短編

□一夜限りの……
1ページ/2ページ

【A side】



おじいさんの顔がいつもと違うことに、あたしは即座に気が付いた。



「わあっ、今夜は肉じゃがね!美味しそうっ」
「あら、乱馬くんは?」
「今日はバスケ部よ。大きな大会前だから、練習相手に借り出されてるの」
「じゃあ乱馬くんの分は台所にとっておくわね。帰ってきたら教えてあげてちょうだい」
「うん、わかったわ」

それはいつもの夕食風景。
何も変わったことない、日常風景。

……の、はずだった……。



「あっかねちゅわーーーーーんっ!」
「きゃあっ!!」

ぐしゃりっ!!と思わず踏み潰してしまった、のは……。

「いつもいつもっ!今日は一体なにするつもり!?」
「うう……っ、年寄りをこんなに邪険に扱うとは……」
「泣いてもだめですっ!」

突然、庭から抱きついてきた八宝斎のおじいさん。

「わしゃなんもしとらんじゃないかっ!」
「なにかするつもりでしょ!?絶対に何かたくらんでる顔だわっ」
「ひっ、ひどいひどいあかねちゃんっ」

しくしく、とわざとらしく泣く……けど、ここで引いちゃダメ!
気の毒に思った瞬間、絶対に“その胸で泣かせておくれ”なんて言いながら抱きついてくるんだから!

「お、おっしょさまー……あの、そのへんで……」
「……仕方ないのー……」

お父さんの一言に肩を落とし、ため息をついた。
なにが仕方ないんだか…………。



と、あたしは背を向けたおじいさんに、完全に油断してしまった……。



「スキありっ!」
「え?」

目の前に迫るおじいさんの小さな身体。
その目がきらりと光った瞬間、あたしはゾクリとした。

トン、と額に指先が当たる……。

「ひーっかかった、ひーっかかった、やーい!」
「やーい!じゃ、ないっっっ!!!」

グシャリッ!

あたしの肘がおじいさんの脳天に直撃!

「あ、あかねちゃん……?」
「なによ!?なにしたのよ、いま!?」
「あの……か、変わらんのか……?」
「はあ?」

変わらないって……別に何ともないけど……。

「……失敗か……無念っ!また来るぞっ!!」
「来るなーーーーっっ!!!」

どっかーーーーん!!といつも通りにおじいさんを蹴り飛ばしたときだった。
ひらりとおじいさんから落ちてきた一枚の紙。
なびきお姉ちゃんが首を傾げながら目を通した。

「……あらあら、おじいちゃんてばまたおかしなツボを」
「なんだね、なびき?どんなツボなんだ?」

呆れたようにひらひらと紙を振るお姉ちゃんからお父さんが紙を受け取った。

「なになに……?」






そのツボの効能は簡単だった。


<ツボを突かれた瞬間、頭にあった人物への感情を増幅させる>


効き目は約半日。

「まあ感情っていうのはおそらく、愛情でも憎しみでも、なんだって同じでしょうね」
「で、あかね!一体誰を思い浮かべてたんだね!?」
「さ、さあ……?」

そんな一瞬のことなんて、わかるわけないじゃない!

「なに言ってんのよ、お父さんもあかねも」
「「?」」

なびきお姉ちゃんが、さも面倒だと言わんばかりに首を振った。

「おじいちゃんがさっさと帰っちゃったじゃない。あれを見てもまだわからないの?」
「え?誰?誰なのよ!?」
「そりゃ、おじいちゃんでしょ?だってツボを付いた瞬間に目の前にいたんだから」
「「あ」」

そ、そっか、そうよね!
目の前にいたんだから、おじいさん以外のことなんて頭にあるわけないわ。
でも……。

「襲われたときに目の前にいた人間に、良い感情なんて持たないけど」
「だから一度諦めたフリして“安堵”させたんじゃない」
「ああ、安堵ね……」

なるほど、安堵って感情が増幅されれば……安心感になるのかしら?
ずるがしこいというか、変なところで策略家なんだから。
まっ、あたしは何ともないようだけど。
もう、本当に人騒がせな……。




――ガラララッ――

「ただいまーっ!かすみさん、メシあるー!?」

あ、乱馬が帰ってきた。





――……乱馬……???――




【R side】


「ただいまーっ!かすみさん、メシあるー!?」


ったく、なびきのヤツ!
いくらおれさまが誰よりも強くて頼りになるからってよ、毎日助っ人させることねえじゃねーか!
まっ、まあ小遣いほしさに受けたおれもおれだけど……。

帰宅して真っ直ぐに居間へと向かう。
もうメシ終わっちまってるかな!?

