キリリク

□イタイ、キズ
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【R side】


 『あたしには、必要ないわっ!』


何度となく頭をよぎる声。

あれから10日間、山にこもって修行の毎日。
体を痛めつけて、気持ちを集中……させたいのに……。

太陽をみればあいつの笑顔を。
静かな夜にはあいつの声を。
ふとした音にあいつの存在を期待して。
そのたびにあの言葉を思い出す。

呪泉洞で、二度とごめんだと感じた思い。
あかねを失う、という思い。
それを……こんな形で再び味わうことになるなんて……考えもしなかった。

人前ではなんだかうまくできなかったけど、2人の時にはちゃんとあかねを想って接したつもりだったのに……。

やっぱり、気持ちを伝えるのって難しい、な……。


ぱたぱたとテントに雨が当たる音がする。
あの日も、雨だったな……。

修行もできずにテントの中でこもりきり。
雨の音にイヤでも思い出すのは、最後のあかねの顔。
なにか……言いたげな顔してた。

……聞けば、よかったのか?
俺を不要だと言ったあいつの言葉を?
あれ以上、何を……?


大声張り上げても、声がかれるだけ。
あかねには届かない。

一人で泣こうとしたって、涙も出やがらねえ。
ただ……あかねへの想いが募るだけ。

胸をかきむしっても、キズが残るだけ。
胸の内の痛みには到底及ばない。

俺の存在がなくなりゃいいと思って深い川底へ潜ったが、女になるだけで死ねるわけもない。


「……あかね……」


たまに自分の声に驚く。
まったく……俺の口はあいつの名前しか喋れねえのかよ……。


「……好きだ……」


……ああ、よかった。
あいつの名前以外もちゃんと言えるみてえだ……。






ボスッ!!


突然、テントが歪んだ。
風でも吹いて……。



「乱馬っ!いるか、この馬鹿息子がっ!」
「おっ、親父っ!?」

慌ててテントを開けると、濡れないように全身に雨合羽を羽織った親父が入ってきた。

「なにしてんだよ、こんなとこで?」
「こっちの台詞じゃ、この馬鹿息子っ!」
「馬鹿馬鹿って……っ!?」

言い返そうとして、親父の真面目な顔に気がつく。
なんだ?
いつもの親父と違う……?

「天道家に戻れ、乱馬」
「……俺はっ、不要……なんだと、よ……っ」
「そんなこと、誰が言った?」
「誰が?……あかねに、決まってんじゃねえか……」
「あかねくんは本気だったか?」
「ああ、そうだよっ。だから俺は……っ」


「じゃあなぜあかねくんは……あんな状態に?」


親父の台詞に俺は言葉を失った。

あかねが……なんだって?


「あかねくんは……この10日間、意識が戻らん」
「意識がって……なんでだよ!?」
「知らんっ!玄関先で雨に打たれて倒れておったんじゃっ!」
「……っ!?」

玄関先って……じゃあ、あのあと……そのまま!?

「……わかるのは、原因がお前だということだけだ」
「なっ、なんで俺が!?」
「それが知りたくば、とっとと戻れっ!このままではあかねくんは……」

……頭がぐらぐらする。
考えがまとまらない。
倒れそうになる自分を支えるのに必死で……。

親父が俺を一瞥して出て行った。

あかねは……どうしたんだ!?
どうなってんだ!?
どうなるんだ!?





夜。
俺は天道家の前にいた。
不要だと言われた以上、天道家には入りにくい……。


ふと人の気配を感じて、身を隠した。向かってくるのは……東風先生……?




先生が天道家に入って小一時間。
玄関に先生とおじさんが現れた。

「いつもすみません、先生」
「いえ、僕のことよりも……乱馬くんは、まだ?」
「……はい」

俺?
俺は……もう、ここには戻らないつもりで出たんだけどな……。

「乱馬くんが帰ってくれば、あかねも……」
「……そうですね、きっと目覚めますよ。まったく、乱馬くんはどれだけあかねちゃんに愛されてるのか、全然わかってないんだなぁ」

あああっ愛っ!?されっっっっって!?
俺が!?あかねに!?

