中編

□長き春のそのあとに(完結)
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【R side】


 パーティー、といえば少しは洒落た感じがするんだろうか?
 でもコレはそんな綺麗なもんじゃない。


「乱馬!そっちに焼酎ある?」
「ねえよっ、さっきジジイが飲んじまったっ」
「ええっ!?」

「乱馬っ、日本酒でいいぞー!」
「なに言ってんだ、さっき自分で飲み干しただろうがっ!このクソオヤジ!」

「乱馬くん、ちょっとコレ運んでよ」
「ああ!?九能!?なびきの部屋にブチ込んどきゃいいのか!?」
「冗談でしょ、池の中でいいわよ」
「ったくっ」

アルコール臭がプンプンしている居間。
酒だのつまみだのの片付けはともかく、この臭いはしばらく居間に篭りそうだな……。


今日はなびきの送別会、と言う名の単なる飲み会。


専門学校を卒業して家を出るなびきを見送ろう、というおじさんの提案だったんだが……。
珍しいことに今日は招待客はいなかった。
唯一、なびきと(いつの間にか)付き合っている九能が来たくらい。
ま、色々な奴を呼んで大騒ぎにしたくない、なんて言うなびきの気持ちはわかるけど。

「もうっ、みんなすっかり酔っ払いね」
「しゃーねえだろ、かすみさんとおふくろは台所に篭ってるし。制止する大人が誰もいねえ」
「なびきお姉ちゃん、シラフかと思ったんだけど……ちょっと眠そうだわ」
「カクテル飲むのってなびきだけだろ?空いてる缶、結構あるぜ」
「そっか」

確かに眠そうななびき、珍しいもん見た気分だ。

「そろそろお父さんたちも落ち着いてきて話し込んじゃってるし、片付けられるものはやっちゃおうか」
「だな。多少でも片付けておいた方がいいし」

あかねと2人で袋に空き缶だの空き瓶だのを入れていく。
しっかし……ここが道場じゃなくてよかったぜ。
道場にアルコール臭が残っちまったら、空気の入れ替えに随分かかるからなあ。

……っと。

「あかね、これ持ってけ」
「え?まだ入るわよ?」
「いいから」
「?」

まだ少し入りそうな袋をあかねに渡す。
不思議そうな顔をしながらもあかねは素直にそれを持って台所へと向かった。

「ったく、気をつけろよな……」
「ほんとよね」
「へ!?」

独り言を呟いたつもりが、冷静な返事。

「なびき?」
「大変よねー乱馬くんも」
「は?」

まさか、気が付いた!?

「あんなに胸元が開いた服で、しかも中腰で空き缶なんて集めてちゃね。そりゃあ見えそうよね、乱馬くん」
「……」

はあ……やっぱり気が付いていたか。
っちゅーか、気付いてたんならなびきが言やいいものをっ。
おれがどれだけ自分を抑えてるかっ。

「あんたたち、いまだに何も進展ないわけ?」
「なびきにゃ関係ねえだろ」
「あらー可愛い可愛い妹のことよ?無関係じゃないわ」
「けっ、なに期待してんのか知らねーが、あいにくおれたちには何もねえよ」
「ふーん?」


そう、何もない。
高校卒業して同じ大学に入って。
学部は違うけどいつも一緒、高校時代と同じ。

……なにも、ない……。

わかってるさ、おれがたった一言を言えばいいんだって。
おれはずっとあかねだけを見ているし、多分……それはあかねだって……。

だけど、なんだかんだで言う機会を見つけられなくて。
今じゃそれすらも言い訳だってのもわかってて。

でも……こんな半端な関係が長すぎて、なにをどう言ったらいいのか……。


「辛くないわけ?」
「はあ?」
「だってずっと同じ屋根の下で過ごしてるのよ?」
「べっ、別に……」

ずっと耐えてきたんだ、この気持ちに。
いまさら……。

「気持ちの問題じゃなくて。体の問題の方、ね」
「え……」
「好きな女があんなに無防備に家の中を歩き回ってるんだから。大丈夫なの、その辺?」
「だっ……」

大丈夫なわけあるかっ!
どんだけ風呂やトイレに駆け込んだか!?

「あたしがあかねの代わり、してあげようか?」
「あー無理」
「なによ、失礼ね」
「あのなあ……」

誰でもいいからどうにかしてくれ、なんて思ったことだってあるんだよ、正直。
だけど……もし、もしだぜ?
あかねがおれを少しでも想ってくれているとしたら……それって、すげえ裏切りになると思うんだよなあ……。
あかね、泣かせたくないし。
もし逆だったら、あかねが他の男となんて考えたら……おれは耐えらんねえ。
だから……。

「キスすらしてないの?ほんとに?」
「してねえよっ!」

してねえっつってんだろ!?
大体、したくないわけじゃないし!
おれだってなあ、我慢してんだよっ!

