短編
□甘い香り
1ページ/2ページ
「……げ」
……なんじゃこりゃ。
いや、見りゃ大体の状況はわかるさ。
居間で親父とおじさんとクソジジィが呑んで、グデングデンになって3人揃ってぶっ倒れてやがる。
まったく……バレー部の助っ人を終えて疲れて帰宅したってのに、なんでいきなり家族の醜態を目にしなきゃならんのだ。
ま、俺にゃ関係ねえな。
放っとけ放っとけ。
朝になりゃ目が覚めて自分達で片付けるだろ。
……クソジジィ以外は。
「……風呂入ろ」
ため息をついて風呂へ向かった。
重要な大会が近いとかで、やたらとハードな練習ばかり。
俺は別にその大会に出るわけじゃねーけど、練習相手にはうってつけなんだと。
実際に出る奴らは体を痛めないくらいの練習に抑えてるってのに、何でか練習相手の俺は休みナシで動かされる。
この程度でヘタれるような鍛え方はしてないが、疲れるもんは疲れるんだよな……。
汗を流してすっきりして風呂に浸かると、体の芯から一気に疲れが抜けていくようだ。
そのままぼんやりと今日の練習や明日の予定なんかを考えてる。
しばらく目を瞑って体を包むお湯のぬくもりを感じていると、脱衣所が開く音がした。
「乱馬くん」
「はい?」
柔らかい声。
かすみさんの声だ。
「お父さんとおじさまは大丈夫だと思うんだけど、とりあえずあかねちゃんだけでも部屋に連れて行ってもらえるかしら?」
「へ?あかね?」
「ええ、居間の端で丸くなって寝ちゃってるのよ。起こそうとしても起きなくて……もしかしたら少しお酒を飲んでしまったのかもしれないわ」
「酒だあ!?なにやってんだ、あいつ?」
「いつもはお酒なんて飲むような子じゃないんだけど……。お願いね、乱馬くん」
「あ、はあ……」
どうやら居間にあかねもいた様子。
全然気が付かなかったぜ……。
酒飲んで寝てるって、あいつ……明日の学校は大丈夫なのか?
「おい、あかね」
「…………」
「おーいっ。あっかねーっ」
「…………」
でかい声出そうが揺さぶろうがピクリともしねえ。
顔色からすると……結構飲んじまってるみたいだ。
いつもは絶対にこんなことしねーのに……どうしちまったんだ?
「……ったく、しょーがねーなー……」
かすみさんが掛けたであろうタオルケットごと抱きかかえて、あかねの部屋へ向かう。
しっかし……。
いつも思うけど、なんでこいつはこんなに軽いんだ?
あんだけ格闘やってんだから、かなりの筋肉がついてるはずなんだけど。
足腰、ほっそ。
肩、華奢。
ベッドに横たえて、じっと顔を見る。
起きてる間はずっと俺に怒ってるあかねも、寝てると静かなんだな。
まあ……バッサバッサとタオルケットを跳ねのけちゃいるが。
膝丈のジーンズから伸びた白い足とシャツから伸びた細い腕が、たまに大きく動く。
寝相……わりーな、やっぱ。
「……んんーーーー……乱、馬ー……」
「お?なんだ?」
むにゃむにゃと動く唇から俺の名が出て、思わず反応。
「……が……ハゲちゃった……」
「……おいっ!」
なんっだ、その寝言はっ!
親父か、俺はっ!
ぴしっ!とデコピンすると顔をしかめて苦悶の表情を浮かべた。
……そろそろ起きるか……?
「……ん……むー……?」
「お。起きたか?」
「……乱馬?」
「おうっ」
うっすらと目を開けてぼんやりした顔で周りを見渡す。
しばらくして俺の顔をじっと見た。
「あたし……なんで?」
「なんでって……親父共と酒飲んで寝ちまったんだろ。ここまで運んでやったんだから感謝しろよな」
「お酒?……飲んでない……」
「そんな赤い顔で何言ってんだっ。明日学校あるんだぜ?」
「……飲んでないもん……ジュースだけだもん」
「ジュースだ!?」
ジュースって酔っ払うんだっけか?