「かすみさん、メシ…………って、え!?」
「乱馬っ!おかえりなさいっ!」
「な、な、ななななっ!?」

なんだ!?なにが起こってるんだ!?

目の前には柔らかな髪……髪!?
あ、いい匂い……。
首に回るのは白く細い腕。

とか言ってる場合じゃねえよ!
なんだこれ!?
あかね!?
あかねがおれに抱きついて…………ってなんで!?どうして!?

「あらー?これは意外な展開ね?」
「な、なびき?なんだこれ?なんでこんな!?」
「……ふーん……」

ニヤニヤとおれを見るなびき、と……。

「マンマミーヤ、乱馬くんっ!!ついにあかねとそういう関係にっ!!」
「なってねえ!」
「乱馬っ!据え膳食わぬはっ」
「これのどこが据え膳だっ!」
「乱馬くん、せめて卒業までは」
「せめてってなんだ!」
「乱馬っ、男らしいわっ」
「なんもしてねえっ!」

ああもうみんな揃って!
なんだってんだ、一体!?

「乱馬……」
「へ……?」

そっ、そうだよ、そもそもなんでこいつはこんなんなってるんだ!?
よりによって家族の前でっ!

「しかしなびき、あかねはお師匠さまを思い浮かべていたんじゃ?」
「よかったじゃない、思ったよりも2人の絆は強かったみたいよ」
「うん?どういうことだね、なびきくん?」

まてまてまて!
なんだ今の会話は!?
あかねとジジイがなんだって!?

「あかねってば危険が迫ると咄嗟に乱馬くんを思い浮かべちゃうのね」
「はあ?」
「要するに、あかねがそれだけ乱馬くんを頼りにしてるってことよ。よかったわねー乱馬くん」
「な、なんじゃそりゃ……?」

あかねがおれを?
そりゃあおれは強いし格好良いし、何の非もない完璧な男だけど!

……女になることを除けばな……。

「乱馬、ご飯たべよ?」
「は?あ、く、食う……けど……」
「はい、あーん」
「!?」

あーんって!なんだそれ!
しかもなんでずっとくっついたままなんだ!?
だっ誰でもいいから……。



「説明してくれーーーーっ!!!」





「つまりは全部ジジイのせいだっちゅーことだな?半日たてばこれもなくなる、と」

なびきに説明を受けながら、あかねに“あーん”なんてされながら夕食を終えたおれ。
やれやれ、とため息をついた。

「ったく、あんのジジイはほんっとに……」
「あら、乱馬くんにとってはタナボタじゃない」
「はあ?」
「だって、ほら」

ほら、と指差したのは……。

「え?なあに?」

おれの腕にしがみつき、すりすりと体をこすり付けるあかね、だった……。

あああああ柔らけえ……っ!
甘い声でおれの名を呼び、うっとりしたように目を閉じる。

ああ……くっ、食っちまいてえ……っ!!

「あ、でもせめてみんなが寝付いてからにしてね」
「あああああのなあっ!」

怖ぇよ!
なんで考えてることが分かるんだっ!!
っちゅーかさすがにダメだろ、それはっ!

「ねえ、乱馬」
「は?なんだよ、あかね?」
「お風呂は?」
「あ?ああ、そうだな。おれ、風呂入っ……」


「一緒に入ろ?」


「…………んなっ!?」

な……なんつった、いま!?
いいいいいっ、一緒に!風呂だああああ!?!?

いっ……いいじゃねえか!
うわあああああああかねと一緒に風呂っ!!
一糸まとわず裸の付き合いを……っ!!

「乱馬くん、よだれ垂れてるわよ」
「はっ!」

って、そうだ、みんないるんだった!!!

あかねのやつ!!!
せめてみんないないときにこうやって……っ!!

