日の義に向けて、きみとあかねには婚前の契りを交わしてもらう」
「婚前の契り?……………………契り!?ってまさか!?」
「そういうことだ。今夜10時まではきみもあかねもこの部屋から出てはいけないよ。食事は家政婦に運ばせるから。10時になったら隣の部屋に行きたまえ」
「行きたまえ、って言われても……」

じゃあなにか!?
顔も知らねえ女と結婚するってのに、さらにいきなり顔合わせでち、ち、ちっ契れってのか!?
おいおいおいおいっ!
どうすんだよ、すんげーブサイクだったら!?

……って、焦ることもねえのか。
そうだよ、政略結婚なんだから。
契ったフリでもすりゃいいんだよな?

「では明日の朝、家政婦があかねの部屋へ迎えに行く。それまでは……あかねを頼むよ?」
「……はあ、まあ……」

頼むって言われてもなあ。
どんな心境なんだよ、娘を見ず知らずの男にくれてやるってのは?
本心はいやじゃねーのかな?


案内された部屋に入る。
殺風景な中、テーブルと椅子だけが用意されていた。
寝床すらねえ……そりゃそうか、夜には娘の部屋に行くんだからな。

はあ……飯に釣られて婿入りオッケーしちまったけど……こんなんで決めちまって良かったのか、俺!?
なーんか府に落ちねーんだよなあ……。


……ま、なんとかするしかないか……。
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