中編

□信じる心が揺れるとき(完結)
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 ずっとずっと、信じてきたのに……。


「あかねー」
「なびきお姉ちゃん!珍しいわね、どうしたの?」

突然、うちを訪れたなびきお姉ちゃんにあたしは問いかけた。

お姉ちゃんが結婚して家を出てからもう15年。
乱馬が所属する事務所の社長兼マネージャーのお姉ちゃん。
普段から用事があるときは乱馬に言付けるのに。

「ちょっとね。乱馬くん、遠征先から直接天道家に帰るって言ってたから」
「ふーん?」

あたしが乱馬と結婚したのは高校を卒業してすぐ。
子供が出来てあたしは主婦に、乱馬は道場で生徒を教えながら、格闘家として世界中を駆け回っていた。

その乱馬が今夜、1週間の遠征から帰ってくる……。

「なあに?お父さんにでも……」
「いいえ、あかねにプレゼントよ」
「……お金、払わないわよ」
「あんたね、あたしを何だと思ってるの?」
「お姉ちゃんがタダでものをくれるなんてこと、めったにないじゃない」
「そうだったかしら?じゃあコレもいらない?」
「?」

お姉ちゃんが取り出したのは1冊の雑誌だった。
くるくると丸められていて見出しは見えないけど……。

「ほんとは明日発売なんだけどね。乱馬くんの記事が載ってるから先に持ってきてあげたのよ」
「ふうん?なにかあったかしら?」
「ま、ゆっくり読みなさい。なかなか面白いから。じゃあね」
「あ、うん。ありがと」

お姉ちゃんから雑誌を受け取り、あたしは居間へと移った。
と同時に台所から声がした。

「お母さん!お風呂入ってもいい?」
「いいわよ、蒼依。お父さんが帰ってくるのを待っていたら遅くなっちゃうものね」
「うん、じゃあお父さんが帰ってこないうちに入っちゃうね!」

息子が生まれて、娘が生まれて。
その娘も今じゃ16歳。

……あたしが乱馬と出会った年……。

出会った頃は、まさか自分が乱馬と結婚するなんて思わなかった。
こんな風に幸せな家庭を築くことが出来るなんて……。

「……ふふっ」

思い出すのは、乱馬があたしに言ってくれた言葉の数々……。

『す……っ、好きで悪りぃかっ!?』
『おれと一緒になればいいだろ!?』
『幸せにしてやるっつってんだろ!』

いつもいつも、なぜか怒りながら、でも顔を真っ赤にしながら、あたしのそばにいてくれた。
あたしを……引っ張ってきてくれた……。

子供が出来たときもすごく喜んで、すごく心配して。
娘はちょっと溺愛過ぎだと思うけど……まあ、蒼依もそれでいいならいいわよね?

「さて、と」

お姉ちゃんがくれた丸められた雑誌をクルッと手の中で戻す。
ウソかホントか分からないことばかりが書かれている週刊誌……の、見出しには……。



「………………!!!!」



なに、これ……!?



《 早乙女乱馬 白昼堂々 不倫デート! 》


……胸の中に、真っ黒な闇が広がっていく……。



乱馬が格闘界デビューした頃は、こんなことも珍しくはなかった。
そのほとんどは乱馬に似た(髪形の)人だったり、芸能界で売れたい女性が話題づくりに乱馬を利用していたり。

中には一方的に乱馬に付きまとってる人だっていたけど……。
情報が入ってすぐに乱馬はあたしにちゃんと言ってくれた。
あたしだけだと、家族はここにいると……。

「どうして……」

お姉ちゃんが持ってきたんだから、必ず乱馬にだって情報は伝えられているはずよね?
なのにどうして何も連絡をしてこないの!?
どうして……すぐに、否定してくれないの……?



あたしは堪らず、雑誌を手放した。
中身なんて見たくなかった。
だって……。

乱馬が否定しない、ってことは…………。

「……本気、なの……?」

デートした女性と本気で向き合っているの?
本気で……愛しているの……?

乱馬は欲したものを我慢するようなことはしない。
どんな手を使ってでも、必ず手に入れようとする。
無差別格闘流も、格闘界すべてのトップの座も。

贔屓目無しに乱馬は整った顔立ちをしていると思う。
おばさま譲りの顔に、人懐こい笑顔、明るい性格。
しかも……大黒柱としての頼りがいも、しっかりとにじみ出ている……。


……いまの乱馬に、オトせない女性はいないわ……。


ぎゅうっと心臓が鷲掴みにされたように痛くなる。
目を閉じているのに、熱い水滴があとからあとから溢れ出す……。



……あたし、捨てられるの……?



家族が、子供がいるのに?
ずっとずっと、一緒に頑張ってきたのに……?


……こんなにも、愛しているのに……?


「…………っ」

だめよ、まだ泣いちゃだめ!
だって蒼依がお風呂から上がってきちゃう……泣いてるところなんて蒼依には見せられないわ……っ。

ドクドクと大きく動く心臓は、次第に痛みを増していく。
あたしはその痛みを抑えるかのように、泣き声を上げないように……必死になって震える身体を縮こませていた……。


と、そのとき。







ガララッ……――


「ただいまー!あかねっ、起きてるかー?」
「っ!!!」

乱馬の、声……!


一週間の間、ずっと待っていた……ずっと聞きたかったはずのその声に、あたしは応えることもできずに居間で震えていた……。
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