中編

□会いたくて(完結)
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【R side】


ふと見えたのは、テレビだった。
居間の食卓テーブルに座ってテレビを見ている。
なにも映し出さないテレビを。

……俺、なんでここにいるんだ?
首を傾げるも、いまいちピンとこない。
薄暗いから夕方か夜なんだろうな、ってことはわかるけど……。

と、そのとき。
パタパタと足音。
この軽い感じの音は、かすみさん。

首をくるりと廊下へ向けると、予想通りにかすみさんが居間の横を通り過ぎた。
かすみさんにしては珍しく、少し青白い顔……。
調子、悪いんじゃねえかな?大丈夫か?
東風先生のとこ……は、マズいか。

とりあえずココにいてもしょうがねえや。
あかねの部屋にでも行くかな。

立ち上がり、階段へ向かう。
途中、玄関でなびきとすれ違ったけど……俯き加減で俺の横をすり抜けて行った。
かすみさんといい、なびきといい、風邪でも流行ってるのか?

半開きになったあかねの部屋。
何となく部屋を覗き込むと、ベッドに横になっているあかねが見えた。
まさかあかねまで風邪ひいたんじゃねえだろうな?

そっと部屋へ入り込み、あかねの顔を見下ろす。

……あれ?涙のあと?

疲れたような顔で、目の周りを赤くして……一体どうした?
いつものように俺がなにかしただろうか、と考えても一向に答えは出てこない。
霧がかかったように頭の中がはっきりしない。



「……乱、馬……ぅぅっ……」



え!?うなされてる!?
なんで俺の名前なんか呼んで……??

思わずあかねの頬に手を伸ばした。



伸ばした…………はずだった。



!?!?!?

目の前の景色に、目を疑った。
手を動かせばいいのに、どうしてか身体が言う事をきかない。
いや、身体が……あるのか……!?

あかねの頬に埋もれた俺の手の平。
埋もれた、という表現は間違ってはいない。
確かに俺の手の一部があかねの頬に、顔の中に埋もれていた……。

その瞬間、俺の頭の霧が一気に晴れていくかのような感覚が沸き起こった。
次々と記憶の断片が、写真のように脳みそを駆け巡る。



山へ登ったんだ、みんなで。
放水から逃げて、最後があかねで、足場が崩れて、そしてそしてそしてそして……。

そう、良牙にあかねを託した……バランスを崩して、俺は……。

濁流に飲み込まれた直後、身体が縮む感覚があったのを覚えている。
しばらくは意識があった、それも覚えている。
でも……どこで記憶が途切れているのかは……定かじゃ、ない……。



震える手をあかねから“引き抜いた”。
俺の身体は……ココには、ない。
つまり、俺は……。

今の俺に血が流れているはずもない。
なのに、俺は血の気が引いたようにその場に呆然と立ち尽くした。

「……ら、乱馬……」

うなされるあかねの声に応えられない。
触れることも……できない……。

……そうだ、居間の横を通ったかすみさんは俺の方に顔を向けもしなかった。
いつもなら軽く声をかけてくれるはずなのに。
なびきだってそうだ。
俯いて俺の横をすり抜けた……まるで、俺が見えていないかのように。

あかねがうなされているのは、涙の跡があるのは……。



……俺が、死んだから……?



ゾクリ。
背筋に冷たい氷を差し込まれたように、身体中に悪寒が走った。

と、ふと気配を感じてドアへ目を向けた。

「……ゆっくり眠れているのかしら?」
「ずっと乱馬くんを呼び続けてるわよ……ゆっくりなんて、眠れているはずがないわ……」

小さな声で、かすみさんとなびきが話している。
俺のことは……まるで無視で。

「連絡、まだ来ないの?」
「ええ……せめて乱馬くんが見つかれば、あかねも気持ちの整理がつくんでしょうけど……」
「どうかしらね?場合によっちゃもっとひどい状態に……」
「なびき、それは……」
「良牙くんの話だと、目の前で乱馬くんが落ちていった、って。あれからもう3日もたつのよ?責任感も喪失感も……それ以上の感情も、きっとあかねの中に渦巻いてるわ」
「……」
「あたしたちが支えなきゃ。姉妹なんだから、あたしたちがあかねを支えてあげなきゃ」
「……そうね……」

ゆっくりと背を向けて去る2人を、俺はただ呆然と見送った。
俺は……俺の身体は、見つかってすらいないのか……。

ココにこの状態でいるってことは、やっぱり俺はもう……。
でもあかねには、みんなにはそれがわからない。
生死がわからない状態で、ただ捜索を待つ。

……もし逆の立場なら……。
考えたくもねえっ、気が狂っちまう!

「ぅうっ……ら、乱……っ」

……っっっ!!

涙がこぼれるのを、ただ見ていることしか出来ない……。
涙を掬ってやることも、起こして安心させてやることも出来ない。
こんな、なんでこんな状態になっちまったんだ!?
こんなに無力で、あかねを守ることも救うことも、なにも……っ!!

あかね、あかねあかねっっっっっっ!!!!

流れるはずのない涙が流れる、無いはずの膝が床に付く。
なんだよ、床に身体が付くのなら、あかねにも触れられるんじゃねえのか!?
なんであかねには触れられねえんだよ!?



いっそ地獄にでも落としてくれ……っ!!!!



