短編
□そのあとで、ね?
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【A side】
乱馬がモテるなんてこと、とっくに知っているつもりだった……。
「きゃーーーっ!!早乙女先輩っ!!」
「頑張ってええええっっ!!」
「ちょっとあんた、前に出ないでよっ!!」
「あんたこそ何……あっ、先輩こっち向いたっ!!」
「「「きゃあああああっっっ!!!」」」
「ええ加減にせえっ!!乱ちゃんはうちの許婚やっ!あんたらの出る幕はないでっ!」
「「「…………!!」」」
黄色い声援が一気に静まる。
それくらい、右京の声はよく響いていた。
ぼそっと呟かれた「二番手のくせに」という誰かの小さなセリフを聞き逃さず、右京の目がギロリと光る。
「乱ちゃんはあんたらみたいなきゃあきゃあ騒ぐ女は苦手や。そないなこともわからんと、よう騒ぐわ」
「べっ、別にきゃあきゃあなんてっ」
「まあええわ、そうやって乱ちゃんに距離を置かれていればそのうちわかるやろ。あんたらの手に負える男やない、とっとと諦めるんやな」
右京は綺麗だ。
ロングの髪を流し、いつも背筋を伸ばしてキリリとしている。
きっと今まで、自分を磨いてきたという自信があるんだ。
「あかねっ、言ってやりなよ!あたしが本当の許婚だって!」
「しっ!面倒なことになるじゃないっ」
「だって!」
「いいのよっ、乱馬が幼馴染だって言ってるんだもん……あたしがどうこう言う立場じゃないわ……」
こそっとあたしに囁かれたユカの言葉。
それはわかる、あたしだってユカの立場なら同じことを言うから。
こうして乱馬が助っ人に出てる運動部の試合を見ていると、いつもいつも乱馬への黄色い声援と右京の怒声が響く。
その横であたしはいつも、乱馬が終わるのを待っているだけ。
ただ、それだけ……。
あたし、乱馬に必要な存在なのかしら?
そりゃあ2人で出かけることはあるし、登下校だって一緒になることは多い。
そりゃそうよね、一緒に住んでるんだもの。
でも、その……なんていうか、男女の付き合いの過程っていうのは……。
……これじゃあ、単なる同居人ね……。
「あかね!」
「……え?」
「なにボーっとしてんだよ?」
「あ、あれ?」
いつの間に試合が終わったのか、目の前に立つ乱馬。
「し、試合は?」
「なんだよ、見てなかったのか?おれのおかげで大勝利だぜっ!」
「……」
自信満々でふんぞり返る乱馬は、どこか偉そうでどこか……かわいい。
なんて言ったら気を悪くしちゃうかもしれないけど。
乱馬と一緒に帰ろう、そう思って立ち上がりかけた。
その、瞬間だった。
「乱ちゃん」
「ん?おお、うっちゃん」
静かに、でも明らかに抑えられた声で乱馬を呼ぶ声。
乱馬は躊躇することなく、右京のほうへ向いた。
「……そろそろ、はっきりしてもらおか」
「へ?なにが?」
なにが?じゃないわよ、この鈍感!
そんなの決まってるじゃない!?
さっきの後輩達の”二番手”って言葉が刺さってるのよ、右京にっ!
「乱ちゃん」
「な、なんだ?」
「うちは乱ちゃんの許婚、そうやな?」
「……うっちゃんは幼馴染だよ」
「そんなん聞き飽きたわ!乱ちゃんの気持ちを聞いてんねん!」
「だ、だからうっちゃんは……」
「幼馴染か!?単なる幼馴染や言うんか!?じゃあ、あかねちゃんはなんや!?」
「……っ」
なんで?なんで言わないの!?
許婚だ、って!なんで言ってくれないの!?
「……乱馬」
「へ?ああ、なんだよ、あかね?」
「あたし、帰るわね」
「は!?え、一緒に……」
「乱ちゃん!」
「だあっ!なんだよ、うっちゃん!?」
「はっきりしてや!うちは乱ちゃんのなんや!?あかねちゃんと何がちゃうねん!?」
「だ、だからその……」
あたし、帰るって言ってるのに!