「ね?背中流してあげる」
「おおおっおれひとりで入るからっ!ちょっと離れろって!」

あかねを拒絶した……その瞬間、おじさんが反応した。

「らーーーんーーーまーーーくーーーん!!あかねじゃ不満だというのかね!?あかねじゃっ!」
「だあっ!そういうこっちゃねえだろ!?」
「乱馬っ!この際じゃっ、既成事実をっ」
「アホかっこのクソおやじっ!!」

あかねが正気じゃないうちに既成事実なんて作ってみろよっ。
正気に戻ったときにどんな目にあわされるか……考えただけでもゾッっとするぜっ。

……と、ふと目をそらしたおじさんが真剣な顔で小さく呟いた。

「……出来れば、あかねが正気の時の方がいいのだがね……」

……なんだ。
ちゃんとあかねのこと考えてんじゃねえか。

って、安心してる場合じゃねえ!
ムニムニと胸を押し付けてくるあかねを引き剥がさねーと!
おれのガマンがきかなくなるっ!!

「とっ、とにかく!おれは一人で入るっ!」
「あっ、乱……っ」

あかねの腕をすり抜け、追いかけてこないうちにさっさと風呂場へと向かう。

……しっかし……ああああああっ、もったいねえ!
家族がいなけりゃあんなこともこんなこともそんなこともっ!!!

って……やべ、なんか沸々と気持ちが……っ。
はっ早く風呂入るぞっ!











「……おい」
「なあに?」
「なにじゃねえよっ、なんでここにいるんだ!?」
「だって……」

正座をしてもじもじと“の”の字を書くあかね。
が、いるのは……。

信じらんねえことに、おれの布団の上、だったりする……。

「ら、乱馬……わしと母さんは客間にでも……」
「そっそうね!?若い二人の邪魔をしてはいけな……」
「わあわあわあわあっ!行くなっ!行くなよ頼むからっ!!」

布団一式を持ち上げて部屋を出ようとする二人を必死に止める。
そりゃそうだろ!?

こんなあかねと二人で朝まで……なっ、何もしない自信なんて、これっぽっちもねえよっ!!

「……あたしが邪魔なの……?」
「へ?」
「あたしは……乱馬のそばにいちゃいけないの……?」
「え、あ、いや、その……っ」

うるうるうる、大きな瞳がおれを見上げる。

「あたし……乱馬と一緒にいたい……」
「……っ」

ああああああっ、かわいいっ!!
かーーーーーわいいじゃねえか、ものすごくっっ!!!
おおおおお押し倒してええええええっっっ!!!!

「あの、わしらやっぱり客間に……」
「行くなあああああっっ!!」

頼むからっ!
おれに犯罪まがいのことをさせるんじゃねえっ!

「あっ、あかね!部屋戻れっ!」
「ら、乱馬……っ」
「明日っ!明日なっ!?」
「……明日?」
「そうだっ!!」

明日になりゃ戻るんだろ!?
そうしたらあかねだっておかしな行動はしないはず!

「じゃあ……約束、ね?」
「お?おっ、おう……」
「明日……乱馬と一緒になれるのね?」
「……」

ああ……これが正気のあかねだったらどんなに……っ。

「あたし、部屋に戻ります」
「おう、戻れ戻れっ」
「おやすみなさい」
「おやす…………っ!?」

ふわり、とあかねの香りがした……。
パタパタと部屋を出て行くあかねの後姿を呆然と見つめた。

「……コホン」
「!」

しまった!おやじとおふくろがっ!

「乱馬」
「な、なんだよ、おふくろ……」
「頬に接吻を受けて放心するとは……なんて男らしくないのっ!」
「わああああっ!!刀を抜くな、刀をっ!」

思わず真剣白刃取りっ!
怖ぇよ、ほんとにっ!

「とにかくっ!あかねがあんな状態なのに手を出せって言う方がおかしいだろ!?あかねの気持ち、まるで無視じゃねえか!」
「え?……あ、そ、そうね……」
「だから今はあれでいいんだよっ!」
「……」

納得したのかしていないのか、渋々といった様子のおふくろ……。
ったく、ほんとによ……おれだって手出していいのなら出したいぜ!?
だけどよ、あかねが正気じゃないのなら……意味、ねえし……。

……ん?接吻?

って!!!!!キスッ!?!?頬にキスッ!?!?!?

うおあああああああっ!!
あかねっ!なんてことしてくれるんだよ!?
ううううう嬉しいじゃねえか……っ!

「……乱馬、顔がだらしないぞ」
「おやじに言われたくねえよっ」

ひ、否定できねえけどよ……。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