中編

□静かにさせたいだけなのに(完結)
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【R side】

どっどどどどうするっ!?

目の前、少し低い位置には潤んだ目で俺を見上げるあかね。
俺の左手で押さえてるのはあかねの両手。
右手はあかねの口を押さえて……犯罪者か、俺はっ!?

「んっ……んん……っ」
「!」

無理な体勢で苦しいのか、あかねが体を捩らせる。

うっ動くなってっ!
ただでさえミニのスカートから太ももが見え……あっ、チラッとレースが……。
ってどこまで変態だ、俺!?
なんでこの暗さでそんな確認できちまうんだ!?

ああやややややべえっ!
声出されたらおじさんに見つかる!
今のおじさんにこんなとこ見られたら……許婚、解消されっちまう!!

でも手を離したら『なにすんのよ、変態!』とか言ってぶっ飛ばされる可能性……100%?
いやっ、それでもここから出るわけには……。

「あ、あかね……あの、手……離すから、その……さっ騒ぐなよ?」
「……」

コクコク、と無言で頷くのを見て、俺は口をふさいでいた手を離した……けど……。
本能なのか欲望なのか、どうにもこうにもあかねの顔から手を離したくなくて……。

困ったような上目遣いのあかねの頬に、そっと手を這わせた。

「ら……乱馬……?」
「あかね……」

戸惑いを隠せないあかねのか細い声。
その小さな声、そして……かすかに震える、身体……。

「……怖がんなよ……」
「こっ、怖くなん、か……」

かすれた声を必死に絞り出して、それでもなお強がるあかね。
ゾクリ、と背筋に何か熱いものが走った。

「ら……っ!?」
「……少し、黙って……」

あかねの両手を掴みあげ、頬に手を添えたまま……あかねの小さな唇に触れた……。

「……っ」





【A side】

ほんの少し動くだけで、スカートがずり上がる体勢。
そのままあたしを見下ろす乱馬の目が……少しずつ、変わっていった……。

「……少し、黙って……」
「……っ」

低く掠れた声が狭い押入れに響く。
息を飲んだあたしの唇を、乱馬の指が伝った……。

初めて見る、乱馬の『男』の目。

暗闇に光るその深い色に、あたしは見惚れていた。
いつもは馬鹿にしたような顔で、時には照れて目を逸らして、そんな乱馬しか知らなかった。
だから……視線、外せなかった……。

乱馬の太い指があたしの唇をゆっくりと這う。
これから起きるであろうことを考える余裕もなく、あたしはぼんやりと乱馬を見つめていた。

「……っ!?」

ふわり、と空気が揺れる。
思わず目を瞑った瞬間、唇にあたたかいぬくもりを感じた。

触れるだけのやさしいキス……。

まるで離れられない魔法にでもかかってしまったように、何度も何度も繰り返されるキス。
頭の上で押さえられた両手の痺れが全身に回ってるんじゃないかと思うくらいに、あたしの身体は自由がきかなくなっていた。
乱馬にされるがままに、触れられるままに……。

頬に触れていた手が、あたしのあごをクイ、と持ち上げた。
自然と開いた唇から……乱馬の舌が入ってきた……。

舌と舌が触れた瞬間、背筋に電流が流れたように身体中がジンジンと熱を持ち始める。
絡められる舌に、熱い息遣いに、頭がクラクラとのぼせたようになっていく。
知らず知らず、あたしも乱馬を求めて舌を差し出していた……。

ちゅ、ちゅ、と暗闇に音だけが響く。
舌を絡めて、唇を吸われて、熱い息遣いを感じて、いつの間にかあたしは乱馬を感じるためだけに五感を働かせていた。

「……あかね……」
「ん……あ……」

顔にあった大きな手は、気がつくと首筋を通って下へ下へと降りていた。

「あ……っ乱っ」

キスに夢中になっていたあたしは、胸に触れた大きな手の感触にビクリと身体を震わせてしまった。

「……やらけえ……」
「ばっ……んんっ」

目を開ける間も、言葉を発する間も、もちろんなにかを考える間も、全然ない。
ただ乱馬の唇を、大きな手を、体のあたたかさを……感じていた。

いつの間にか外されたシャツのボタン。
そこから入り込んだ乱馬の指が、あたしの肌に直に触れる。
さわさわと優しく肌を這うあたたかい手が、次第に……熱く激しく、あたしの身体も心も揺らしていく……。

乱馬の手で上に持ち上げられていた両手に、ふっ、と血の流れが戻った。

「……っ!?」
「あったけー……」

あたしの手が下がると同時に、太ももに感じたひやりとした感覚……。
そう、あたしの手と同様、上に掲げられていた乱馬の手も少し冷たくなっていた。
体温を分け合うように、ゆっくりと乱馬の手があたしの太ももを撫で続ける……。

