短編

□惑わせて戸惑って
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【A side】

「メイクさん!?」
「そうなの!真剣に考えてみようと思って……」

ゆかのセリフにあたしは聞き入ってしまった。

3年に進級し、みんなそれぞれ進路を決めていく。
その中であたしはまだ自分の道を決めることが出来ずにいた。
もちろんその原因は……許婚である乱馬の進路を知らないから。
……なんて、言い訳かしらね……。

「で、あかねにお願いがあるのよ」
「なぁに?出来ることなら協力するわよ」
「あのね、実は…………………………………………」

「……ええっ!?そっ、そんなの……ほんとにやるの?」
「まかせてよっ!というか早い話が練習台、なんだけどね」
「うーん……うん、わかった。やるわ」
「ありがとうっ!じゃあ日曜にお願いできる?」
「ええ、いいわよ」
「よかった!よろしくねっ」
「うん、こちらこそ」

ゆかの『お願い』を承諾した。
それが忘れられない一日になるなんて……思いもしなかった……。





「……えっ……これ、誰!?」
「あかねに決まってるじゃない!ね、どうどう!?」
「どうって……あたしじゃないみたい……」

目の前の鏡に映るのは、セミロングのカツラをつけた女の子……ううん、『女性』だった。
ゆかの練習台として、薄化粧でどこまで別人になれるか?なんて実験に付き合っていたわけだけど……。
自分でもまさかこんな風になるなんて!

「……信じられない。あたし、こんな風になるんだ……」
「せっかくだからちょっといつもと違う服を着てみたら!?うちのお姉ちゃんの服、借りてあるんだよねっ」
「ええ!?だって……」
「いいからいいから。ほらこれ、着てみて!」
「ちょっ、これ!?本当にお姉さんの!?」

ゆかが手にしている服にはなんとなく見覚えが……。
そう、乱馬がよく着ているチャイナ。
の、ワンピース。

って!絶対絶対お姉さんのじゃないでしょ!?

「まあまあ、着て着て!」
「うー……っ」

鏡で自分を見てみた。
腑に落ちない部分はあるけど……すごくキレイ、なのよね。
自分じゃとてもじゃないけどここまでうまくはできない。
自分で見たって別人みたいだもの。

「仕方ないなぁ……一回だけだからねっ、今日だけ!」
「わかってるって。ね、早く着てみて!」
「わかったわよ……」

しぶしぶ、その服を着る。
ちょっと……丈が短い……ってちょっと待って!
丈どうこうじゃない!すっごく深くまでスリットが入ってる!

「ゆかっ!これ……っ!」
「あ、ぴったり!すごーい!似合ってるよ、あかね!」
「に、似合ってるとかよりも!これっ!」
「セクシーじゃない。あかねってば色っぽいわよー」
「え……ほ、ほんと?」

色気がねえ!とは許婚の常套句。
もしかして……この格好を見たら、少しは見返せるかしら!?
いやいや、見せるつもりもないけどね!?

「あかね、そのままちょっと出かけてみない?」
「い、いやよっ!恥ずかしいんだから!」
「えーちょっと外に行こうよー。自分がした化粧、道行く人々にどう写るか観察したいの!ね、お願いっ」
「…………」

道行く人々って……なんて大げさな。
でも、協力するって言ったのはあたしだし……。
……ええいっ、ままよ!

「少しだけだからね!すぐ戻るわよ!?」
「ありがとっ!やっぱりあかねは頼りになるわね」
「そんなこともないけど……」

ご丁寧に靴まで用意されてるあたり、ゆかったら計算づくって感じがするわ。
もうっ、恥ずかしいなぁ。







「もう帰ろうよ、ゆかぁ」
「もうちょっと、もうちょっとだけ!」
「早くしてよ……」

ショッピングは嫌いじゃない。
こういう賑わったショッピングセンターだって、結構よく来る。
あたしだって女の子だもの、嫌いどころかむしろ好きなほうだと思う。
だけど……なんだかすれ違う人がみんなあたしを振り返って笑ってるのよ!
もう、すっごく恥ずかしいんだから!
絶対似合ってないんだわっ、きっと変なのよ、あたし!