それでもまだ右京と一緒にいるの!?
どうしてはっきり言ってくれないのよ!?
右京と話すのをやめて、あたしと一緒に来てくれないの!?
……もう、こんなの……っ!!!!
あたしに背を向けて右京と話す後姿。
あたしは堪らずその場を駆け出した。
しばらく走っても……乱馬は、追いかけてこない……。
「……馬鹿みたい……」
誰が?乱馬が?
……ううん、違う。
馬鹿は……あたしだ……。
呪泉洞で聞こえた乱馬の心の底からの声。
……否定されたけど……あの言葉は生きていると、乱馬の本心だと思っていた。
だけど……。
乱馬を追いかけてる女が3人いる、それは校内ではすごく有名なこと。
だけど後輩達の熱は一向に冷めない。
それは、見るからに乱馬があの3人を拒否してるから、逃げ回っているから。
そして……その3人の中にあたしは、いない……。
ひとりでトボトボと家に向かう。
いつもと道順は同じ、変えてなんかいない。
だけど、やっぱり乱馬は追ってきてはくれなかった。
あたしのこと……その程度、なのかな……。
【R side】
ああああああああかねはどこだ!?
っちゅーか、ここがどこだよ!?
なんだんだ一体!?
うっちゃんだけでも大変だってのに、シャンプーに小太刀まで、どっから飛んできたんだ!?
帰るって、なんで!?
おれを待ってたんじゃないのか!?
……そういえば試合も見てなかったみたいだったな……。
…………え!?
おれ、もしかして飽きられた!?
いやいやいやいやいや!?
ええええええ!?
だってまだ何もしてないのに!?
ってーーー違う!
そういう問題じゃねえっ!!!
そもそも付き合うとか彼女とか、そんな話だってしたことねえよっ!
そっそりゃあ同じ家に住んでるんだから、あんなこともこんなことも……したいけど!
どっかからおやじ共が覗いてるのかと思ったら……。
って、すっかりトラウマじゃねえか、おれ!
ちっくしょうっ!!
追っかけられて逃げ回るうちに全然知らないとこまで行っちまった。
なんとか学校に戻って、家まで辿ってみたけど……あかね、見つからなかった……。
そりゃそうだよなあ……もうこんなに暗くなってるんだ。
家に帰り着いてるに決まってる。
……部屋、行ってみるかな……。
いやいや!
もしあかねが寝てたらどうすんだ!?
っちゅーか、あかねが起きてたとしても何を言えばいいんだよ!?
おれに飽きたのか?って……うわっ情けねえっ!
絶対いやだね!
うん、明日になればまた一緒に学校行くんだし、そのときに話せばいいだろ。
そうだよ、出る家も帰る家も一緒なんだから、焦る事はなにもない。
よしっ、明日の朝はちゃんと起きるぞ!
「へ!?」
「日直にしては早すぎるとは思ったんだけどね。ふーん……」
「なっ、なんだよ?」
「喧嘩したんだ?」
「ぶっ!?」
朝、あかねが登校しそうな時間を見計らって起きたのに……。
なんだってなびきしかいねえんだよ!?
今日はあかね、日直なんかじゃないだろ!?
「喧嘩するはあんた達の勝手だけど、あかねを泣かせたら許さないわよ?」
「わーってるよ!」
「今朝は真っ赤に泣き腫らした目をしてたからね」
「え……ほ、ほんとに……?」
「さあね」
「って、オイっ!」
んだよ、嘘か!?
まったく、もう金輪際絶対にこいつの言うことは真に受けねえ!
「なんであかねに避けられてるのか知らないけど、あの子、ひとりで抱え込んじゃうタイプよ。わかってるだろうけど。さっさと仲直りした方がいいわね。なんならアイディア貸そうか?」
「いらねえっ!」
「そ?じゃ、頑張ってねー」
ヒラヒラと手を振って学校へ向かうなびき……。
って、見てる場合じゃねえ!
