短編

□茜色の空に思う
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【side A】


「…………なによ、これ」

って聞くまでもないわね……。

学校から帰宅して、家の中に入った途端に分かったこの状態。
分かっていてもやっぱりそう呟かずにはいられない。

あちこちが鰹節のように削られた柱。
色々なものが散乱する廊下、居間、庭……その他、家中。
人の気配のない……天道家。

そういえば帰りのHR途中でシャンプーが飛び込んできたんだった。
あたしは掃除で少し遅くなったけど……乱馬はすぐに教室を飛び出して逃げたのよね。
きっとどこかで猫になったシャンプーに追いかけられるうちに、自分も猫化したんだわ。
で、家に帰って来て滅茶苦茶やった乱馬から逃げるように、みんなが出かけていった、と。
うん、つじつまが合うわ。

で?その元凶は……。

「……寝てるし」

大の字になってコタツに足だけ入れて。
思わずがっくり膝をついちゃったじゃないのよっ。

どうするのよ、家の中?
誰が片付け……って、そりゃ乱馬がやるべきよね!?
……で、あたしが手伝うことになるんだわ、きっと……はぁ……。

とりあえずこのままじゃ風邪ひいちゃうわね。
ナントカは風邪をひかないっていうけど……。
何かかけるものを持ってきてあげようかしら?
大の字になってるくらいだから、もう元に戻ってると思うけど……万が一、起こして猫化したままだったら面倒だもの。

あたしは近くにあったひざ掛けを手にとって乱馬にかけようとして……気が付いた。



こんなに……腕、太かったけ……?
胸板、こんなに厚かった?
手、こんなに大きくて……ゴツゴツして……。



乱馬の寝顔をじっと見る。
もう2年近くもずっと同じ家にいるのに、寝顔をじっくり見ることってあんまりないかも……。

もうすぐ3年、最上級生になるのよね。
去年、新入生が入ってきてから急激にモテるようになった乱馬。
きっと、今年も……。

友達に言われたセリフが頭をよぎる。

『ちゃんと捕まえとかないと、下級生に取られちゃうよ!?』

そんなこと言われても……乱馬の気持ちなんて分からないじゃない。
あたしが乱馬に言われることなんて決まってる。

ズンドー。
凶暴。
不器用。
それに……かわいくねぇ。

嫌われてるわけじゃない、と思う……。
でも……特別好かれてるわけでもないわよね?
呪泉洞のあとの祝言のとき、好きなんて言ってない、って言われたもの……。

そりゃあたしは……す、好き、だけど……。
告白なんてしてフラれでもしたらどうしたらいいの?
同じ家に住んでるのに、ギクシャクなんてしたくない。
もしギクシャクして乱馬が出て行っちゃったりしたら……。

そんなことになるくらいなら、今のままの方がいい。
うん、絶対にこのままがいい……。



そっと乱馬の頬に触れてみる。
すっと鼻筋が通った整った顔立ちは、おばさま似。
もし……もし、乱馬に子供が出来たら?
やっぱりこんな風にきれいな顔立ちの子供が生まれるのかしら?
それともあたしかな?
こんな風に不器用でズンドーで……。

って、やだっ。
あたし、別に乱馬の子供を生むなんて……。


……いや、じゃない……。
うん。いやじゃない。


なんとなく乱馬の横に寝そべってみた。
見慣れた横顔も、こうしてみると少し違う。
いつもは憎まれ口ばかりで小憎らしい顔ばかりだけど……今は、ただ……。

太い二の腕に少しだけ頭を乗せてみる。
乱馬が気が付かないように、重さをかけないように……。
一層近くなった横顔。
太い首筋に顔を寄せると、ふわりと乱馬の匂いがした。



乱馬の体温が心地良い……。






【side R】


「……へ……?」

ななっ、なんで!?
なんであかねがここに!?

気が付いたら家に帰って来てコタツで寝てた……のはいいとして。
なんで俺があかねに腕枕なんてしてんだよ!?
なんでこいつはこんなにぐっすり寝てんだ!?

えーと、落ち着けよ?
確かシャンプーに追っかけられて……そうだ、水かけばあさんのとこでシャンプーが猫になって。
で……あれ?記憶がねえな……。
あ……もしかして俺!?

周りを見渡すと鰹節になった柱や庭木が見える。
やっぱり俺、猫になっちまったみてえだな……。
ってことはあかねに懐いてたのか?
いや、でもいつもはあかねの膝で寝てるよな……なんで俺……。


「……おい、あかね……?」
「……ぅ……ん……」

おぉーいっ!
なんっだその声はっ!
襲われたって文句言えねえぞっ!?

って……いや、なんでこんな状況になってんのかもわかんねえんだけど……。



去年、入ってきた1年共。
当然許婚である俺の存在なんて知らねーから、あかねに告白する奴が、まー多いのなんのって!

『きっちりあかね捕まえとけよー。じゃなきゃ1年坊主に持ってかれるぞ?』

クラスメートがそんなことをぬかしてたが、どうしろってんだ?
そりゃ俺は……なあ?
祝言のときは照れちまって思わず否定しちまったけど……。

告白でもしろってか?フラれたらどーすんだよ!?
この家にさえいられなくなったらどうしてくれんだ!?