……んなわけねーな。
あかねからする香りが甘い。
だから多分……。
「ジュースだって言われて酒飲まされたんだろうな」
「……頭痛い……」
「だから酒飲んだんだって」
「……飲んでないもーん……」
「もーん、ってお前…………はぁ、もういいや」
このまましゃべってても埒が明かねえ。
心なしか目が据わってるようにも見える。
「さっさと寝ろよ。おめーが寝坊したら俺まで遅刻するんだからな」
「…………」
突っ込みもナシかよっ。
ぼんやりした顔のあかねに背を向けてドアノブに手を掛けた。
「……ねー、乱馬?」
後ろから掛けられた声に振り向くと、あかねがふんわりと笑って俺を見ていた。
酒でほんのり赤くなった頬、クネッと横たわった身体。
ウエストからヒップにかけてのラインが……妙な色気をかもし出す……。
「なっ、なんだよ……?」
くすくす笑いながら手招きするあかねに吸い寄せられるように傍に寄った。
上目遣いで俺を見上げるあかねにドキドキしながら、出そうになる手を必死に後ろに隠す。
「なんだよ、あかね?」
「ねー、乱馬」
「だからなんだよっ?」
俺の服の裾を掴んで、ニッコリ。
「ちゅー、したい……?」
「…………は?」
な……何!?
何言われた、今!?
ちゅっ……ちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅーっ!?
俺はねずみかっ!
って、ちっがーーーーーうっ!!
ねずみってなんだっ!
いやっ、ねずみなんてどうでもいいっ!
そうじゃなくて今はあかねが言ったことがだからちゅーって何かわからなくていや分かるんだけどなんちゅーかあかねは酔ってるわけだから本気にしちゃいかんと思うけど本気にしてもいいかななんていやでもやっぱ酔っ払いの戯言だと思った方がいいんだろうけど俺としてはあああああああ考えがまとまらねえっっっっっ!
いいのか、しても!?
いいなら俺は我慢しないで……って、今まで我慢してたのかよ、俺っ!
「い……っいいいいいいのかっ!?」
「んふふーーーっ……」
いいのか!?いいんだなっ!?
ニヤけたあかねの顔、あごに手をかけた。
顔を近づけて頬を指でなぞる。
は……と甘い吐息が俺の顔にかかった。
うっとりしたように目を閉じたのを確認してそっと唇を寄せて……。
ぐーーーーーーーーーーーーっ。
「……っっっっ」
わっ、忘れてた……。
俺、メシ食ってねえっ!!
思いっきりでっかく鳴った自分の腹の音。
せっかくいいとこだったのによっっっ!
と、そこまで考えてハッとした。
……あかね、呆れてるんじゃ……!?
腹の音で思わずそらしてしまった視線を、あかねに戻した。
俺の目に映ったのは……呆れかえったあかね……。
「……くー……」
ではなく。
ぐっすりと、眠り込んだあかね。
「ぉおいっ!起きろ、こんにゃろっ!」
「…………」
頬に触れてた手で、グニッとつねるも無駄で。
力なくクッタリと俺に身を預けて眠るあかね。
おいおいおいおいっ!
どうしてくれんだよ、俺の期待をっ!
せっかくせっかくせっかくせっかくっ!
あーもーこんなチャンス二度とねえっ!
くっそーーーーっ!!
とはいえ。
寝てるあかねに手を出すのも気が引けるし。
んなことバレたら絶対に殴られるし。
大体……覚えてねー、かもしれないし……。
せっかくなら、ちゃんと覚えてて欲しいし……。
ため息つきながらベッドに寝かせて布団をかける。
今度はちゃんと起きないように静かにそっと……。
むにむにと動く唇に目がいかないように……。
「……おやすみ」
「……ん……」
翌朝。
頭痛を堪えながら起きてきたあかねが、昨夜のことを全く覚えてなかったことが発覚。
どうもジジイがカクテルを飲ませたらしいが……そこからすっぱりと記憶が抜け落ちてるんだと。
だったらキスしときゃよかった。という思い。
やっぱり思い留まってよかった。という思い。
両方の思いが交錯する、が。
やっぱ……するならちゃんと、だよな!?