小話

□夢と現の狭間で
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「乱馬ーーっ!遅刻するわよっ!」

いつものように思い切り布団を剥ぐ。
……と、まくらを抱えた乱馬が小さく唸ってあたしに背を向けた。

「ちょっと乱馬っ!」
「んん……」

もうっ!いつもいつもっ。
どうやったら起きるのよ!?
うーん……。

そういえば、あたしも元々はそんなにしっかり起きることが出来る方じゃなかったのよね。
でも今は早起きも苦じゃないし、遅刻なんてほとんどしない。
いつからだろう、こんな風になったのは?
きっかけはどんなことだったのかしら……?

しばらく考えて、気がついた。
そう、あれは確か……まだお母さんが元気だった頃。





『あかねちゃん、起きなさい』
『んー……まだ眠いの……』
『あらあら、じゃあ……』

お母さんが突然、あたしの頬にふっと息を吹きかけた。

『ひゃっ!?』
『ふふっ、起きた?』
『う、ん……』

お母さんはいたずらっ子のようにニコリと微笑んだ。






あれから数日間、同じ事が続いて。
いつの間にかあたしは1人で起きることが出来るようになっていたんだわ。

そっと乱馬を覗き込んでみると、なんだか少しカワイイような……なんて言ったら絶対怒るわね。

「乱馬?起きないの?」
「……ん……?」

あ、起きかけてる?
じゃあ……。

あたし、フッと軽く頬に息を吹きかけた。

「……ん……あかね……?」
「あ、起きた?」
「……」

もぞもぞして、相変わらずまくらを抱えて眠る乱馬。
ほんとに寝てるときはかわいいのね。
お母さんもこんな気持ちだったのかしら?

今度は少し長めに息を吹きかけてみた。

「……んだよ……?」
「まだ起きな………………っえ!?」

トサリ、という軽い音とともに景色が変わった。




「っっっっっ!?!?」




なに!?なにされてるの、あたし!?

上から乱馬を覗き込んでいたはずなのに、いま見えているのは……おさげ。
見上げる先には天井。
首筋に……あたたかい感触。

「ちょ、ら……っ!?」

首筋にあったぬくもりがそのまま上に、耳の方へ滑っていく。
ちゅ、という音。
そして……あかね、と小さく呟く声。

「な、な、なななっ……乱……っ!」
「んー?んだよ、あか…………………………っっっ!?あかねっっっ!?」

身体に感じていた重みが一気に離れた。

「なっ、なにしてんだ!?」
「なにって、なにってこっちのセリフよっ!」
「あ、ああっ、悪いっ!」

組み敷いていた体勢から、乱馬が横に飛びのいた。
あたしも慌てて座り直す。

「あたし、起こしに来ただけなのに!」
「起こしに……?」
「そうよっ。なんなのよあんたは!?女なら誰でもいいわけ!?」
「んなわけねえだろ!」
「じゃあなんであんなことしたのよ!?」
「……あんなって?」
「だっだからっ!その、キス……」
「……っ」
「答えなさいよっ!」
「……………………学校行くぞっ!」
「あっ、ちょっと!」

逃げた!!
あたしが追いかけようかどうしようか迷ったときにはすでにパンを口に突っ込んで玄関へ。

「ちょっと待ちなさいよっ!」
「うるへーっ!あんなことするおめーも悪いんだからなっ!」
「はあっ!?なによそ…………あ」

真っ赤になった乱馬の顔を見て、気がついた。
自分がやったことに。

なにしてるの、あたし!?
寝てる男の人に息吹きかけるって、まるでまるでまるで、その……そっそういうことした後のカップル、みたいじゃないのっ。
やだ、あたしってば!

バタバタと出て行った乱馬のあとを追うでもなく、あたしは1人で身悶えていた。





『あかね』という小さな呟くような声。
そして……女なら誰でもいいのか、という問いかけに答えた『んなわけねえだろ!』という言葉。

それにあたしが気がつくのは……もっともっと、先の話……。


……完……

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