中編
□会いたくて(完結)
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【A side】
「「「「「はああああ!?」」」」」
教室に到着するなり『ジャージを着て外へ』というひな子先生の指示。
玄関前に集合したあたしたちが聞かされたのは『ハイキングに行きましょう』というものだった。
「最近の子達は体力がなさすぎますっ!体力をつけるために山へ行きますよー」
……と、見るからに子供のひな子先生に言われても……。
大体、このクラスは他のクラスに比べたら体力ある生徒が多いはずなのよ。
だって乱馬がいるし。
右京だってあたしだっているんだもの。
それに……体力つけるならグラウンドでうさぎ跳びでもした方が早いんじゃない?
たった一度ハイキングなんかしたって気分爽快になるだけで、体力なんかつかないと思うんだけどな。
「いいじゃねえか、なあ?」
「乱馬、授業なくなるのが嬉しいだけだろ?」
「おー!今日は体育ないしなっ!授業受けるくらいならハイキングでも登山でも遠泳でもしてた方がよっぽどいいぜ」
「登山と遠泳はともかく、ハイキングくらいなら楽勝だよなー」
ケラケラと笑うあう男子達に、きゃっきゃとはしゃぐ女子。
まあ……体力どうこうはともかく、みんなでハイキングっていうのは楽しいかもね?
……ん?でも、どこに?
この辺にハイキングできるようなところ、あったかしら?
「……どこまで行くんだよ、ひなちゃん……」
「まさか電車乗り継ぐとは思わなかったぜ」
「校長に許可取ったなんていってたけど、ほんとかしら?普通、そんな許可する?」
「……するでしょ、あの校長なら……」
すでにハイキング並みに歩いてるあたし達。
だってまさか、ねえ!?
電車を乗り継いでさらに歩いて……一体どこに行くのよ!?
「乱ちゃん、大人しいんやな?まさか疲れたんちゃうやろ?」
「これっくらいで疲れるかよ」
前を歩く乱馬と右京の会話を聞く。
そういえば乱馬の口数が少ないわ。
心なしか、乱馬の背中から緊張しているような雰囲気を感じる。
どうしたのかしら?
「さーっ!みんな、着いたわよ!ここに登るから、ちゃんと着いて来てくださーいっ!」
「「「「「「………………」」」」」」
ちょ、ちょっと待ってよ……うそでしょ!?
「ひなちゃん、ここって普通に山なんじゃ……」
「そうですっ。体力づくりのために頑張ろー!」
「いやいやいやっ!ジャージで手ぶらで登れる山なのか!?」
「さあ?」
「さあ?じゃねーだろっ!!」
口元に人差し指を当て、首を傾げるひな子先生。
そりゃあ、どんな山だろうがあたしや乱馬や右京くらいなら平気だけど……。
「ひなちゃん」
「なあに、早乙女くん?」
ひな子先生に声をかけた乱馬の声色に、あたしは思わず振り向いた。
聞いたことがないくらい、乱馬の声は緊迫していた。
「ここはやめたほうがいい。すぐに学校に戻ろうぜ」
「早乙女くんならわかってくれると思ったのにー!そんなに先生の言うことが聞けないの!?」
「そうじゃねえっ。この上にダムがあるんだ。昨日まで大雨だったから、いつダムの放水があるかもわからないだろ?そういう情報、調べてんのか?」
「……」
「俺は修行でここに山篭りしたことが何度もあるんだ。急なダムの放水に気がつかなくて死にかけたことだってある。ここは一般人には危険……」
「大丈夫ですっ!先生がついてるんだからっ!」
「ひなちゃん1人でこの全員守れるのか!?」
「もうっ!早乙女くんなんか、早乙女くんなんか……っ!」
「おっおいっ!?」
「八宝五十円殺ーーっっっ!!!」
「どわっ!?」
「ら、乱馬っ!」
「乱ちゃんっ!!」
慌てて駆け寄るあたしと右京だったけど、すでにへなへなと崩れ落ちてしまった乱馬に力は入らない。
「先生!乱馬ですら死にかけた山に、こんな大勢の生徒を連れて入る気ですか!?」
「天道さん、大丈夫よっ!」
「乱馬があんなに……っ!」
「先生のいう事を聞かない子は単位なしですっ!」
「そんなっ!!」
到着する前から様子がおかしかった乱馬、きっと道の先にあるこの場所を予想して緊張していたんだわ。
「……単位もらえなかったら留年だしなー」
「それはイヤだわ、わたし」
「ダムの放水なんてそうそうあるわけじゃないだろ?大丈夫じゃないか?」
「そうよね、水がきたらすぐに逃げればいいんだし」
「しゃーねえ、行くか」
「まあっ!エラい子たちね!」
「ちょっ……みんな!?」
「大丈夫よ、あかね。泳げなくてもあたしたちがしっかり抱えてあげるからね!」
柔道部や空手部の男子が乱馬を抱えた。
行くの!?