……んなわけねえよ、東風先生……。
だってあいつは……。

「我が娘ながら、愛情深い子に育ってくれたと思ってますよ」
「きっと大丈夫。乱馬くんは戻ってきますよ。あかねちゃんをこのままにしておくはずがないでしょうから」
「そう、信じたいですな……」

おじさん、少し痩せたか……?
疲れたような笑顔を先生に向ける。

「ああそうだ。今夜は蒸しそうですから、あかねちゃんの部屋の窓を開けて換気してあげてくださいね」
「ああ、わかりました。ありがとうございます」
「いいえ、それではお大事に……おやすみなさい」
「おやすみなさい」

一瞬。
ほんの一瞬だけど……東風先生と目が合った、気がした。
まさか……気がついてる?
じゃあ……。



俺は全員が寝静まるのを待って、屋根に飛び上がった。
あかねの部屋の窓が、開いているはず……。

あかねの部屋はカーテンがかかっていて、中の様子は見えない。
けど、窓に手をかけると……思った通り、ほんの少し開いている。
出来るだけ音がしないように静かに窓を開け、体を部屋へ滑り込ませた。



「……あかね……?」

ベッドに横たわるあかねは……。
血が通ってないんじゃないかと思うくらい真っ白で。
布団から出た腕は注射針の跡がたくさんあって。

あんなに艶やかにふっくらしてた頬は……すっかり削げ落ちて……。
そりゃそうだよな……意識がねえなら食うもんも食えねえよ……。
きっと日中は点滴で栄養を補ってるんだろう。

そっとあかねの頬に触れた。
久しぶりのあかねの姿に、感触に……心が、ざわめく。


「……ら……」
「……あかね?」

苦しそうに顔をゆがめる。
溢れるように瞑った目から涙が流れていく。
見ているだけでも辛い、けど……あかね、何がそんなに……?


「……ご、め……さ……」
「!?」
「……い、かな……で…………ら……ま……」
「あかね……?」


ごめんなさい。

いかないで。

らんま。



あの日のあかねの顔が浮かんだ。
最後に言いかけたのは……もしかして、これ……?
俺を、引き止めてたのか……?

あかねの涙を指ですくった。
かすかに……あかねの目が、開いた……。

「乱、馬……?」
「あかねっ!?」

え!?え!?
だって10日間も意識なかったんじゃねえのか!?

虚ろな目を俺に向けたあかねは白く細くなっちまった手を必死に俺の手に近付ける。

「……ごめ、なさ……」
「いやっ、いいから寝てろよ……っ」
「あの……あのね?あたし……っ」
「……うん」


弱々しい声で必死に話そうとするあかねに、最初は寝てろって思ったけど……。
あまりにも切ない目で、涙を流しながら、俺を見るから。
頬にあった俺の手に、小さな手を重ねるから。

あかねの声、聞きたくなった……。


「あたし……本気、なんかじゃ……」
「へ?」
「乱馬が……必要ない、なんて……本気じゃ……」
「え……」
「乱馬じゃなきゃ……いや、なの……」
「っ!!」

俺じゃなきゃ……?
俺で……いい、のか……?

「おねが……ここ、に……いて……」
「あかね……俺で、いいのか……?」
「お、ねが……い……そば、に……」

きゅ、とあかねが俺の手を握る。
いつものあかねじゃない、こんなに弱々しくなってるなんて……。

「あかね……」

俺はあかねの小さな手を、両手で包んだ。


「俺は……ここにいても、いいのか?」
「……ん」
「あかねのそばにいても……いい?」
「……う、ん……」


にこっ、と。
ずっとずっと見たかった、夢にまで見たあかねの笑顔。
もっと笑ってほしい。
俺だけに……とっておきの笑顔を。


「俺は…………」
「……うん……?」
「あかねのこと……好き、でいても……いいか……?」
「……っ!」


潤んだ目を大きく見開いたあかねが。
俺の心臓を止めるんじゃねえかってくらいの笑顔を……見せてくれた。

でも……それは、ほんの一瞬で。
笑顔が消えたあかねに俺は……断られる覚悟を、した……。


「あ、たしも……乱馬のこと……」
「え?」

あかねの不安げで大きな目が俺を見上げる。




「好き、で……いて、いい……?」
「っ!!!」




……あかねの顔が、滲んで見える。
涙が溢れてくるのが分かった。
男が泣くなんて、みっともねえっ!!
山ん中ではあんなに出なかった涙を、必死になってこらえた。

思わずあかねを抱きしめそうになって……でも、弱ってんだって思い出して。
包んだあかねの手に、キス、した……。


「……ここに、いるからな」
「……うん」
「そばに、いるから」
「……うん」
「いいんだな?あとで出てけって言われたって……」
「……」

静かに泣いて笑って、かすかに首を振るあかね。

「……離れないで、ね?」
「……ったりめーだっ」


あかねの顔が緩んだ。
安心したように微笑んで、目をつぶって……。

やがて、静かに寝息を立て始めた……。

あかねの穏やかな寝顔がきれいで、かわいくて。
愛しくて、たまらなくて。

俺も、あかねの顔を見ながら……いつの間にか、眠っていた……。
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