お題

□日常シーン10題 1〜8
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☆ 海辺の夕暮れ




強くて冷たい風が、頬に刺すように吹き付ける。
寒くて寒くて……思わずマフラーに顔をうずめた。

「乱馬の……ばか……」

流れた涙の筋は、より一層冷たさを増す。
でも、心のほうが冷たい。寒い。

苦しい。

あたし、こんなとこで何してるんだろう?
考えれば考えるほど、分からない。


『中国に行く。元気でな』


たったそれだけの手紙を残して、誰にも何も言わずに乱馬は消えてしまった。
卒業式の、その日に。






「あかね!海、行こうぜ!」
「え!?まだ寒いじゃないっ」
「いいじゃんか。それとも俺と行くのがいやなのかよ?」

拗ねたような乱馬に負けて、一緒に電車を乗り継いで海に行った。
誰もいない、春先の海。
ただ夕日が沈むのを、二人で見ていた。

「いよいよ卒業だね」
「だなー。なんだか、あっという間だった気がするぜ」
「ほんとよ……あんたが来てから早かったわ。いつもいろいろトラブル起こすんだから」
「……俺だけのせいじゃねーだろうがっ」

ぶすくれた乱馬が面白くて笑ってしまったら、乱馬に頬を引っ張られた。

「なーに笑ってんだよっ!」
「くすくす……だって、明日は卒業式だって言うのに……あんた、うちに来た頃と変わってないんだもん」
「………………」
「な、なに?どうしたの?」

突然真顔になった乱馬が不思議で。
乱馬を見上げた。


あれ?
乱馬って、こんなに背が高かったっけ……?
こんなに……大きい手、してた……?

いつの間にか頬を引っ張っていた手は、壊れ物を扱うかのような優しさで、頬に添えられていた。
乱馬の手の大きさを確かめるように、少しだけ、ほんの少しだけ……頬を、寄せた……。



乱馬の、真剣な目が降りてくる……。


目を瞑ったあたしは、ほんの一瞬の幸せを感じた。
ほんの一瞬なのに……泣きそうなほど嬉しくて。
でも、切なくて……離れたくなくて、乱馬の服をぎゅっとつかんだ。






あの時。
乱馬の気持ちを聞けると思った。
初めて、乱馬が踏み込んでくれた気がした。
なのに……。

乱馬は一瞬あたしを抱きしめてくれた。
でも、それだけ。
すごく自然に離れて……何も言わずに家に帰ってしまった。
帰宅してからも顔を合わせることがなくて。
翌日の卒業式が終わったら、あたしから……なんて思っていたのに。


いくら探しても、どこを探しても、乱馬はいなかった。


猫飯店にも、うっちゃんにも、小太刀のところにも。
あの一瞬の幸せが忘れられなくて、もう一度、乱馬に会いたくて……会えなくて。

自分の部屋で、泣いて泣いて泣いて泣いて……気がついた。
枕の下の、あの手紙に。

あたしはどうしたらいいの?
待っていてもいいの?
どうして……キス、なんてしたの……。



あの海に行った日から、1年がたつ。
乱馬は中国へ旅立っていたんだろう。

でも……あたしは、旅立てずにいる。
どこから旅立っていいのか分からない。
どこへ旅立てばいいのかも分からない。

ただ……。



乱馬に、会いたい……………………。





日常シーン10題-4 へ続く




お題は確かに恋だった様よりいただきました。
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