だ、だって万が一のことがあったらどうするのよ!?
「あかねちゃん、行くで」
「右京まで!」
「しゃーないやろ。本当に万が一のことがあったときに、うちらがしっかりせなあかん」
「そ、そりゃ……」
先生を先頭に、女子・男子・乱馬を抱えた男子・最後尾にあたしと右京。
あたしは乱馬の様子に嫌な予感がしながらも、みんなに付いて行くしかなかった……。
「……ん?」
「あ、乱馬!起きたか!?」
「あー?」
クラスメイトに抱えられた乱馬が目を覚ました。
大丈夫かしら?
「起きたなら自分で歩けよ。さすがにお前を抱えながら登るのはキツいぜー」
「は?あ、すまん」
慌てて立ち、辺りを見渡す。
「……ちっ、ひなちゃん、結局登り始めてるのか……」
「単位をやらんなんて言われたんだよ。しょうがねえだろ」
「単位より命のほうが大事だっての!」
顔を引きつらせる乱馬を後ろから見る。
乱馬の視線は左へ……水音がする方向へ。
「……放水があったら死ぬな……」
「おいおいっ、嫌なこと言うなよ!」
「みんなわかってねえよっ!どれだけ危険だと思ってんだ!?見ろよ、この木!こっちも、あっちもだ!全部、水に浸かったあとがある!放水があればここはあっという間に水の中だぜ!?」
「んなこと、ひなちゃんに言えよ」
「……ちっ」
しぶしぶ、といった風で上を見上げる乱馬。
後姿からでもわかる、乱馬は今……全身で”山”を感じてる……。
と、そのときだった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………と、山が動くような、そんな音が響いた。
「おいっ!なんの音だ!?」
「放水!?ダム、放水!?」
「どうすりゃいいんだよ!?おい、ひなちゃんっ!!」
「せっ、先生わかんないーーっ!!」
「おめーら、落ち着けっっっ!!!!」
あっという間にパニックに陥るみんなを沈めたのは、乱馬の声だった。
「この音はダムの放水なんかじゃねえよ。これ、多分……」
呆れたようなため息をつく乱馬を皆が不思議そうに見た、そのときだった。
ぼこぼこぼこっっ!!!という音と共に、地面が急に盛り上がる。
「ここはどこだ」
「良牙くん!?」
「やっぱりおめーか……」
「あっ、あかねさん!?あかねさんがいるということは、ここは天道……」
「山の中だっ!」
そ、そうか……あの音は良牙くんが地中を進む音だったのね。
「あかねさんっ!これ、東北土産ですっ!」
「あ、ありがと……ちんすこう?沖縄に行ってきたのね」
「んなことより良牙!お前どっちから来た!?」
「ん?向こうからだが……それがどうした?」
「上から来たんだな!?」
乱馬ってば、良牙くんは下を指差してるっていうのに。
まあ良牙くんのことだから、きっと反対なんだろうけど……。
「ダムがあっただろ?水量、見てないか!?」
「ああ、かなりのものだったな。あれじゃあ、いつ放水するか……だからダムから離れようと……。って、なんでダムが山の下にあったんだ!?」
「だからおめーは上から来たんだっての!」
良牙くん、ダムから離れようと山を登ってきちゃったのね……。
「ひなちゃん!やっぱりやべえっ!早く下山するぞ!」
「えー?」
「えーじゃねえっ!!生徒死なせる気か!?」
「もうっ、しょうがないなー」
「っ!!!」
ブチブチと音が聞こえそうなほどに青筋を立てた乱馬だったけど、下山する雰囲気を出した先生を刺激しないためか、余計なことは言わなかった。
いつもは余計なことばかり言って先生を怒らせるのに、やっぱり生死がかかるような状況だと頭は自然に冴えてくるのね……。
そのあたりはさすがに格闘家としての才能だと思う。
先生があたし達に指示を出し、方向転換をする。
……そのときだった。
「……なんや、この音?」
「サイレン?山の下で何か……」
「全員、向こうへ駆け上れっっっ!!!」
「早くっっ!!」
切羽詰った乱馬と良牙くんの声に、その場にいた全員が状況を察知する。
サイレンは……ダムの放水を知らせるものだ!
