小話

□目に映る日常、目に映らぬ感情
1ページ/1ページ



 いつもいつも、同じ光景を目の当たりにしている。


そう感じるのはいつものこと。
呪泉洞の戦いのあと、少しだけ……ほんの少しだけ、期待していた。

乱馬との関係が変わるかもしれない。
ちゃんとあたしを見てくれるかもしれない……。

……でも、あいつは全く変わらなかった。
いつも通りに学校に行って、いつも通りに授業を寝て過ごし、いつも通りに3人娘に追っかけまわされて。
最終的にボロボロになって遅い時間に帰宅する。

というか……あの戦いのあとから(もしかしたら祝言未遂のあとから)3人娘の追いかけ方が尋常じゃなくなってきている気がする。
あたしと乱馬が進展しないようにジャマしてるんだろうな……。

……でも。
乱馬の様子を見る限り、あたしたちは進展なんてしそうに無い。
乱馬の気持ちは……見えてなんかこない……。

乱馬が転校してきて毎朝の乱闘騒ぎは収まったけど、その分呼び出されて告白することが増えた。
名前も書かない呼び出しには応じないことにしてる、けど……そんな呼び出しのたびに思うの。

……これがもし、乱馬、だったら……。

そんな淡い期待、すぐに消えてしまうけど。
だって同じ家に住んでるんだもの、あたしを呼び出す必要なんてないわ。
なのにいつもついそう思ってしまう、そんな自分が馬鹿みたい。








「あーっ、疲れた!なんなんだ、あいつらはっ」
「またなの!?なんだっていつもいつもあたしの部屋の窓から帰ってくるわけ!?玄関使いなさいよ、玄関を!」
「そ……っ、んなのおれの勝手だろ!?」
「あ・た・し・の・部・屋・ですっ!」

なーにが“おれの勝手”よ!?
なんなのよ、それは!?

……って、なんで自然にベッドに寝転がってるの!?
あたしのベッドよ、それ!

「寝られないじゃないのっ、よけなさいよっ」
「いーじゃねえか、ちょっとだけだって」
「……あんたって人はっ!もう知らないからねっ」

もうっ!ほんとに知らないんだから!

あたしは棚から本を一冊取り出し、乱馬が寝転ぶベッドに座った。
あたしもベッドだもの、あたしがジャマだっていうならあんたがどけなさいよねっ。

「お?なんの漫画だ?」
「失礼ね、あんたじゃないんだから。エッセイよ」
「えっせー?ってなんだよ?」
「……そこから説明しなきゃいけないわけ?」
「……」
「これはね、心理学に関するエッセイなの。あんたみたいにたくさんの女の子をフラフラしてる男が何を考えてるのか、あんたみたいに優柔不断でいい加減な男が何を考えてるのか、あんたみたいなナルシ……」
「おいっ!いつ本の説明からおれの悪口になったんだっ」
「あら、気が付いてた?エライエライ」
「……あのな」

ブスくれた乱馬の相手なんてしていられないわ。

あたしは乱馬に背中を向けて本を読み始めた。
背中に乱馬の視線を感じる……邪魔だとでも思ってるんでしょう?
でもここはあたしのベッド。
あたしがどけてやる必要なんてないわよ。

「……なあ」
「なによ?」
「お前さ…………いや、やっぱりいいや」
「は?」

くる、と乱馬の方に顔を向けると、避けるようにあたしから顔を逸らした。

「なによ?気になるじゃない」
「いいって、忘れてくれ」
「なによ、それ?」

あたしはため息をついて再び本と向かい合った。
乱馬がこう言うときはいくら聞いても答えない。
……そんなことばかり学んでいくわね、あたし……。




ふわり……――




「……え?」

後頭部に感じたくすぐったい感触に、思わず振り返った。

「おめー、髪の毛さらっさらだな?」
「な、なによ……」

いつの間にかあたしの後ろで髪に触れる乱馬。

「ら……乱馬……?」
「あー……」

髪を伝う指が首筋に、顎に……。
くい、と軽く持ち上げられた、その瞬間だった。

近付く乱馬の顔に、あたしは思わず顔をそらした。

……キス、しようとしたのよね……?