……そんなことを思うのに……。
この場から離れられない俺がいる……。

そばにいたいんだ。
離れたくない、あかねの全てを見ていたい。
ずっとずっと、この先も永遠に……。

うなされるあかねに近付く。
鼻が触れるほどに近付いても……あかねは、気が付かない。

苦しそうに身を捩るあかねを、俺の名を呼んで涙を流すあかねを……。
どうしたら安心させてやれるんだろう?
どうしたら笑ってくれるんだろう?

……あかね、笑ってくれよ……。

唇にそっと口づける、それでも……感覚は、ない……。

わかんねえのかよ?
俺、自分からキスしたのなんて、初めてなんだぜ?
お前が初めてだよ……こんなにも愛しくて、こんなにも心乱されるのは……。

感じたいよ……あかねを、あかねの全部を。
こんな触れられないような身体じゃなくて、ちゃんと生身の身体で感じたい……。

いつもの笑顔を見せてくれないのか?
キス……イヤなのかよ?
なあ、返事しろよ。
俺のこと呼んでんじゃねえか……俺、ここにいるぜ?
起きろよ、あかね……っ。



「あかねさん……」

突然ドアの外から聞こえてきた声にビクリとした。
見えるはずもないのに、慌ててあかねから離れる。

入ってきたのは、良牙となびき……。

「乱馬くんは……いえ、良牙くんに聞いてもわからないわね……」
「……すみません、探してはみたんですけど……」

……そうか、捜索隊とは別に良牙も俺を……。
ま、良牙のことだからどこ探してんのかわからねえけど。

「でも良牙くんが来てくれてよかったわ。あかね、目が覚めるたびに乱馬くんを探しに家を出ようとするのよ」
「え……まさか山に!?」

な、なんだって!?俺を探しに!?
捜索隊が出ている以上、あかねが行ったって……。
いや、もし逆なら俺もそうする、か……。

「ええ。お父さんとおじさまが交代で見張ってるんだけど、今日は2人とも警察に話を聞きに行っているの。あたしやかすみお姉ちゃんじゃ、あかねに撒かれちゃうもの。おばさまは疲労で寝込んじゃってるし。お父さんたちが戻ってくるまででいいの、あかねを見張っていてくれないかしら?」
「ええ、俺でよければ……」
「家族を“見張る”って言い方もイヤなんだけど……もう、こうする他にあかねを守る手立てがないのよ……」
「今の状況じゃもう山はダムの放水もないだろうけど……ひとりであの山は、女性には危険ですね」
「捜索隊にも同じことを言われたわ。でもあかねは……」
「……わかりました。あかねさんが家を出ないようにすればいいんですよね?」
「ええ、お願いね」

疲れた様子で隣の部屋へ入っていくなびきを見送り、良牙はあかねに向き直った。

「……乱馬は……あかねさんを危険な目には合わせたくないだろうな……」

……あたりめーだろ。
だからこそ、最後の最後にお前にあかねを託したんだよ……。

「なんだよ最後って!縁起でもないこと言うんじゃ……って、あれ?」

ん??はあっ!?
な、なんか今……え!?

「……幻聴、か??」

きょろきょろとあたりを見渡す良牙、もちろん近くには俺がいるけど……姿は見えないみたいだ。

……おい、良牙?聞こえるか……?
聞こえるなら返事しろよ。
言葉が通じる相手がいるってのは心強い、例えこれから俺自身がどうなったとしても……。
なあ、良牙?

「……気のせいか。疲れてるな、俺は……」

って、聞こえねえのかよっ!!
なんだったんだよ、さっきのはっ。

……視線の端、あかねが動いたのがわかった。

「あかねさん?起きましたか?」
「ん……え、良牙くん!?」
「はい、こんにちは」
「こんにちは……」

ああっ!良牙にあかねの寝起き、見せちまった!
……あ、P助のときに見てるか……。

「良牙くん……あたしを見張ってるの?」
「え、あ……」
「いいのよ、でも……見張られてばかりで疲れちゃうわ」
「……すみません」
「……」

……あ。
あかねの顔、ヤバい。
この顔をしているときは……脳みそフル回転してるときだ。
良牙にゃ力じゃ敵わねえ、だから他の方法を探してる。
きっとこの家から出る方法を……。

気付け、良牙!
あかねの魂胆にのるなよ!

「ねえ、良牙くん?」
「はいっ?」
「見張っているならそれでもいいわ、でも飲み物を買いに行くくらい、いいでしょう?」
「いや、でも……」
「スッキリするものが飲みたいの、炭酸とか。冷蔵庫には牛乳とお茶しかないもの。だから、ね?」
「じゃっ、じゃあ俺が買ってきます!」
「良牙くんがいいなら、それでもいいわ」
「あ……いや、あの……」

あかねのやつっ!!
良牙が買いに行けばひとりでこっそり出かけられる、ってか!?
良牙と一緒に出れば、方向音痴の良牙をどこかで撒けるチャンスもあるよな!?
良牙っ!頼むから上手くやれよっ!?
っちゅーか、断れっ!
牛乳かお茶で我慢しろって言ってやれっ!!

「わっわかりましたっ。一緒に買いに行きましょうっ!」
「ありがとう」

この馬鹿野郎っ!
自分の方向音痴、自覚してねえのか!?してるだろっ!!

……いや。
“あかねさんと夜のデートだ!”とか考えてるんじゃねえだろうな……。


……って、もう出かけるのか!?
ちくしょうっ!俺も一緒に行くぞっ!!
……役には立てないけど、な……。
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