「あかね、気が付いてる!?みんなあかねを振り返っていくのよー」
「わかってるわよっ、笑われてることくらい!」
「え、何言ってるのよ?あかねがキレイだからに決まってるじゃない」
「そんなわけないわよっ。ねえ、早く帰ろうよ」
「もう少しだけ付き合って?ね!?」
「…………」

もうっ、本当に恥ずかしい……。

と、そのときだった。

「あれ、ゆか?」
「え?あっ!乱馬くんじゃない!」

なななっ、なんで乱馬がショッピングセンターにいるのよ!?
人混みは苦手じゃなかったの!?

あたしは思わずゆかのうしろに隠れた。
こんな似合ってない格好、乱馬に見られたくないっ!
カツラつけてて良かった……顔さえ見られなければバレないわ……。

「乱馬くん、なんでここにいるの?ひとり?」
「ああ。ここのクリーニング屋におふくろの着物を持って来たんだよ」
「へー、おつかいか」
「なんか小学生みたいだな、その言い方……。ゆかは買い物か?」
「うん、あ、そうそう!」
「きゃあっ」

ぐいっとゆかに腕を引っ張られ、前に押し出される。
予想外のことにあたしは躓きながらゆかの前に出た。

「おっと、大丈夫か?」
「え?」

体勢を崩したあたしの体に太い腕がかかる。
しっかりと支えられて、あたしは戸惑いながらも乱馬を見上げた。

「へ……?」
「?」

目を丸くしてあたしを見る乱馬。
いつもとは違うその目に、あたしは嫌な予感がした……。

「ちょうど良かったわ、乱馬くん。あとは任せた!よろしくねー!」
「あっ、ちょっと!ゆかっ!」
「おいっ!ちょ……っ!?」

突然のことに立ちすくむあたしと乱馬を置いて、ゆかがさっさと走り去っていく……。
呆然とするあたしの肩を、乱馬が遠慮がちに叩いた。

「なあ……俺、どうすれば……?」
「どう、って……」

その、困惑した顔。
あたしの『嫌な予感』がどんどん大きくなっていく。

まさか乱馬……あたしだってこと、気がついてない……?

「え、と……あ、あなたは……?」
「は!?ら、乱馬……」

ええ!?ちょっちょっと!?
何言ってんだ、おめー?とかいう返事があると思っていたのに!
本当にあたしだってわかってないの!?
た、確かに自分で見ても別人みたいだけど……。

……ううん、ちょっと待って。
これってチャンスじゃない?
乱馬があたしを別人だと思っているのなら、もしかしたらいつもとは違う乱馬を見られるかも!
それに……普段は絶対絶対絶対にできないけど。

甘える、チャンスかも……。

あたしは乱馬に別人と思われていることに高揚して、大胆になっていった。

「ねえ、どこかに連れて行って?」
「へ!?ど、どこかって?」
「楽しいところへ」
「んなこと言われても……」

激しい動揺と困惑が顔に出てるわよ、乱馬。
というか、なんで断らないわけ!?
なんで知らない女にホイホイついて行こうとしてるのよ!?

「ったく、どうしろってんだよ……」

ため息交じりの呟き。
嫌がってる、わけでもなさそうだけど……喜んでるわけでもなさそうね。
じゃあ……これなら、どう?

思い切り、乱馬の腕に抱きついてみた。

「おわっ!なっなんだよ!?」
「……いや?」

あえて上目遣いで見上げてみる。
そう、いつものシャンプーのように……。

「いいいいっいやじゃ、ねえけど……」
「……彼女に、見られたくない……?」
「誰だよ、彼女って?」
「……」

……なによ、その即答?
彼女なんていないって?
それとも……たくさんいるガールフレンドの中の誰のことか聞いてるわけ?

「じゃ、行きましょ」
「へ?どこに?」
「ふふ、こうしてるとデートみたいね?」
「で……っ!?」

戸惑う乱馬の腕にしがみついたまま、あたしは強引に歩き始めた。
こうなったらとことん乱馬の本音を引っ張り出してやるんだから!
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