おれも学校行かなきゃ!!
【A side】
乱馬が来てからあたしの中では色々な変化があった。
恋する相手が変わったり。
お料理やお裁縫に力を入れてみたり。
応急処置を習ってみたり。
……全てが乱馬を中心に……。
バカみたいよね?
だって乱馬はきっとあたしにそんな感情、抱いてなんかいないのに……。
だから”変化”を自分でコントロールしてみようと思った。
乱馬が来る前のあたしに戻ればいいって。
乱馬への気持ちを……消してしまえばいい……。
「……なにそれ」
「だって……これが一番手っ取り早いでしょう?」
「……」
眉を顰めてあたしを見るユカ。
呆れたようなその顔……。
「な、なによ……」
「乱馬くんを出し抜いてひとりで登校して、下校まで乱馬くんから逃げ回るの?家に帰れば一緒なのに?」
「だって乱馬と一緒の時間を減らして……」
「単純ねえ……」
「……」
だってどうせ家に帰れば一緒じゃない……だったらせめて、学校では別々にいた方がいいでしょう?
そうすればきっと、あたしのこの気持ちも消えていくはずよ。
いつか乱馬をただの同居人としてみることが出来るようになるわ。
「ま、いいんじゃない?きっと下校の時には意味もなくなるだろうし」
「え?どうして?」
「んー……多分ね」
「???」
なんだか意味深ね……?
でも、あたしは決めたの。
乱馬との時間を少しずつでも減らしていって、自分の気持ちを静めていく……。
いつかはきっとこの気持ちが消えていって、そしてあたしは道場の跡継ぎ”天道あかね”に戻る。
うまくいくわ、いくはずよ、きっと……。
「おい、あか……」
「ユカ、行こ!」
「え!?」
乱馬の声が聞こえなかったわけじゃない。
一日中、乱馬があたしに話し掛けようとしていたことに気が付いていなかったわけでもない。
でも一度決めたことだから。
乱馬と距離をとる、そしてあたしは……。
「ちょっと、あかねっ」
「あっ、ごめんね」
校門を出たところでユカの手を離した。
教室からずっとあたしに掴まれていたユカの手が少し赤い……。
「強く握りすぎだよ、あかね。無理しなきゃいいのに」
「ご、ごめん……」
「私はいいけど……いつまでも意地張ってたら壊れちゃうよ?」
「大丈夫よ、あたし、丈夫だもん」
「そりゃ体は丈夫かもしれないけど……」
「平気よ、巻き込んじゃってごめんね?じゃあ明日!」
「うん……バイバイ」
”壊れちゃう”なんて……。
心臓をぎゅっと握られたかのような気持ちだった。
だってまさに今のあたしはその状態だから。
本当は……。
乱馬に会いたい。
乱馬と話したい。
乱馬の……横を、歩きたい……。
ユカと別れていつもの帰り道。
あたしはゆっくりと歩を進めていた。
『無理しなきゃいいのに』
『いつまでも意地張ってたら……』
頭の中でユカの声が何度も何度も聞こえてくる。
でも……素直になったって変わるわけじゃない……。
乱馬はきっとずっと追いかけられっぱなしだし、あたしだって素直に擦り寄っていくなんてことはできない。
だからといって、乱馬があたしに愛を囁く、なんてことはもっともっと考えられない。
だからこれでいいのよ。
最初から合わなかったんだわ、あたしと乱馬は。
………………合わなかった………………。
「……あ、あれ?」
突然、ツ、と頬を伝う涙……あたし、泣いてる!?
…………そう、本当はそんなこと思いたくない。
わかってるわ、あたし。
本当は違うの、合わないなんて考えたくないの……。
「……乱馬の、ばかぁ……」
なんで一緒にいてくれないの?
なんで追いかけてくれないの?
どうして……あたしじゃ、だめなの……?
一度流れ始めた涙を止めることができずに、あたしはそのままフェンスに寄りかかった……。