だったら……んなことになるくらいなら……。
……今のままでいい。絶対に。



右腕にかかるあかねの重さが心地良い。
左手でそっと髪に触れると、思った以上にさらりと指を通り抜けた。
頬に触れると柔らかくてあたたかい、すべすべの肌が手に吸い付いてくるようで……。

唇にそっと触れると、柔らかくてあたたかい感触が指に伝わる。

思わず……そう、思わず。
体が動いた。

あかねの頬に口付ける。
そのまま抱き寄せて……。

「……ん……?乱……っ」

無防備に俺のそばにいるあかねが愛しくて。
ぷっくらした唇が欲しくて。

だから……。

「らっ、乱馬?あの……?」
「……あ……」

キスされて戸惑うあかねに我に返る。
俺……何した!?!?

「わっ!わわっ!!あの……ごめんっ!」
「え……」

思わず飛びのいた俺にあかねは不安げな顔をした。

「乱馬……」
「あのっ!思わずっ!っていやいやそうじゃなくて……だから、あの……!?」
「……誰かと、間違えた……?」
「はっ!?」

なっ……何言ってんだ?
間違えた、って……?

ぽろり、とあかねの目から涙が零れ落ちる。

「そうなんだ……そうよね、乱馬があたしに……キス、なんてするわけ……」
「え、いや……あの……あかね、さん……?」
「……っく……ひ……っく……」

コタツに座って顔を覆って泣き出したあかね。
もしかして……もしかして、だけど……。

「……イヤ、だったのか……?」
「いっ、イヤだったのは……ひっく……あんた、じゃないっ!」
「おっ俺はしたかったから……って、いや、あの……」
「やっぱりイヤだったんじゃないっ!いいわよ無理しなくたってっ!」
「いや、だから……だからイヤじゃなくてっ!」
「もういいっ!」

バッとコタツから抜けようとしたあかねに、俺は焦った。

このまま行かせたらダメだっ。
誤解したまんまじゃねえかっ!

立ち上がりかけたあかねの腕を掴んで、思い切り引き寄せる。
体勢を崩して俺に倒れこんできたとこを支えるように受け止めた。

「はっ、離してよっ!」
「なんでだよっ!?」
「イヤだったんでしょう!?誰かと間違ったんでしょう!?あんたなんて……あんたなんて大っ嫌いなんだからっ!」
「……っ!」

なんっっっっで、こいつはこう人の話を聞かねえんだっ!

「なんでイヤなことをわざわざすると思うんだよ!?」
「だっだから……間違ったんでしょう!?誰かとっ!」
「ちげーよっ!」
「じゃあなんであんなことっ…………え……?」
「間違ってねえっ!」
「……あの……え、じゃあ……?」

みるみる赤くなっていくあかねが潤んだ目で俺を見た。
か……っかわいいじゃねえかっ!

「ま、間違いじゃ……ないの?」
「おっ……おうっ」
「あたし、に……したの……?」
「……おめーこそ……イヤ、だったのかよ?」
「……あたしは……っ」

うつむいたあかねの髪の隙間から、真っ赤な頬が見える。
俺の服、胸の辺りをきゅっと握り締めた小さい手。

もし……もし本当にイヤだったら……。
こっこんなこと……しねえ、よな……?

あかねの頬に手を添えて上向かせた。
真っ赤になって俺を見上げるその顔は……多分、きっと……イヤがっては、いない……。

「……乱、馬……?」
「あの……もう一回、いい?」
「え?もう一回って、あの……え?」
「いや、だから……ダメか……?」
「そっそんなこと……」
「……」

覚悟を決めたようにぎゅっと目を瞑るあかねがかわいくて。
真っ赤になった頬に口付けた。
ピクリと反応する身体。

唇を合わせると、痺れるような柔らかい感触が全身を駆け巡った。
力が抜けたあかねをしっかりと抱きしめながら、何度も何度も角度を変えてキスを繰り返す。
呼吸するタイミングがつかめないのか、それとも息つく暇もないのか……たまに漏れる熱い吐息に狂いそうになる……。

「らっ……乱……っ、あの……っ……」
「……」
「みっ、みんな……帰ってきちゃう……よ……?」
「……いいよ、別に……」

どうでもいい。
誰が帰ってこようと、誰が見ていようと。

今のままで良いなんて……ほんとは思ってない。
そんなこと、本当は全然考えてもいない。




あかねは俺の許婚だ。




誰かに渡すつもりなんてない。
離すつもりなんてさらさらねえんだ。

何度も繰り返すキスの勢いのまま、あかねを押し倒した。

「や……っ、乱馬……!?」

恥ずかしいのか、コタツ布団を手繰り寄せるあかね。
けど、俺まで一緒に巻き込むあたり……体勢が悪いのか、単なる不器用なのか?

「だっ……ダメ……っ!」
「……んだよ、俺じゃ……ダメなのか……?」
「だっだって……」

小さな声で口ごもるあかねの口元を見た。
言いにくそうに何かを呟くような動き。

「なんだ?」
「……乱馬の気持ち……わかんないよ……」
「え……」

いっ、今更!?
キスしたのは間違いじゃねえって言ったじゃねーか!
もう一回していいか、って俺は聞いたよな!?
好きでもない相手に、んなこと言う訳ないだろ!
なんでわかんねえんだよ!?

「わっ、わかれよっ!」
「なんで……言ってくれないの……?」
「え、いや……」

俺に組み敷かれたままで目を潤ませる顔……。
やばい。
このままじゃ……絶対泣く!

覚悟決めろっ、俺……っ!!
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