長編

□水の国(完結)
2ページ/21ページ


その日の夜のことだった。

姫が部屋へ戻り見回りが来るまでは、扉の外で見張り。
その後は外で野宿。

ということは……。
そう、見張りが終わり次第、俺の自由時間ってことだ。

気配を抑えながら城内を探索する。
全ての水が集まると言われる池は……どこだ?
その水が手に入れば、もうこんなとこに用はねえ。
あんな生意気な姫様とも離れられる!


「そこの者!何をしている!?」


しまった!
振り向くと、男が1人立っている。

気配は抑えていたはず。
俺だって周りの気配を探りながら歩いてた。

こいつ……できる!

すっ、と身構えた俺に落ち着いた視線を投げかける男。


「きみ……もしかしてアカネ姫の新しい護衛かい?」
「え、まあ……」
「ああ、やっぱり!おさげと聞いていたからね。アカネ姫に勝ったんだって?すごいじゃないか!」
「……ありがとうございます」


男はにっこりと笑った。
気は穏やかだ。
しかし……気配も感じさせずに俺に近づいた。
油断はできねぇ、か……。


「僕はトウフー。一の姫であるカスミ姫の護衛だよ。よろしくね」
「あ、えと……ランマです。こちらこそ……」


一の姫の護衛ってことは、もしかして護衛官の中じゃ一番エライ、のか?

「こんなところで何をしているんだい?」
「あ……えーと、迷ってしまって……」

まさか本当のことなんて言えねーよな。

「この先はカスミ姫の部屋だけだよ。アカネ姫の部屋はあっちの突き当たりを右になる」
「……?……でも、もう見回りが来たので……」
「だから休むんだろう?」
「……!?」

はっ、話が噛み合わねぇっ!
なんなんだ?
見張りが終わったら外で休むんじゃねえのか?

「ランマくん、君……どこで寝てるんだい……?」
「昨日は、その辺の木の上で……」
「アカネ姫の部屋ではなく?」
「姫の部屋?入ったことも……」
「じゃあもしかして……知らないのかい!?」
「なにを?」

口をぱっかり開けて唖然とした顔のトウフー。
なんのことだよ?

「うーん、どうしようかな……うーん……」
「あの……?」
「うん、とりあえずこっちにおいで」
「……はあ……」

トウフーについて歩くと、やがて1枚の大きな扉の前で止まった。
トウフーは軽く2度、扉を叩いた。


「アカネ姫の護衛を連れてきました。入っても?」
「ええ、かまいませんよ」


中からはとても柔らかい女性の声。
ここは……カスミ姫の部屋だよな?

「こちらがアカネ姫の護衛、ランマです」
「はじめまして、ランマです」

「はじめまして。水の国、一の姫カスミです」

穏やかに微笑むカスミ姫。
下の2人とはえらい違いだな。

「ランマくん、アカネとは上手くやっているかしら?」
「え?ええと……」

上手く?やってる、のか?
とりあえず叩きのめされることだけはなかったが。


「それが、カスミさん……」
「……?」


トウフーがカスミ姫に何かを耳打ちした。
ってか今……カスミさんって?
カスミ……“さん”?


「え……アカネが?」
「はい……。何か、手を?」
「困ったわねえ……。トウフー先生、何かありません?」


トウフー“先生”って?

カスミ姫とトウフーがこそこそと何かを話しているのを見ていたが……。
何か……違和感を感じる。
なんだ?
姫と護衛、だよな?


「ランマくん」
「へ!?あ、ああ、はい」
「陛下に言って、部屋を用意させるよ。今夜からはそこで休みなさい」
「え?でも護衛って外で寝るんじゃ……?」
「いや……アカネ姫は特別だから」
「特別って?」
「……それはおいおい、ね。少しここで待っていてくれるかな?陛下にお話してくるから」
「はあ……」

トウフーが部屋を出て行くと、当然だけどカスミ姫と2人きり。
いっ、居辛れぇっ。


「ランマくん」
「はいっ」

思わず直立不動になっちまう俺。
ナビキ姫はそんなんでもなかったが、この姫は何かが違う。
纏う雰囲気……が違う。
ガラにもなく緊張する……。

「アカネは、本当はとても素直でいい子なのよ?」
「え?」
「色々あって捻くれてしまった部分はあるけど、本当はとてもいい子なの。だから……アカネを、お願いね?」
「……はい」


『アカネを頼む』だの『アカネをお願い』だの。
ここの連中はあのアカネ姫に甘いのか?弱いのか?末っ子だから?

そもそも『素直で可愛いアカネ姫』なんて、想像つかねえっ!



「ランマくん、部屋の用意が出来たよ」
「あ、はい、ありがとうございます」

トウフーが戻ってきて俺を促す。
トウフーについて歩いていた俺だったが、一つの疑問がわいてきた。

「あの……トウフー……さん、はどこで休んでるんですか?」
「さん、なんて付けなくていいよ。そうだなぁ……みんなに先生って呼ばれているから、そう呼んでくれると嬉しいな」
「先生って?」
「父の代からこの城専属の医師なんだよ。水の国の医師会の会長もやっている」
「ああ……それで」

父親の代からなら、当然カスミ姫とはずっと医師として接してきたんだろう。
それで“先生”か。

「で?」
「え?」
「トウフー先生はどこで休んでるんですか?」
「……あ、ここだよ、きみの部屋」

そう言ってトウフー先生は一つの部屋の前で止まった。
アカネ姫の部屋の向かい側。

「ありがとうございます」
「うん。なにかあったら言ってね」
「はい」
「じゃあ……」
「トウフー先生はどこへ?」
「……ごまかせないか」

トウフー先生は困ったような笑顔で俺を見た。
言いにくいことでもあるのか?

「僕は……まぁ、ナビキ姫の護衛のクノー君もだけど。姫の部屋で休んでいるんだよ」
「は!?ひ、姫の部屋!?」
「そう……ま、そういうことだから。おやすみ」

ささっと立ち去るトウフー先生を、呆然と見つめた。

姫の部屋で休むって……なんで!?
部屋で、一緒に?一緒に!?
え……つまり?
護衛の仕事って、護衛じゃないのか!?

……そういや……カスミ姫のこと、さん付けで呼んでた。


……じゃあ、なんでアカネ姫だけ違うんだ?


そういやさっき『アカネ姫は特別』とか言ってたな。
……別に俺に落ち度があるわけじゃないよな……?

いや別に姫の部屋で一緒に寝たいわけじゃねえけどよ?
なんか……すっげー気分悪りぃぜっ!!
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