「……イヤか……?」
「……」
「……そうか」

ふ、と乱馬が立ち上がった。
くるりとあたしに背を向け、ドアのほうへ向かう。
無表情なその顔からは、乱馬の気持ちはわからない。

……あたしはちゃんとしてほしかったの。
あたしに触れてくれるのは構わない、ううん、むしろあたしもそれを望んでいる。
でも、他の女の子との境界線を作って欲しい。
いつものように追い掛け回される日常から……抜け出したいの……。

「乱馬っ!」

ドアノブに手をかけた乱馬を呼び止める。
伝えたかった。
キスしたくないわけじゃない、乱馬を欲していないわけでもない。
ただ……。

「あたしは……迷わずあたしを選んでくれる人がいい……」
「……なんだって?」

眉を顰めて乱馬があたしのほうへ向き直った。
その険しい顔色に、身が竦みそうになる。
でも、伝えなきゃ。
あたしの望みを、あたしの想いを……。

「あたしが愛している人じゃなくても、愛されていれば……いずれは、あたしの感情も愛情に変わるかもしれない」
「はあ?」
「でも……でもね、あたしを見てくれない人を愛し続けるだけなんて……辛すぎるわ……」
「……」

じっとあたしを見つめる乱馬から逃げるように、あたしは下を向いた。
床を見ながら考える……。
乱馬はどう思うだろう?
突然こんなことを言われて、こんな想いを伝えられて、どう感じるだろう……?

「……東風先生のことか?」
「え……?」
「おれを先生と比べてるって言うのか?」
「ち、違うっ。そうじゃないの!確かに……東風先生のときは辛かった、けど……」
「けど?」
「……いまとは、違うわ……」

そう、違う。
あの時はお姉ちゃんを想う先生をただ見つめていることしか出来なかった。
お姉ちゃんには幸せになってほしいから、誰にも悟られないように気を使って……。
想っていても辛くて、苦しくて、寂しくて……。

今は違う。
乱馬はきっとあたしのこと、少しは想ってくれていると思う。
でもそれがどれほどの大きさなのか、乱馬の想いのどれ程を占めているのか、さっぱりわからない。
だって他の子に対する態度は全く変わらないもの。
あたしへの態度だって……。

「あかね」
「え?」
「お前、全然わかってねえよ」
「!?」

ため息をついてゆっくりとあたしの前に立つ乱馬にドキリとした。
こんなに静かな深い瞳、見たことがない……。

「どんなに追いかけられたって、なにがあったって、おれはここに帰ってきてるだろ」
「そりゃ……家だもの」
「おれは家に帰ってきてるわけじゃねえよ。まさかあかねが気が付いてないとは思ってもいなかったけどな」
「え……」
「ここだよ。おれは……」

ぽん、と頭に大きな手が乗せられる。

「“ココ”に、帰ってきてるんだ……」
「!!」

思わず目を見開いて乱馬を凝視してしまう。
乱馬はそんなあたしを見て、その大きな手を頬に滑らせた。

「お前がいやでも、拒否しても……おれは絶対にここに帰ってくる。そう……決めたんだ」
「な……いつ、そんな……」
「いつだったかな……んなもん覚えてねえよ」
「……」

ココに……あたしのところに?帰ってくる?
……乱馬が……?

「あかねがイヤなら触れない。でも、そばにはいる。絶対に」
「ら、乱……」
「触れられたくないんだろう?まだおれのこと……そんな風には見てないんだろう?」
「え……」
「触れねえよ、あかねがイヤなら……」

あたしの頬から手を離し、後ろへスッと下がった乱馬。
そのままドアの方へと手を伸ばした。

「……あかね」
「な、なに……?」
「待ってるから」
「え?」
「……おやすみ」
「……お、おやすみ……」

ゆっくりと開いたドアから乱馬が出て行く。
あたしは呆然とその光景を見ていた。

あたしのところへ帰ってくると断言した乱馬。
その乱馬が……待ってるの?

……あたしを……?

ジン、と胸が熱くなる。
緩む頬を両手で挟む。
さっきの大きな手の感触を……思い出す……。




……行かなくちゃ。
乱馬のところへ行かなくちゃ!
だってあたし、伝えてない!
乱馬を受け入れる準備なんて、とっくの昔に出来てる。
あたしだって乱馬を待っていたんだもの!
想いを伝えてくれた乱馬。
今度はあたしの番だわ!



乱馬が出て行ったドアから、あたしは乱馬を追って飛び出した……――――


…完…

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