短編

□言われてみたい
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『今夜は帰りたくない』&『あたしじゃダメなの?』編


【R side】


狭いワンルームで、あかねと2人。
高校時代には考えられなかったな……。



高校を卒業してから俺は推薦で体育大学へと進んだ。
天道家から通うのは大変だったから一人暮らしをしている。

高校時代から変わらず俺とあかねは『親が決めた許婚』のまま……。
そんなあかねと離れるのは不安だった。
離れる前に気持ちを伝えようともした、けど……なんとなくバタバタとした喧騒の中で時間だけがただ無駄に過ぎていった……。

そのあかねは家から通える短大へ進んだから、相変わらず天道家に住んでいる。
それでも……なんだかんだと理由をつけて俺のところへ来る。
週に1度はあかねが俺のところへ来るから、俺は天道家に行く理由もないまま、半年が過ぎていた。


「で、そいつらがよー……」
「ね、乱馬?」
「あ?なんだ?」

おふくろが作った煮物を持ってきたというあかねに大学の話をしていると、突然あかねに遮られた。

「あの……その、ね?」
「だから、なんだよ?……どうした?」

あかねの思いつめたような顔に、俺はハッとした。
何か言いたげな、どこか寂しそうな顔。

「あの……乱馬の大学って、あの……共学、よね……?」
「は?ああ、そうだけど?」
「えっと、その……」
「誰か知り合いでもいるのか?」
「違うのっ、そうじゃなくて、あのっ」
「?」

どうしたってんだ?

「あの……なんで、帰ってこないの……?」
「帰ってこないって、天道家にか?」
「うん」
「だってお前がしょっちゅう俺のとこに来るからよ。必要なものはあらかた持ってきてくれるだろ?別に俺が天道家に行かなくても……」
「だっ、だって、おばさまだっているんだし……」
「ガキじゃあるめーし、んな理由で帰るかよ。めんどくせー」
「……」
「それが大学となんか関係あるのか?」
「……」

沈黙。

……あれ?俺、なんか変なこと言ったか?
別に何も言ってねえよな?
え、あれ?
あかね……俯いちまって震えてる……なんで!?

「お、おい……?あかね、さん……?」
「あたし、が……」
「へ?」
「あたしが、来なかったら……?」
「あかね?」
「あたしが来なかったら……乱馬は、帰ってくるの……?」
「そりゃあ必要なものがあれば取りに……って、おい?泣いてんのか!?」
「……っ」

胸のところで両手をギュッと握り締めて、顔を上げないあかね。
震える声から泣いてるのがわかる。
下から覗き込もうとすると、すっと顔をそらされた。

「お前、今日なんかおかしいぞ?」
「おかしくなんかないもんっ!」
「おかしくない、ならいいけど……」

って、どう見てもおかしいだろ!?
言ってること繋がってないし、俺を顔合わせようともしないし。
そろそろ終電の時間も近いし、帰らせるか……いや、でもなんか心配だな。
うん、家まで送っていくか。
あとは俺がタクシーででも帰ってくればいいんだし。

「あかね、そろそろ終電だから行こうぜ?今日は家まで送ってくよ」
「え……」

顔を上げたあかねにドキリとした。
こんな風に思っちまうのはどうかと思うけど、それでも……。


泣き顔が、すげー……色っぽい……。


「あ、あたし……」
「どっどした?」
「かっ…………たく、な……」
「なに?」

パッと俯いちまったあかねの声は切れ切れで小さくて、よく聞こえない。
俺はあかねの口元に耳を寄せた。

「……っ!?あかね!?」
「……っっっ」

突然、俺の服の裾を握り締めた小さな手……。
今度ははっきりと聞こえた、あかねの声。




「帰りたく、ないの……っ」




「え……」

なっ……なんだそれ!?
なんで!?え、なんで!?
なんで突然!?
帰りたくないって帰りたくないって帰りたくないって……はあーーーーーっ!?!?

「あかねっ、おま……っ」
「だめなの!?」

俺の胸元から見上げる大きな瞳、大粒の涙……。

だっ、だめなわけねーだろうがっ!
けどけどけどっ……いっ、いいのか!?

