短編

□親心と恋心
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 答えはまさかの誰かさんだった。


「パパ!パパッ!!」
「どうした、凪?」

父親の元へ駆けていくのは、九能 凪、5歳。
可愛い盛りの女の子である。

「ねえパパ、なぎ、かわいい?」

新品の服を着て、くるりと回って見せる凪に夫が目を輝かせた。

「僕の娘が可愛くないわけないだろう、凪よ!お前は世界一可愛いぞっ!!」
「よかったっ」

にっこりと笑って抱きしめようと伸ばされた父の手をすり抜ける。

「ママ、明日の服、これにする!」
「そっ。汚さないように掛けとくのよ」
「はーいっ!」

きれいに伸ばされた髪がふわりと揺れた。
パタパタと子供部屋へと駆けていく後姿を見ながら、先ほど肩透かしを食った夫が話しかけてきた。

「そうか、明日の服を決めていたのか」
「そうよ。久しぶりに天道家に行くから、きっと楽しみでしょうがないのね」
「ふん……祖父母に会うというのはそんなに楽しみなものか?さっぱり分からん」

首を傾げる変態……じゃなかった……夫は、昔とは比べ物にならないほどに落ち着いたように思う。
まあ変態具合は変わらないけど。
少なくとも事あるごとに木刀を突き出すことはなくなった、ような気がする。

「あたしは凪を寝かしつけてくるわ」
「うむ」

一端の父親みたいね、などと他人のようなことを思ってしまったのは置いといて。
少なくとも凪には良い父親のようだ。
何事もまずは父親に報告しているようだから。

コンコン、とノックして子供部屋へ入ると、凪があわてた様子で机の上の紙を隠した。
ピンク色のかわいらしい紙。
服を買った時に、ついでに、とねだられて買ったものだ。

「あら、何を書いてたの?」
「ママは見ちゃダメ!ひみつっ!」
「ふーん?」

ま、子供のやることだから…そんなに追求することもないわね。

「さ、ねんねの時間よ。ベッドに入りなさい」
「はいっ」

寝かしつけるといっても、すでに夫婦の寝室とは別に子供部屋にもベッドが置いてあるから。
ベッドに入るのを確認する、っていうだけの事。

「……ねえ、ママ?」
「なあに?」
「ママは、どうやってパパと結婚したの?」
「どうやって、って……そうねえ……」

子供の質問は時に難解だ。
特にあたしに対してのこの質問は、今までで一番かもしれない。
まさか子供に『なりゆきよ』なんて言う訳にもいかないし。
事実を伝えればいいってもんじゃないわよね……。

「パパは、ママのどこが好きなの?」
「え?パパ?」

あたしと九能ちゃんは、二人で始めた会社の事業拡大の際に、面倒だからと一緒に住み始めた。
で、成り行きで今に至る、なんてことを子供に言ったら結婚への夢が台無しよね?
さて、どうしよう?

「今日はどうしたの?何かあった?」
「ん、と……」

言い難そうな凪の顔をじっと見ると、ほんのりと頬を赤く染めている。

「わかった!好きな子でも出来たのね!?」
「マ、ママっ!もうっ!」

真っ赤になった顔を毛布で覆う凪。
ちょっと小さいけど、立派に『恋する女の子』だ。

「はいはい、ママは行くからね。ちゃんと寝なさいよ」
「……おやすみなさい」
「おやすみ」

パタンとドアを閉めて居間へ向かった。
たった今の会話を夫に教えると、真っ青になって『相手の家柄は』だの『祝言はいつだ』だの……。
子供の言う事をまじめに受け取ってあたふたしている。
変態だけど割と何事にもまじめなところ、あたしは嫌いじゃない。

さて、凪の相手は……幼稚園のシュウくんかしら?それともユウタくん?
……まさか……あかねの子……?

あかねと乱馬くんは卒業してすぐに結婚、子供が出来た。
今はもう8歳になる。
良くも悪くも乱馬くんに似た元気な男の子、蒼馬くん。

うん、確かに天道家に行ったときには凪とよく遊んでくれる。
女の子は年上にあこがれる時期があるから、きっとそうだわ。
凪は明日のために服を新調してるくらいだもの。
これは……明日がちょっと楽しみだわ。

あたしは明日、天道家であたふたする夫を想像して笑ってしまった。







「こんにちはーーーっ!」

凪の大きな声に反応するように、蒼馬くんが出てくる。

「おじさん、なびきさん、こんにちはっ!」
「蒼馬だーっ!」
「凪、おっきくなった!?」
「なぎ、もう大人だもんっ!」

楽しそうに言い合いながら道場へ向かっていく2人の後姿をみていると、よう、とかなんとか言いながら乱馬くんが顔を出した。

「なにやってんだ?入れよ」
「一応、嫁に出て行った身だからね。遠慮してんのよ、これでも」
「遠慮なんて性格してたか!?いいじゃねえか、生まれ育った家なんだからよ」
「じゃ、遠慮なく」

家に上がるあたしと九能ちゃん。
一瞬、乱馬くんと九能ちゃんの間に火花が散った気がしたけど、気にしない。
高校時代はいつもいがみ合ってた二人だけど、お互い結婚してからは表立った喧嘩は……してない、と思う。