「……難儀な性格してるわね、乱馬くん」
「ほっとけっ」
「お酒でも飲んで酔っ払っちゃえば?案外すんなり進むかも」
「未成年に酒を勧めるなっ」

なに考えてんだ、こいつはっ!

……おれだっていつまでもこのままでいいなんて思ってないんだ。
いつかは、きっとそのうちに……。

「はい」
「へ?」

目の前にニュッと出された缶。

「りんごジュースよ。ずっと動いていたから喉渇いたでしょ?」
「お、おお……サンキュ」
「500円ね」
「……おじさんに払っとく」

ったく、いつまでたってもなびきは変わらねーなあ。

プシュ、という音に違和感を感じることなく、おれはなびきに手渡されたソレをグイと飲み干した。








【A side】


 「乱馬、寝ちゃったの!?」

ちょっと、ウソでしょ!?
もうっ、まだ片付けが残ってるのに!

「ごめんごめん、ジュースと間違ってチューハイ渡しちゃったのよ」
「お姉ちゃん!乱馬はまだっ」
「だから間違っちゃったんだって。でもすぐに気が付いてやめたのよ。少し休めばよくなるわ」
「……」

間違った、って……ほんとかしら?
少し酔ってるとはいえ、なびきお姉ちゃんよ?

「あたし、様子見てくるわ」
「あらあら、良い奥さんねー」
「奥さんじゃないっ!なびきお姉ちゃんのせいじゃないのっ」

パタパタと乱馬の部屋へ向かう。


……そりゃあね。
良い奥さん、なれるならなりたいわよ。
お姉ちゃんの言う通り、乱馬の……。

だけど、親が決めた許婚、なんていう中途半端な関係のせいで……体がすでに動かない。
頭も働かない。
どうしていいのか、わからない……。

高校時代は周囲に囃し立てられて否定しっぱなし。
卒業と同時に、と願っていたお父さんたちには悪いけど、とてもそんな状況にはならなかった。

あたしが乱馬をいつから想っていたのか、今となっては分からないけど……。
きっと乱馬もあたしを、とは思っている。
確信はないけど、それでも……。


「……乱馬?」

そっとドアを開けて乱馬の部屋に入る。
静かな寝息が薄暗い室内から聞こえてきた。

「風邪ひいちゃうわよ、それじゃあ」

無造作に置かれた座布団に頭を乗せ、大の字になって寝ている。
捲れたタンクトップからはきれいに割れた腹筋が顔をのぞかせていた。

乱馬を布団まで運ぶなんて、ちょっと大変だわ。
掛け布団だけでも掛けてあげなきゃ。
今日は疲れただろうし、少しくらいは休ませてあげないと。

乱馬にそっと布団をかける、と。
んー、と小さな声で唸った。

「乱馬?起きたの?」
「……あれ?おれ……」
「乱馬……?」

お酒のせい?
少し声が掠れて……。



ふわ、とあたしの頭に大きな手が乗った。



「ら、乱……?」
「……好きだ」
「え……」

低く掠れた声が、静かにあたしの心に響く。

「乱、馬……」
「好きだ……」

薄暗い中であたしを見つめるその目は、どこまでも深く真剣で……。

「……あ」

力が抜けたあたしを抱き寄せるように、乱馬の手が背に回る。
そのままあたしの体は乱馬の大きな胸に収まった。

「……好きだよ……」
「ら……ん……」

近付く乱馬の顔に、あたしはゆっくりと目を閉じた……。









「好きだよ……」
「乱馬……」

囁くその声に、唇に感じる甘い息遣いに、すっかりと身を任せていた。

……と、そのとき。



「好きだ……………………




 肉まん」






「…………………………………………は?」


ちょ…………え?き、聞き間違い?
…………じゃ、ないわよね…………?


「こ……このっ、ばかーーーーーーーっっっ!!!」


ドゴオオォォォォォォォッッッッッ!!


「……あ」

や、やっちゃったっ。
気が付けば乱馬の頭は床に半分めりこんで……。

って、あたし悪くないわよね!?
だってヒドいじゃない!
キス、ちゃんとしたキスなんて初めてだったのに!!

乱馬のバカバカバカバカバカーーーーッッ!!!
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