太ももを撫でていた手が徐々に上がってくるのに、そう時間はかからなかった。

「乱っ、馬……!待っ……」
「待たねえ……無理」
「むっ無理って、ねえっ!」
「無理」
「やっ、ちょ……!」
「……んだよ?」

慌てたあたしに気分を害したのか、すこし眉を寄せて動きを止めた。

「いや、なのか……?」
「だっ、だって……」
「だって、なんだよ?」
「……」

乱馬がいやなわけじゃない。
むしろ……もっと進みたい、とは思う……。

でもでも!
こんな場所で!?
こんな状況で!?
こんな風に流されて気持ちもわからないまま……。
これじゃあ、一度きりの過ち、みたいで……。

「……いやよ……」
「!!!」

ちゃんと乱馬の気持ち、はっきり聞きたい。
それに……初めてくらい、雰囲気とか……。

「ら、乱馬?」
「……わかった」
「え……」

なにが?と聞く間もなく、触れていたぬくもりが離れた。
まぶしい光に思わず目を瞑る。
次に目を開けたとき……乱馬の姿は、消えていた……。




【R side】


『……いやよ……』

あかねの声が頭の中をぐるぐる回る。

拒絶された。
キスした唇のぬくもりも、絡んだ舌の甘さも、触れた肌の滑らかさも……。
俺にはすべてが心地よくて、止まらない衝動だけで身体が動いていた。
それなのに……。

……なんなんだよ。
俺じゃだめだってーのか!?


……許婚じゃ、ねえのかよ……。


俺がいやならもっと早くに言えばよかったんだ。
許婚がそんなにいやなら、さっさと親父共に言えばよかったんだ。
そうしたら、俺だって……。

「……っくそ!」

毒づきたいのに、頭に浮かぶのは……。

唇に残るぬくもり。
狭い空間を占めていた甘い香り。
手の平に感じた皇かであたたかい双丘のやわらかさ……。

欲しいと思った。
目の前にいるあかねが、心から欲しかった。
心から……俺を、欲してほしかった……。



目の前にある大きなリュックに、日用品をボンボンと乱暴に突っ込んでいく。
とりあえずテントと最低限の熱源と食料がありゃそれでいい。
それでここを出て行ける。
ここを……あかねのもとを、去ることができる……。

「ら、乱馬……」

後ろから遠慮がちにかけられた声。
その声に振り向きはしなかった。

「乱馬、あのっ、あた……」
「俺、出て行くから」
「え……!?」

荷物を詰め込んだリュックを背負って、部屋の入り口に立ちすくむあかねの横をすり抜ける。

「乱……っ!」
「もっと早く言えばよかったんだ」
「え?」
「俺と許婚ってのがそんなにイヤなら……親父でもおじさんでもいい、言ってさっさと解消すればよかったんだよ」
「なっなに言って……!?」
「そうすれば俺は……」
「乱、馬……?」


「……こんなに、お前を好きにならずに済んだのに……」


「っ!!!」

……これで終わりだ。
最後に一度だけ振り返って見たあかねは……驚きに見開かれた大きな瞳で、じっと俺を見つめていた……。





【A side】


「……こんなに、お前を好きにならずに済んだのに……」

どこか苦しそうな、そして切ない顔であたしを振り返った乱馬に、あたしは何も言えなかった。
切なくあたしを求めているその声が、目が、じんわりとあたしの中に広がっていく……。

だから気が付くのが遅くなってしまったの。
乱馬が背負っていたそのリュックの大きさに、そして『出て行くから』という言葉の意味に、そして……。


なぜ乱馬がうちを出て行こうとしているのか、あたしから離れようとしているのか……。


呆然と立ちすくむあたしは、乱馬の背をじっと見つめることしかできなかった。
だって、あまりの展開の速さに頭がついていかないから。

さっきまでお父さんに追われていて、押入れで2人きりで、そして、そして、そして…。
思い出して、あたし!
あたし……なにを言ったっけ?
なぜ乱馬はあたしから離れていったの?



『いや、なのか……?』
『だっ、だって……』
『だって、なんだよ?』
『……いやよ……』
『!!!』
『ら、乱馬?』
『……わかった』



そう、そうよ!あたし、肝心なことを伝えてない!
あれじゃあ……乱馬が誤解してもしょうがないじゃない!?
違うのよ違うのよ!
乱馬がイヤだったわけじゃない!
イヤなわけ、ないじゃない!

「乱馬っ!!」

声を限りに叫ぶ。
出て行った乱馬を追って玄関を飛び出した。
でも……。
乱馬の足に追いつけるはずなんて、ない……。

どこへ行ったのかも、どの方向に行ったのかすらもわからない。

乱馬の最後の顔が、そして言葉が……あたしの深く深く、奥のほうへと落ちていった……。
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