「みんな、早く!登って!!」
「早よせな巻き込まれるでっ!!」
乱馬と良牙くんがテキパキと指示する(良牙くんの方向指示は滅茶苦茶だけど)のを手伝い、あたしと右京も皆を誘導した。
乱馬、良牙くん、あたしと右京。
体力や脚力を考えれば、最後でも十分に駆け上ることが出来る。
……そう、思っていた……。
「よしっ!乱馬っ!あかねさんと右京を!」
「わかった!」
周りの木々の様子から、ダムの放水があっても大丈夫だというところまで駆け上がる。
最後の最後にあった坂は崖のようになっていて、乱馬がひとりひとりを抱え上げては上にいる良牙くんが受け止める、そんなことを繰り返していた。
残るはあたしと右京だけ。
「右京、先に行って」
「ほな、行くわ」
乱馬が右京を良牙くんに渡す。
自分で足場を確保できる分、他のクラスメイトよりは楽みたい。
あたしも足場くらいは自分で……。
ゴゴゴゴオオオオオオォォォォォッッッ!!!
「やべえっっ!!あかね、急げ!!」
「え!?あれ、もしかし……」
「早くっ!!始まったぜ!!!」
放水されたのね!?
いけないっ、早くしなきゃ!!
あたしは乱馬に抱えられた状態で必死に足場を探した。
でも、焦る心があたしの判断を鈍らせる……。
「あかねっ!そこじゃねえっ!」
「え!?!?」
浮いた、と感じた。
一瞬、脳みそが働くことをやめてしまったかのような、そんな感覚。
気がついたときには、崖の途中で無理な体勢をとる乱馬に片腕を掴まれて、宙ぶらりんの状態になっていた。
「……ひっっっ!!」
「ばかやろうっ!下を見るんじゃねえっっ!!」
そんなこと、もっと早くに言ってほしかった。
すでに放水された水が到達している。
真下を轟々と流れる濁流、あんなとこに落ちたら……っっ!!
泳げないあたし、もし落ちたら……なんて考えてしまったのが悪かった。
「あかねっ!あかねっ!?」
「あ、あ、あ……っ」
「落ち着けっ!」
「あ、あああたし……い、いや、いやあああっ!!」
「落ち着けっ!俺がいるだろっ!!!」
「ああああいいいやあああっ!!!!」
「あかねっ!!!」
あとから考えれば……。
もしあたしがこのとき、パニックを起こさずにいたら……きっとあんなことにはならなかった。
辛く苦しい、あんな闇の中へ落ちることは、なかったんだ……。
「あかね、あかねっ!」
「いやあああああっっ!!!」
「……ちっ!!」
最後に聞いた乱馬の声。
それは……。
「良牙っっっっ!!あかねを頼む……!!!!」
乱馬の腕で大きく揺らされたあたしの体は、ふわりと中を浮き……あっという間に良牙くんのところにまで飛ばされた。
良牙くんに抱えられたあたしの目に映ったのは……。
「乱馬ーーーーーぁぁぁっ!!」
あたしを上に放り上げた反動で体勢を崩し、真っ逆さまに濁流へと落ちていく乱馬、だった……。