短編
□涙の後は
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あたしの気持ちは、そろそろ限界だ……。
「乱馬、帰ろ」
「あ、いや……先に帰っててくれよ。俺、ちょっと用があるからさ」
「え……うん、わかった……」
待ってようか?というセリフを飲み込んだ。
乱馬が残る理由なんて限られてるから。
部活の助っ人。
追試。
補習。
どれもあたしにはいつも言う。
掃除……は、いつもサボるけど。
乱馬があたしに理由を言わない『用』は……。
告白。
呪泉洞から帰ってきた後、いつも見てるあたしですら分かるほどに……乱馬は、男らしくなった。
見た目はそんなに変わらないのに雰囲気が大きく変わった気がする。
ただでさえ体育祭や球技大会で目立つ乱馬は、以前にも増してモテるようになって。
今日のように告白で呼び出されることが多くなった。
あたしのこと、知ってて告白する子だっている。
相変わらず3人娘に追いかけられている乱馬だから……きっと『本当は本命なんかいない』なんて話になっているのかもしれない。
通学路にある公園のベンチで、あたしはそんなことをボーっと考えていた。
乱馬の本命。
呪泉洞で、あたしかもしれない、なんて夢見た。
でも、帰ってきてからの乱馬は変わらなくて。
あの出来事自体、全てが夢だったのかもしれない……なんて錯覚に陥る。
一度膨れ上がってしまった期待を萎ませるのは難しい。
だったら……あたしから告白すればいい?
……ううん、もしフラれてしまったら……。
きっと一緒に住み続けることは難しいから、乱馬はうちを出て行ってしまう……。
……フラれる……?
あたしが?乱馬に?
3人娘の中に本命がいるとは考えにくい……と思う。
けど……あたしが本命、だとも思えない……。
「乱馬……」
小さく名前を呼んでみても、答えてくれる声はない。
そりゃそうよね……告白で呼び出されてるんだもの。
こんなに早くあたしに追いついてくるはずがない。
こんな状況で答えてくれる男が現れるなんて、漫画じゃないんだから。
そんなことわかってるわ、あたしだって。
わかってる、十分に。
わかってる、けど……。
「……乱馬……っ」
自分が泣いていることに気が付いたのは、名前を呼んだ声が震えていたから……。
「……どうして……っ」
……何も、言ってくれないの……?
呪泉洞で聞こえたと思った乱馬の声は……やっぱり、気のせいだった……?
あたしのことなんて……。
「乱馬ぁっ……」
目を瞑れば思い浮かぶのは、あたしの知らない女の子の肩を抱く乱馬……。
あたしに背を向けて、振り返りもせずに。
これはきっと……近い将来に起こる『現実』。
3人娘でもあたしでもない。
格闘なんかとは無縁の『普通の女の子』が……乱馬を射止めるんだろうな……。
こんなに可愛げがない女、あえて選ぶ必要ないものね?
可愛くもない、スタイルが良いわけでもない、乱馬に優しく……するわけでもない。
ううん。
これでも一生懸命やってるつもりなのよ?
お料理も、裁縫も。
勉強だって……。
乱馬は将来、格闘で生計を立てていくだろうから。
裏から支えるために出来る限りのことをしようと思ってる。
けど、それはあたしの独りよがりでしかなくって。
きっとあたしがいなくたって乱馬は一人でやっていけると思う。
いろんな面で小器用だもの。
だから……乱馬にとって、あたしの存在価値なんてものは……無いに等しい。
「……っ」
溢れてきた涙を堪えようとして……やめた。
こんな夕暮れの公園、見てる人なんて誰もいないわ。
泣いて泣いて、一息ついてから帰ろう。
じゃないと、どこまでも気持ちが落ちていきそうだから……。
零れ落ちる涙をそのままに、膝の上でぎゅっと手を握り締めた。
乱馬にふさわしくない、なんてセリフは3人娘にイヤってほど言われてる。
でも最近は……自分でも、痛烈にそう思う。
格闘家としての才能を見てきた。
弛まぬ努力をしてきたのを見てきた。
どんどんと強く逞しくなっていくのを見てきた。
これからも……見ていきたい。
許される限りは、傍で……。
けれど、きっとそれは叶わない。
乱馬はあたしを必要とはしていないだろうから。
格闘家としても女としても中途半端で。
こんなんじゃ、乱馬にふさわしくないのは当たり前よね……。
「……っふ……ぅぅ……」
……泣いてやる。
泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて……そうしたら、忘れられるかもしれない……。
「……あかね?」
「っ!?」
突然名前を呼ばれて顔を上げる。
……聞きたかった声。
でも、今は……。
「泣いてんのか!?」
「……っ別に……」
「別にって……ひでー顔だな、オイ」
「ほっといてよっ」
「……」
泣き顔を見せるつもりなんてなかった。
だって……面倒で鬱陶しい女だなんて思われたくなかったから。
……でも、気が付くと隣に乱馬が座っていて。
こんなに近寄られたくないときに……。
……こんなに、そばにいて欲しいときに……。
「……あの、さ?」
「……」
「泣いてんのって……俺のせい?」
「うっ、自惚れないでよっ!」
「だ、だってよ……お前、気が付いてんだろ?」
「……?」
「俺が、その……告白されたりしてんのを、さ」
「しっ……知ってるからって……っ!」
「……」
乱馬を見上げると、見たこともないような真剣な目があたしを見下ろしていた。
思わずその深い深い瞳に魅入ってしまう……。
ふ、と……頬に大きくてあたたかい感触を感じた。
「……乱……」
「……」
名前を呼ぼうとして、途切れてしまった。
それくらい……目の前にいる人は、切ない目をしていたから……。
「あかね」
「……?」
「……泣くなよ……」
「泣いて、なんか……」
……あまりにも、乱馬の手が優しくて。
乱馬の声が……あたたかくて。
あたしはゆっくりと……目を、閉じた……。
柔らかくてほっとするぬくもりを、唇で、身体で感じていた。
いつの間にか太い腕で抱き寄せられた身体が、乱馬の鍛え抜かれた胸に収まる。
あまりにも優しすぎるキスに、頭が追いつかない。
ただひたすらに乱馬を感じたくて、身体を寄せた……。
「……ん……」
「は……」
唇が離れ、乱馬と目が合う。
恥ずかしいのに……目をそらすことが出来なかった。
優しくあたしを見つめて、ゆっくりと頬を撫でる乱馬。
「……泣くなよ……」
「うん……」
「俺、いるから」
「……うん……」
「ずっと……いるから……」
「ん……うんっ……」
「……泣くなって言ってんのに……」
「だっ、だって……っく……」
いつからこんなに男くさい顔をするようになったんだろう?
いつからこんなに……優しく優しく、見つめてくれるようになったんだろう……。
あたしが聞いたら、答えてくれる……?
あたしの気持ちに、応えてくれる……?
大好きなその瞳で、優しいその声で……あたしが期待している、返事をくれる……?
「乱馬…………大好き……」
…完…