「ちょっと乱馬くん、まさか今夜の食事って……」
「あかねとおふくろが作ってる。邪魔すんなよ。邪魔したらおかしなことになるからな」
「……あかねのことはおばさまに任せておけ、ってことね?」
「そういうこと。あとでかすみさんも来るんだから大丈夫だろ」

あたしと乱馬くんの会話にあかねが出たとこで、九能ちゃんの目が光る。

「なに!?今夜は天道あかねの手料理か!」
「早乙女!あかねだっ!いつまで言ってやがる!」
「うおおおおおっ!天道あかねの手料理!ぼくのためになんていじらしいっ!」
「おめーのためじゃねえっ!」

誰のためかはともかく、よくもまあ妻の前でそんなこと言えるわね、全く。
この辺が本当に変態……というか、変人よね。

「凪は?蒼馬と道場か?」
「ええ、いつも蒼馬くんに遊んでもらって楽しいみたいよ」
「そっか。蒼馬も凪相手には無茶なことしないしな。良牙んとこの悠牙とはいつも無茶苦茶だけどよ」
「いいじゃない、男の子同士なんだから」
「そりゃそうだ」
「凪に手を出したらただでは済まんぞ」
「九能先輩も一端の父親になってんじゃねえか。でも、んなもん蒼馬に言えよ。俺に言ったってしょうがねーだろ」
「早乙女乱馬の息子だからな、女をはべらせるような男に凪はやれん!」
「はべらせてねえっ!っつーか、二股かけてたお前が言うな!」

九能ちゃんは昨夜のことがあるからか、どうも蒼馬くんに目をつけてしまったらしい。
言い合う男共をよそに、やってきたかすみお姉ちゃんとともに夕食の支度をする。
料理はおばさまとあかねが作り、そこにかすみお姉ちゃんが作ってきてくれたものが加わる。
テーブルに運んでいると、お父さんやおじさまが子供達を連れてきた。
どうやら道場で一緒に遊んでいたらしい。

久しぶりに大人数で食卓を囲む。
凪はこんなにたくさんの大人に囲まれて、恐縮してしまうかテンションが上がりっぱなしになるんじゃないか、と思ったら……。
蒼馬くんが上手く相手をしてくれている。
女の子に対して器用なのかしら?
え、誰の血筋?

たまに九能ちゃんが蒼馬くんに対して送る鋭い視線以外は、おだやかに楽しく夕食の時間が過ぎていった。
乱馬くんが蒼馬くんを、あたしが凪をお風呂に入れると、二人ともあっという間に寝入ってしまった。
それぞれを寝室と客間に寝かせ、あとはお酒飲みながら大人の時間。

そして昔の話に花が咲く中、ふと乱馬くんが呟いた。

「あ……忘れてた」

カサッとポケットから何かを取り出す。

「乱馬くん、その紙……」
「ああ、さっき凪に貰ったんだよ。あとで読んで、なんて言われたからよ。すっかり忘れてたぜ」

見覚えがある、そのピンクの紙。
確か昨日、凪が……。

カサカサと紙を開き、眉を寄せて読む。
5歳児が書いたものだから、絵でも字でも読むのに少し時間を要するのよね。

やがて乱馬くんの目が驚いたように大きく開いた。
そして軽くプッと吹き出し、にやりと九能ちゃんを見た。

「『らんまおじさんのおよめさんにしてね』だとよ」
「なっ、なにぃっ!?」

九能ちゃんがひったくるように紙を奪ってじっくりと読む。

「きっ……貴様ぁっ!天道あかねだけじゃ飽き足らず、凪にまで手を出したのかっ!」
「出してねえっ!てか、早乙女あかねだっ!」

あら、久しぶりに九能ちゃんの木刀姿を見たわ。
くっくっく、と笑いを堪えながら相手をする乱馬くん。
昔と違うのは……乱馬くんが世界的な格闘家になっているってことかしらね。
九能ちゃんが敵う相手じゃなくなってる。
九能ちゃんもそれを分かっていて挑むんだから、気持ちだけは大したものだわ。
ま、あたしは乱馬くんの強さよりも、意外にも発揮された九能ちゃんの経営術のほうが好みなんだけど。

って、ちょっと待って?
凪の恋のお相手は乱馬くん?
ちょっと……憧れにしても年上過ぎないかしら……。

じゃれあっている(?)九能ちゃんと乱馬くん。
そして……難しい顔をしているあかねを置いて、あたしは客間へ行って凪と眠りに入った……。




翌日。
帰宅してからこっそりと凪に聞く。

「凪、乱馬おじさんがいいの?」
「だって……パパより若いし、パパよりかっこいいんだもん。パパより有名だからいっぱいお金持ってきてくれそうだし」
「……お金は自分で稼ぎなさいよ……」

お金、の一言は私のせいかしら?
少し罪悪感を感じるわね……。
でもそれはともかく。

パパより若くてかっこいい、の部分は……九能ちゃんには言わないでおこう。
あまりにも不憫な夫をエステにでも連れて行こうか、と真剣に悩んだあたしだった…。

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