「あたしっ、かわいくないから……不器用で、寸胴で……色気もない、から……」
「いやっ、それはっ」
「大学でっ、彼女……できたの……っ?」
「は!?」
「だから、帰ってこないの……?」
「いやいやっ、違うって!」

なんでそうなるんだ!?
彼女!?
あかねがいるのに!?

んなわけねーだろうがっ!

「ふっ……ぅぅっ……」
「なっ、なんで泣くんだよ!?」




「……あたしじゃ、だめなの……?」




な…………っ!?

心臓が、止まった気がした。
鷲掴みにされて、ぐっと握り締められて……心臓から身体の奥まで《あかね》に占められる……。

俺の服を握り締めて、胸元から涙ながらに見上げられて。
心なしか、すり寄せられる柔らかくてあたたかい身体……。

「……乱馬ぁ……」
「おっ、おま……っ、あの、な?その……っ」
「……」

見惚れてた、半開きのふるりとした唇に。
あかねの身体から感じられるぬくもりと香りにおかしくなりそうになりながらも、俺はブチ切れそうな理性を必死になって保っていた。

その唇が……閉じられた。
俺を見上げてた大きな目が伏せられて、あかねの手が、身体が……離れていく……。

「……だめ、なのね……」
「へ?」
「あたしじゃ……だめなんだ……」
「おいっ、ちょっ」
「ごめんね、あたし帰るっ」
「はあっ!?」
「もうっ……もうっ、来ないからっ!」
「!?」

俺が呆然としている間に、手早くかばんを引き寄せてドアへ走る。
起きた出来事の展開の速さに頭が追いつかない。
それでも……。


もう、来ない!?


それはもう俺には会わないってことか!?
……そんなこと、させてたまるかっ!!


「あかねっ!」
「っ!!」

ドアノブにかけられたあかねの手を後ろから握り締めた。
そのまま細い腰を抱き寄せる。

……ぬくもりが、すっぽりと俺の身体におさまった……。

「は、はなし……っ」
「もう来ないってなんだよっ」
「迷惑なんでしょう!?あたしじゃ、だめなんでしょう!?」
「誰も言ってねーだろ、そんなことっ」
「顔に出てるわよっ!困ってたじゃないっ!」
「ああ困ってるよっ!当たり前だろっ!」
「だったら離しなさいよ!もうあんたの顔なんて……っ……!?」

……立ち上る香りに、クラクラする……。
唇の柔らかい感触と、抱き寄せた身体のぬくもり。

一瞬、大きく見開いたあかねの瞳が……うっとりと、閉じていった……。

ふにふにとした唇を何度も味わう。
時折漏れるあかねの吐息に心臓がバクバクと暴れだす。
いつの間にかぴったりとくっつくあかねの身体……。
ぎゅっと抱きしめる腕に力をこめた。

「……乱、馬……」
「……この、ばか……」
「なによぉ……」
「帰りたくねえなんて、んなこと言われたら……我慢、きかねーだろうが」
「え……?」
「だからっ、その……あかねが嫌がっても、俺……」
「あ……」
「だっだから!泣かせたら、困る、から……」

少しだけ困ったような顔で、あかねが俺の胸に顔を埋めた。

「そっ、そんなの……乱馬なら……」
「……は……?」

え!?
俺なら!?
俺、なら!?いいのかっ!?

「あの、ほんとに……?」
「だからっ、だから……かっ帰りたくない、って……」
「……っ!」

ぅぅうおおおおぉぉっ!!
いいのか!?
ほんとに!?

あかねをあかねをあかねを……だだだ抱い……っ!!

ああああ、早まるなムスコッ!!
落ち着け落ち着けっ!

「乱馬……?」

不安げに俺を見上げるあかね。
やべえ……本気で、溺れそうだ……。

「……大事に、するから」
「……うん」
「ずっと一緒だから」
「……うんっ」

ぎゅっと抱きしめると、あかねが俺の胸に頬をすり寄せた……。




明日、一緒に天道家に行こうか。
そんな話をしたのは、夜中だったか明け方だったか。

さらりとした髪が頬に触れる、そんな距離だった……。
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